059
触手とタスク
全ての触手を全身で受け止めた為、両足が地面に沈んで若干右へ引きずられたが、タスクの身体は半分に切り取られている様子は無くてアールは安堵の息を漏らした。
「遅い!」
「…悪い。」
アールの叱責に眉を寄せて回答するタスク。
モンスターの視線がタスクを捉えると、感情を揺さぶられたように怒りの咆哮をあげ、剃刀のように硬く鋭い触手が軟化してタスクに巻きつく。
ほぼそれと同時にタスクの身体は空を飛んだ。
触手によって振り回され、大木に叩きつけ、その反動で地面に叩きつけられたのだ。
「タスク!」
アールが叫ぶと騎士団員達がタスクに巻き付いている触手を斧で幾度も叩き込む。
毛髪触手の太さは減少したが、刃物のように硬い触手は周囲の雑多な人間を払い除けるとそのままタスクを持ち上げ、再度大木に頭から叩き付ける。
騎士達の攻撃のお陰で緩んだ触手を鉄棒代わりに身体を反転させたタスクが大木に脚を向けて蹴飛ばすと地面へ飛んだ。
そして触手を掴んだまま着地。
「ぐうぅっ…!」
苦しげに呻きつつ、そのまま左腕に触手を巻き取ると、背負うように投げ飛ばした。
巨大な目玉のモンスターが、タスクの力に押され宙に浮いて地面に叩きつけられたのだ。
間髪居れず剣を抜き取ったタスクがそのまま飛び上がり、ロングソードを真下へ向けてモンスター目掛けて着地する。
着地まで時間はあるがモンスターに為す術は無い筈だ。
しかし、そのまま突き刺してやろうと言う目論見も虚しく、投げつけたモンスターが不意に半分に別れ何も無い地面へタスクは降り立った。
モンスターでは無く地面へ剣を突き刺してしまい舌打ちする。
すぐ立ち上がって次の攻撃に備えるタスク。
この間、兵士達の誰もが息を飲んで見守っていた。
人間業とも思えない動きに誰もついて行けないのである。
あれだけの目にあったのに、タスクは何のダメージも感じていない。
しかし驚異的なタスクの頑丈さについて推察する時間は無い。
周囲の木に触手を伸ばしてタスクから距離を取るモンスターと、躊躇無くタスクを襲うモンスターの2体に敵が分離している。
幾つもの触手がタスクの武器や身体に巻きつこうと襲い掛かる。
左に走りこんで触手攻撃をいなしつつ、もう一体のモンスターに目をやる。
アールやクラウディア達が相手をしていると目の端で確認すると、攻撃して来るモンスターに再度目を向けた。
二体に別れたモンスターの動きは更に洗練されていた。
身体が軽くなったからかスピードも増している。
木々に触手を巻きつけて移動する動作にも澱みが無く躍動的だ。
拳のような触手攻撃がタスクへ繰り出され、都度身を交しつつ攻撃を繰り出す。
近付いて切り落としてやる意気込みでいるのだが、モンスターはそれをさせない為に何十本もの触手をタスクへ向けた。
咄嗟に耳の奥でクラウディアの悲鳴が聞こえた。
一番スピードを誇るクラウディアが冒険者へ向ける触手攻撃を庇った為、レイピアを持つ腕毎触手が巻きつきモンスターに捕らえられてしまったのである。
両腕を持ち上げられ、モンスターの体に括りつけられたような姿勢でクラウディアは捕らえられ、仲間達は迂闊に攻撃できなくなった。
抵抗する間も無く、彼女の体中を触手が覆い鎧や服の中にまで毛髪触手が入り込んで締めあげると締め付けられた苦しみと痛みでクラウディアが声を漏らす。
「あぅっ!」
そのまま触手を何重にも巻き取られ、鎧の銅板が弾ける様に飛んで彼女の洋服や下着まで引き裂いた。
クラウディアの白い肌と大き過ぎない形の良い胸が露わになり、我に返った騎士達が斧で触手を叩き切り始める。
騎士達の攻撃をものともしないモンスターが、クラウディアの身体を触手でなぞる様に締め上げる。
その都度、クラウディアの体中を気味の悪い触手が蠢いて悪寒が涌く。
「…っ!」
抵抗しながら苦しげに呻くクラウディアの長い睫が震えた。
不意にモンスターの目の形が、にいっと笑ったように変形する。
柔らかい生き物の感触を満悦しているのだ。
更に幾重にも触手を巻き付け締め上げ、毛髪が身体に食い込むクラウディアに大きな悲鳴を上げさせた。
「こッのエロ目玉があ!」
ジュリアスのバスターソードとアールの槍がモンスターを攻撃するが、うるさそうに触手で弾き飛ばされる。
ジュリアスとアールの指示で、モンスターの周囲から包囲網を狭めて行き冒険者達に一度に攻撃させる間、騎士達がクラウディアに巻きつく触手を切り落とす。
モンスターはクラウディアを自身に取り込むように体へ巻き付けながら近くの木に触手を絡めると、他の兵士達をなぎ払って茂みに飛び込んだ。
全員が大きく踏み込んでモンスターを追いかけようとすると、もう半分のモンスターがタスクを連れたまま冒険者の前へ立ちはだかった。
身構えたタスクの視線が反射的に茂みの奥へ入り込んだモンスターへ向き舌打ちする。
こいつの相手もしなければならないが、クラウディアを連れ去ったモンスターにも気を取られてしまう。
そこへアールとジュリアスがタスクの横に並ぶと、モンスターを牽制しながら同時に怒鳴った。
「行け!」
二人の言葉で我に返ったタスクが茂みの奥へ身を投じる。
茂みにはクラウディアの掴んでいたマントが引っかかって落ちているが、それを飛び越えて追いかけた。
後ろに視線を移すと残されたモンスターを残りの騎士達と冒険者達で対峙する姿が目に入ったが、前を向いて全速力でモンスターを追いかけ始める。
モンスターに捉えられているクラウディアがチラリと見えた。
幾つもの職種を木に絡めながらモンスターは猛スピードで逃亡した。
両足が自由なクラウディアが幾度も足を振り回すが空を切るばかりで、その間にもモンスターの毛に埋もれて行く。
真っ黒な毛髪で口を塞がれるクラウディア。
「うぐう…!」
洋服だけでなく口の中にまで触手が無遠慮に蹂躙し、目を見開いて痙攣する姿が見て取れた。
「待てっ!」
と、言われて待つ者も居ないが追いかけるタスクはそう怒鳴らずにおれない。
木々の間を抜けるモンスターの動きは半分の体積しか無いせいか猿のように素早い。
森中の生物を胃におさめ、エネルギーとしたモンスターの動きはタスクを焦らせていた。
体中触手で雁字搦めにされたクラウディアの、程よく筋肉の付いた脚にまで触手が巻き付き、更に毛玉の中へ押し込むようにクラウディアの姿は見えなくなって行く。
貴公子然として立っていた彼女が、今は涙目で痙攣している。
体中毛髪触手で縛られているが、僅かな隙間から彼女の肌の色が垣間見えている。
肋が折れる程ギリギリと締め付けられたが、悲鳴を上げたくても口を塞がれたクラウディアにどうするもことも出来ない。
だがそれも時間の問題でクラウディアはタスクが追いつくのを待つ暇も無く、モンスターと言う闇の中にめり込むように消えて行った。




