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期待しない実験
面倒な実験は延々続いた。
ジュードの気が済まない限り終わらない作業なので仕方が無かったが。
装飾品の種類はバングル、スリムバングル、パンジャ、パンドの指輪、ペンダントネックレス、スタッドピアス、イヤーカフスの7種類。
ジュードが指示する装着方法は
1.一つ身に付けては魔術を使う。一つ外して次を装着し、魔術を使う。装着順序を変更して同じく装着し魔術を使う。
2.どれも外さず全て身に付けてから、魔術を使う。身に付ける順序を変更して装着してから魔術を使う。
前述の通り装着するように指示を貰う。
最初に何をつけたのかジュードがメモをしている。
一つずつ付け替え、ティーカップのお茶や水差しの液体に水面を作ったり等の軽い魔術を駆使し『1』の作業を終えた。
別段変化も無かったので休憩を挟んでから、『2』の作業である全ての装飾品をイヤーカフスから順に付けて行く。
…で、6種類の装飾品を着け終えたラファエレは、最後のペンダントネックレスを首にかける動作の後すぐ、動きをはたと止めた。
半呼吸程の時間が流れた後、まるで糸が切れたマリオネットみたいにその場に崩れ落ちた。
――――――――――
「…エレ。ラファエレ。」
頬を幾度か軽く叩く音と、低い声が耳元に響く。
焦点の合わない紫色の瞳に何度も語りかけてくれているのだが、ラファエレには解らない。
ただ身体に力が入らず、細かに顔を動かそうとするも失敗する。
恐ろしい事に何も見えず闇ばかりが辺りを支配している。
そしていつも眩いばかりにラファエレの周囲を包んでいた魔力が消失し、虚無と喪失感が彼女を支配する。
何か訴えたくても呼吸もまともに出来ず、虫の息だけが彼女の命を繋いでいた。
感情を剥き出して騒ぎ出したい位には混乱しているのだが、それすら叶わない。
ラファエレの恐怖心をどんどん支配して行き、混乱と恐怖でただでさえでも難しい呼吸が更に困難になった。
必死で助けを求めようとしたが、かはっとおかしな声にならない声を発するのみ。
ラファエレの混乱はいや増すばかりだ。
ジュードはラファエレを抱き上げ、ソファに寝かせた。
蒼白とした顔色、瞬き一つしない焦点の合わぬ目、虫の息のような呼吸音、どれも緊急事態だ。
彼女の外套を緩めてはだけさせ、装飾品の一つである指輪を外してやる。
一つ目の装飾品を外した時点で瞳の色が戻ったラファエレの呼吸が乱れ咳き込み始めた。
ジュードは、幾ら咳き込んでも止まらないので両手で口を抑えている彼女を抱き上げて、背中を軽く叩いてやる。
息を吹き返したラファエレは、やっと首を持ち上げ角度を変えジュードに目を移す。
瞳の奥に心配気な目の色を浮かべたジュードと目が合った。
そのまましがみ付くと、彼の匂いと呼吸と鼓動を感じて、安堵と同時に涙が零れる。
死ぬかと思った。
怖かった。
そう言葉に出来る余裕は無かったが頭の中はそればかりが占め、先程までの恐怖から支えてくれるものを得て涙した。
ジュードはしがみ付いて子供のように涙するラファエレを強く抱きしめた。
まだ混乱の中にいる女を確かな現実に戻してやる為、支えるようにがっしり力を込めながら彼女の名を呼んだ。
抱きしめる力が強すぎたようで、苦しそうに足掻くラファエレに気付き少し力を緩めてやると、多少混乱から回復したのか静かに嗚咽し始めた。
ソファに座ってラファエレを膝に乗せて抱き締めなおすと、楽な体勢になったようだ。
必然的にジュードの膝に座る事になったラファエレが、手で涙を拭う代わりに雇い主の肩に頭を擦りつけた。
多分動物が行うような自然な行為だと思うが、普段なら『おい今人の服で拭きやがったな』と突っ込む所であるが黙る。
細い背中を支えつつ、絹糸のように柔らかな亜麻色の髪を幾度も撫でていると、次第に落ち着いてきたのか嗚咽も止まり始めた。
微かな嗚咽だけを残したラファエレがゆっくり辺りに視線を送る。
装飾品が外れた瞬間から朝日が昇ったように明るくなった。
難しかった呼吸が楽にできるようになった。
しかし身体はまだ上手く動かす事は出来ない。
「…。」
確かなものはジュードの息遣いと頭を撫でる彼の手、ラファエレを抱き締める逞しい腕と、書斎のソファのみだ。
これが現実と確かめる為に、ラファエレは幾度かジュードの肩に頭を擦りつけた。
「大丈夫か?」
心配そうに尋ねる声が耳に響き、この人でもこんな声を出すのだと思った。
いつもなら大丈夫だと応えて立ち上がる所だが、まだ機能していない身体が上手く動かないので小さく頷くだけに留める。
先程まで支配していた恐怖心が、こんなに早く解消され気丈を保っていられるのはジュードの存在を感じているからだ。
「医者を呼ぶ。」
不自然な倒れ方だったラファエレを心配するジュードが、立ち上がろうとするので首を振る。
出来ればもう少しこのまま抱き締めていて欲しかった。
頼めばそうしてくれるのだろうかとぼんやり考える。
「気分は?」
「…最低です。」
小さな声で答え、青白い顔で瞬きしながら手に力が入るか足に力が入るか一つ一つ試してみる。
腕を持ち上げ、ゆっくり手を広げては閉じる。
ゆっくりなら何とか出来そうだと安心し、何の抵抗も無くラファエレはまた主人の胸にもたれかかった。




