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東院宝物手箱  作者: 馨
我が愛しき茶の道
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17/32

十七

 美術館はすでに閉館しており、照明も必要な所以外は落とされている。

 「うわ、明里ちゃんそれどうしたの」

 事務所に入るなり明里の怪我を見た美喜が目を丸くさせた。

 「獅子丸がじゃれついて転けたらしい」

 「あちゃー。獅子丸やっちゃったねぇ。明里ちゃんここ座って」

 美喜が自分の座っていた回転椅子から立ち上がって明里に座る様に促す。

 いつもなら奥の応接用のソファをすすめられるのだが、そちらよりも近い自分の椅子を譲ってくれたのだろう。

 「ありがとうございます……」

 礼を述べながらおずおずと椅子に座ると、獅子丸が心配そうに明里の足下にやって来る。

 「ごめんなさい……」

 いつもなら元気良く振っている尻尾が、今はへたりと力無く垂れてしまっている。

 「私が鈍臭かっただけだから気にしないで」

 怪我をしていない方の手を伸ばして獅子丸の頭を撫でてやる。

 「でも何でこんな時間にここに?」

 美喜は近くの机に腰掛けながら首を傾げて問う。その質問には奥のソファに腰掛けた木守りが答えた。

 「通りかかったこの娘にここまでの案内を儂が頼んだからだ」

 「やっぱり木守り様外に行ってたんですか」

 木守りの言葉に美喜は呆れた表情を浮かべた。

 「一人で外に行かないで下さいってあれほど言ったのに、何かあったらどうするんですか!」

 光が注意するも木守りは気にした素振りも無く、机の上にあるお菓子を盛った木の器からおかきを手に取ってぼりぼりと貪っている。

 「今まで出掛けても何もなかったではないか」

 「ここはいつもの場所じゃないでしょ!それに出先で何か起こったらこちらの館にもご迷惑がかかるんですよ?いい加減良い歳なんですから、ご自分の身分を考えて行動して下さい。何も外に出るなと言っている訳ではないのですから」

 美しい容姿に加えて仕事への責任感も人一倍あるらしく、聞く気の無い木守りに根気強く言い聞かせている様子は正直言って意外だった。

 「割れた茶碗に何の価値があるのか儂にはさっぱり分からんがな」

 さらりと言った木守りの言葉に明里は耳を疑った。

 割れた茶碗とは一体どういうことなのか。

 会話の流れから恐らく木守りのことなのだろうが、割れてしまったのなら、木守りは今何故ここに存在しているのか。

 「すまん、遅くなった」

 光と木守りの会話の意味を考えていると、救急箱を手にしてやってきた遥が明里の前に近くにあった回転椅子を持って来る。

 「腕をこっちへ」

 恐る恐る遥の方へ肘を出すと手際良く処置を施されて行く。

 最後に大きめの絆創膏を貼って処置は終わった。

 「後は常に傷口を清潔に保っておけよ」

 「ありがとうございました」

 「こっちこそ獅子丸が迷惑掛けたな」

 傷に触れない様に慎重にまくり上げていた袖を元に戻す。

 救急箱を片付けると遥は椅子から立ち上がる。ぺこりと頭を下げると明里の頭をぽんぽんと優しく撫でた。

 遥は手足が細長く華奢な印象を受けるが、掌は大きくごつごつとしていかにも男の人という感じだった。

 ほっとする様などきどきする様な、たくさんの気持ちがマーブル模様の様に入り交じってむずむずする。

 「本当に木守り様を無事送り届けて下さってありがとうございました」

 光が深々と頭を下げ、光はぶんぶんと首を横に振る。

 「いえっ……!私の方こそ皆さんにご迷惑をお掛けしてしまって……」

 情けなさのあまりに最後の方の言葉は不明瞭になっていく。

 人の手を煩わせない様にしようとしているのに、どうにも上手く行かない。

 自分が出来た人間ではないとは充分承知している。だが、誰かに手を貸してもらえる程価値のある人間でもないことも分かっている。

 だから、誰にも迷惑を掛ける事無く、息を殺す様に生きて行きたかった。

 「皆迷惑だなんて思っていませんよ」

 光のその名の如く眩しい笑顔を見た明里は、ああ、住む世界が違うんだなぁと感じさせられた。

 それと同時に、醜くい感情を持て余す程抱えた自分がまた嫌になった。

 早く家に帰って一人になりたい。一人なら、誰にも迷惑を掛ける事無く、自分を惨めに感じる事も無い。

 「手当てして頂いてありがとうございました。すみませんが用事があるので今日はこれで失礼します」

 「え、でも遥君戻って来るまで……」

 「すみません、急ぐので」

 勢い良く頭を下げ謝罪をし、光の言葉を遮る。足下に寄って来た獅子丸の頭を一撫でして早足で事務室を後にした。


 自分が勝手に被害妄想を膨らませていると充分理解している。

 それでも遥達のいる世界に劣等感を抱かずにはいられない。

 同じ空間にいるとひどく惨めな気持ちになった。

 そしてそれを感じる自分自身が一番惨めに感じた。

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