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東院宝物手箱  作者: 馨
百鬼夜行
10/32

 昼食を取る為に訪れたのは学生の味方、学生食堂だ。

 明里がいつも食べるのはオムライスと決まっている。最近流行りの卵がとろとろのものではなく、薄焼き卵にチキンライスがしっかりと巻かれている昔ながらのタイプの物が特に好きだった。

 真山大学の学食のオムライスは明里の好みのオムライスなので今日も迷わずいつも通りオムライスを頼む。

 カリキュラムの関係で夏休みに入っている者も少なく無く、平日の昼間だというのに学食は閑散としていた。

 その中でも人があまりいない所に明里は腰を下ろす。

 半月の様なオムライスにスプーンを入れて口に頬張った。卵のまろやかな口あたりとケチャップの酸味と甘みが疲れた体によく滲みる。

 午後の段取りを考えながら黙々とオムライスを食べていると斜め向かいに人が座る気配がした。

 こんなに席が空いているのに何故わざわざ人の近くに座るのか。

 妙に思っていると最近聞き慣れた声が降って来た。

 「体の調子は大丈夫か?」

 「ごほっ!?」

 ここで会う事を予想していなかった人物、遥に声を掛けられて思わぬ所にオムライスが入ってしまい、明里は思いきり咽せてしまった。

 喉につっかえた物を流す為にコップを掴んで必死に飲み下す。

 「すまん、驚かせたか」

 咳き込む明里に遥がすまなさそうに自分の分の水を差し出す。

 明里は必死に頭を下げて水をもらう。

 なんとか咳が落ち着いて漸く話しが出来る様になった。

 「体、は大丈夫です……。天澤さん、何でうちの学食にいるんですか」

 「俺はここの卒業生でな。たまにここのご飯が無性に食べたくなる」

 予想外の返事に明里は思わず目を丸く見開いた。

 「うちの館にも近いし、何より安いしな。明里ちゃんに届け物するついでに寄ったんだ」

 遥は割り箸を手に取ると膳に向かって手を合わせた。

 昼食に選んだのは鳥天定食らしい。意外と量を食べるらしく、ごはんは大盛りサイズだ。おかずの小鉢もいくつか追加で乗せており、遥のトレイの上は非常に豪華だ。

 「届け物?」

 明里が首を傾げると遥は椅子の隣に置いていたA4サイズの茶封筒を明里のトレイの横に差し出す。

 「うちの館の広報資料だ。俺の私物だが良かったら使ってくれ」

 「え!?」

 遥の言葉に明里は遥とファイルを交互に見る。

 「未来を創る若者の役に立てるのなら本望だからな」

 そう言って遥は鳥天を頬張る。

 自分の私物を、しかもわざわざ大学まで赴いて届けに来てくれるとはなんて良い人なのだろうと明里は内心で驚いていた。

 自分だったら人の為にここまで出来ない。

 人の善意とはひどく眩しく美しく、それと同時に明里にとっては心苦しかった。

 こんなに良くしてもらえる様な価値のある人間では無いのに、と。

 しかし断る訳にもいかないので礼を述べて受け取る。

 手早くオムライスを完食し、周囲を綺麗にして遥に許可を貰ってから茶封筒を開封する。中には一冊のクリアファイルが入っており、過去の広報物を時系列にファイリングしている。

 顔が良い上に仕事に対してもストイック。そんなトレンディドラマのヒーローの様な人が本当に存在するのか……と感心していた明里は、とあるページを開いて我が目を疑った。

 「……あの、天澤さん」

 「ん?」

 「これ、天澤さん、が、描いたんです、か……?」

 動揺のあまり言葉が途切れ途切れになる。

 顔を上げた遥が明里の手元をちらりと覗き込んだ。

 「ああ、俺が描いた」

 さらりと事も無げな遥の答えにぴしゃーん!と明里の脳天に衝撃の雷が落ちた。

 ファイルには実際の印刷物とそれを作るまでに書いたであろうメモなども一緒に挟まれていたのだが、そのメモに描かれていたイラストが問題であった。

 パンフレットなどの大まかなデザインを描いているのだろうが、とにかく遠近法は無視。動物なんかの足は幼稚園児の絵でよく見る様に四本足が全て一列に並んでいる。人の絵はあらぬ方向へ関節が曲がっていて良く言えばピカソに通ずるものを感じる。悪く言えば狂気の沙汰だ。

 やはり彼も人間だったのか……と明里は嬉しい様な悲しい様な複雑な気持ちになった。

 「ちなみに俺は夏休みのワークショップに来た小学生には『画伯』と呼ばれている」

 「ぶっ!!」

 どうやら本人も自分の画力を重々理解しているらしい。

 笑いが落ち着いた頃、明里ははたと気付いたことがある。

 「あの、」

 「ん?」

 聞きにくい内容だったので、おずおずと遥の顔色を伺う様に話を切り出す明里。怖くても、それでも確かめておきたいことだった。

 「天澤さん、何科だったんですか」

 遥の出身校はこの真山大学だ。

 在校生としてとても気になる。

 「歴史遺産学科だ」

 「…………」

 「何あからさまにほっとしてんだ」

 歴史遺産学科とは文化財の保存修復を学ぶ学科だ。

 真山大学には文化財の補修方法を主に勉強する科や美術を通じた児童教育を専門に学ぶ科など、物を作り出すこと以外を勉強する科も存在するのだがやはり普通の大学よりは絵を描く機会が多い。遥の画力ではどの科でも多少の支障はありそうである。

 しかし、遥の答えを聞いて幾分かほっとしてしまったのは事実であった。

 遥の言葉にあたふたしていると、何故か温度が一気に下がった気がした。

 嫌な予感がして後ろを振り返るが、そこには何も無かった。

 「どうした?」

 「いえ……」

 気のせいか、と思って捻っていた体を正面に戻したその刹那、

 「っ!?」

 腹を突然の圧迫感が襲い、明里は息を詰めた。

 「なぁにをいちゃついとんじゃワレェ……!」

 床に這いつくばり、なんとか明里の腰に縋り付いていたのは六条の君だった。何故かぜぃぜぃと息を切らしている。

 「ひええええええっ!?ぎゃあ!!」

 六条の君の登場に驚いた明里は仰け反り、あろうことか椅子から転げ落ちた。腰に縋り付いている六条の君と周りの椅子も巻き込み、派手な音を立てて床に落ちる。

 「明里ちゃん!って、六条の君!?」

 机の所為で足下が見えなかったので遥が血相を変えて立ち上がると、明里の足下に居た六条の君を見つけて目を剥いた。

 「抜け駆けしようったってそうは問屋が卸さないのよ!!」

 昨日の一連の騒動から察したくは無かったが薄々は察してしまった。

 六条の君は遥のことが好きらしい。

 神にまで惚れられる男とは恐ろし過ぎる。

 二人は遥に助け起こされて椅子に座り直した。

 その頃には集まっていた視線も散らばっていたので小声で話せば明里と遥の二人で話している様に見えるだろう。

 「本体から離れるなんて無茶をして……傷を負ったらどうするんですか」

 荒く肩で息をしながら机に突っ伏している六条の君を遥は呆れた表情で見つめた。

 「本体から離れると危ないんですか?」

 明里は痛みを和らげる為に体を擦りながら遥に聞く。

 「付喪神は本体にとって魂や意識の様な存在だからな。人間も意識を失うと一気に体が衰えて弱くなる。それと一緒で付喪神も本体から遠く離れてしまえば脆くなって少しの衝撃でも壊れてしまう」

 そんな危険を冒してまで何故こんな所に……と思ってすぐに答えが分かってしまった。

 好きな男が自分以外の別の女に会いに行くと分かったら恋する女は心中穏やかでは無いだろう。

 明里には全く理解できない世界ではあるが、そんな世界が存在することくらいは理解している。

 「館に戻りましょう。何かあったら大変です」

 遥はトレイを持って立ち上がり、六条の君も気怠げに立ち上がる。

 「資料返すのはいつでも良いからな」

 「あ、はい」

 二人の背中を見つめながら明里は安堵の息を吐いた。

 その瞬間、六条の君がふと明里の方を振り返り、勝ち誇った様に笑う。

 まさか自分が恋愛ごとに於いて敵認定されるとは思っていなかったので明里は呆気に取られた。

 人生初めての出来事に明里が呆然としているとばたばたと慌ただしく人の動く気配がした。

 「!!?」

 見た事のある女子が五、六人明里の周りに座って素早く包囲する。確か授業で一緒になったことのある他学科の子達だ。授業中にグループで取り組むものがあり、その時に偶然一緒になった子が何人かいた。

 「小泉さんっ、東院美術館の学芸員さんと知り合いなの!?」

 辛うじて話した事のある様な無い様な女子達に物凄い勢いで詰め寄られた。

 六条の君に凄まれる時とはまた別の恐怖感があり、明里は思わず遠い目になる。

 「いや、うん、まぁ……」

 「どっちなの!?」

 煮え切らない明里の答えに女子達は前のめりで問い質す。

 クラスのヒエラルキーの最下層に位置する明里にとってヒエラルキーの頂点に君臨する「イマドキ」女子の相手は荷が重い。

 「美術館に行ったら、話すだけだよ」

 明里の答えに彼女達はあまり納得していない様だったが、これ以上話に付き合う義理も無い。

 「用事があるからごめん」

 彼女達から逃げる様にして明里は食堂を後にした。

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