047
距離近くね?
「…。」
この状況に色々感じる所のあるジュードが逡巡する間に、そのままの状態でラファエレは来客用テーブルにあった紅茶に手を伸ばした。
それを見て喉が渇いたのかと思ったジュードが、ソファにラファエレを置き去りにして立ち上がる。
ソファの傍で跪き、何処へ行くのだろうと不安げなラファエレを抱き起こして、ティーカップを手に取り口元に持って行き、飲みやすい角度までティーカップを傾けた。
手馴れているのは、かつて妻を看病したからだろう。
ラファエレはさして飲みたかった訳では無いが、一口だけ冷めた紅茶を飲んでそっと顔を逸らす。
ティーカップをテーブルの上に戻しすジュードの所作を見つめ、再度胸元にもたれかかる。
ジュードが使用するフレグランスと男性特有の匂いが混ざり合ってラファエレの鼻孔をくすぐり、彼の心音が彼女を安心させた。
ジュードは無言でラファエレをソファに寝かせて、彼女の頬に流れる涙を親指で擦って拭ってやる。
ラファエレが目を閉じてその感触を堪能していた所へ水を注す。
「何があったか答えられるか?」
仕事の目をした冷静な目がラファエレを射抜く。
医者を呼ぶ必要が無いのなら、落ち着いて来たようだし仕事をして貰う事にしたのである。
甘い時間はジュードの爬虫類のような視線であっさり幕を閉じた。
今は誰かの胸中に居た方が落ち着くからあのままでいたかったのにと、見習い魔術師はあからさまに残念な面持ちで眉を寄せつつ、ゆっくり深呼吸して天井を見つめた。
そしてあの装飾品を全て纏っていた状態を嫌々ながら思い起こし言葉に綴る。
「…喪失感と恐怖ばかり記憶に残っています。7種類の装飾品を身に付けた瞬間、私の周囲にあった何かが足元から崩れて行くような感覚が巻き起こりました。そしてあっと言う間に魔力が消え失せてしまい、気が付いたら倒れていました。」
全く動けなかった。
魂はあるのに死体になってしまったような表現なら近いだろうかと思う。
「それらは確かに魔法具です。…ですが使えません。」
「理由は?」
「魔力の流れを塞き止める魔法具…つまり魔封じアイテムだと推察出来るからです。」
そして再度紫色の瞳から涙がこぼれた。
ラファエレにとって魔力が喪失する事は死よりも恐ろしいと知った瞬間だった。
7種類全ての装飾品を装着した瞬間、蜘蛛の糸に絡み取られるように魔力の流れを塞き止められたラファエレは動けなくなった。
つまり全ての装飾品を取り付ける事で発動する魔法だと判断できる。
涙しながらラファエレはそう報告した。
最低な気分であったにも関わらず、彼女は自身が魔力と共に生命を維持しているのだと痛感する。
今なら身体中に流れる魔力を髪の毛一本の細かな流れまで感じる事が出来る。
塞き止められていた為に、かえって魔力を感じる能力が微細になったようだ。
昨日まで知りえなかった感覚が、ラファエレの体内を駆け巡っており、先程までこの流れが一切塞き止められていたと思うと恐怖に身震いする。
今生きている事が奇跡だとすら思えた。
体中に纏っていた魔力を感覚でしか捉えて居なかったラファエレは、今自然界から息を吸うように魔力を吸収し、髪の毛先から足の爪先にまで魔力が廻る細かな感覚が解る。
『魔力は自身から創られるのではない。
大自然と一つになる事で、大きな力を生み出すのだ。』
何かの魔法書にそう書いてあったのを思い出す。
あの時は解らなかったが、今ならその意味が解る気がする。
大自然から得て自分自身の中で大きな糧とし放出する方法が。
「今は魔法を使えるか?」
ジュードの言葉に我に返る。
体は動かないのに、踊るように舞う魔法エネルギーが手に取るように解る。
今なら大きな魔術だって使える気がした。
が、何故かその魔力を上手く身体から放出するまでが難しい。
身体が思うように動かないからだろうか。
それとも大き過ぎる魔力はコントロールし難いものなのだろうか。
魔力の流れが解るのにコントロール出来ない。
これが見習いとの差なのかも知れない。
苛立ちを隠そうともせずラファエレは眉を寄せた。
するとジュードが書き留めていたメモが業務机から滑り斜めに落ちるように舞う。
一度不自然に揺れはしたが、床に辿り着くとはたりと生命を失ったように動かなくなると、ラファエレは止めていた息を吹き返して脱力した。
「…これが精一杯のようです。」
ジュードはラファエレの傍を離れ、メモを手に取りに行く。
その様子を見つめていたラファエレが口を開く。
「…こんなものを付けて、その方は旅をされていたのですか?」
何故そんな事をするのかと首を傾げる。
ジュードはメモを睨んでいたが、そんなラファエレを一瞥した。
「そのようだな。役に立つ立たんはともかく間違いなく魔法具のようだ。目印に魔法陣の一つもあれば解り易いんだがな。」
「ありませんでしたね…。でも魔力の強い術者は魔法陣を書かない方が多いので、そんなものなのかも知れません。」
「ふうん…その件も含めて少し聞きたい事が出来た。そのままで答えろ。」
ソファに寝たままのラファエレの傍へ戻ると、ジュードの口調は厳しいものに変化していた。




