048
聞きたい事があります。
ジュードが厳しい目でラファエレを見下ろしていた。
「君の属性は水じゃなかったのか。」
力強い声で確認のような質問をされ、ラファエレは戸惑った。
”しまった、水面をちょっと作るだけで良かったんだわ。なんて愚かなのかしら。”
ついジュードの書いたメモを客用テーブルまで運んでやろうなんて考えた事が墓穴を掘った。
しかも魔術はうまく作動しなかったのだから、やり損もいいところである。
つまらないミスをしてしまったと心中で舌打ちしつつ
「…いつ私が水が属性と申しました?」
と、言い返してみる。
そう言われると、ジュードは黙るしかない。
魔術で水差しから水を溢れさせた。
それだけの魔術を見てジュードはラファエレが水属性の魔術師だと思い込んだけである。
そうなると、ティーカップに水面を作っていた小さな魔術も水属性だと勝手に思い込んでいた事にも気付く。
「君は言わなかっただけで勘違いさせるには十分の魔術を使った。何故水属性と思わせぶりな魔術を使うのか聞かせろ。」
ラファエレは静かに目を閉じる。
確かに思わせぶりな魔術を使用したと無言で認めた。
ジュードの机上にあった水差しから水を溢れさせた魔法は、水差しの底へ風を送り込むものだった。
底からの風で水が一見増えて溢れ出したように見えた事だろう。
あの中でそれと気付く者は誰も居なかった。
勿論今も誤魔化そうと思えば出来る。
別に得意魔法を披露すると宣言した覚えは無いのだから。
だが、今のように指摘されれば嘘をついて否定する話でも無い。
「…騙すつもりはありませんでしたとは言いません。術者は皆、得意魔術を隠すからです。」
「魔術師は皆そうだとでも言うのか。」
ジュードが鼻で笑うとラファエレは肯定の意を頷きで返す。
「弱点を知らせる結果になりかねませんもの。」
まだ身体が思うように動かなかったものの、ラファエレは自嘲的に笑ってから、ゆっくり語り出した。
「魔術師は秘密主義です。共に時を過ごせばその内どんな魔術をよく使っているか明かすようになりますが、最初の時点で能力を詳細に知られたくないのです。」
本調子では無いラファエレが一旦息をつく。
そして呼吸を整えると話を再開する。
「魔術を頼りに生きていると厄介な目にあった時、風が得意だと先に知らせていれば敵に準備されてしまうからです。私達は剣を持って闘う能力を持ち合わせておりませんので、自分達をフォローする意味でそのような真似をします。勿論ギルドはその習性を理解下さっておりますので、得意魔法や属性についての質問はされませんでした。」
今回の件が無ければラファエレはこれ見よがしに風魔法を使わなかっただろう。
あくまで水魔法使いのように振舞い続けたと思われる。
いつかは風魔法も使ったかも知れないが、その時は風も使えます。
と誤魔化したかも知れない。
今のラファエレには、風を少し起こす位しか出来ない以上、じゃあ水魔法も使ってみろと言われては何も出来ない。
さっきもティーカップのお茶を溢れさせようと魔術を施してみたが無反応だった。
とは言っても水面をつくる位なら多分出来ただろうから、ただただ迂闊だったとしか言わざるを得ない。
そしてあんなに念じて軽い紙を少し動かす程度の風しか起こせないのでは、魔術の証明とするには足りない。
街の通りにいる易者程度の低い能力しか無くて、彼女は地の底まで落ち込んでいる。
そんなラファエレの事情を聞けば解る気もする。
また家出以来気の抜けなかったであろう娘が身を守るための術だと思えば納得も出来る。
しかしジュードはまだ気が抜けない。
「能力ある魔術師は魔法陣を用いないそうだな。」
この魔法具が力ある魔術師のもので魔法陣が必要無く作成されたのなら、広場地下のご大層な魔法陣は何だと矛盾を感じ指摘する。
この娘の何が何処まで本音を話しているのかジュードには解らなくなった。
「…そんな事まで申しました?」
痛い所を刺されたように苦笑するラファエレ。
「人間弱った時の方が、口が滑りやすいと言うものだ。」
「…肝に銘じます。」
とは言ったものの、どこからどう説明するべきか解らず、無言で目を閉じる。
そんなラファエレに業を煮やしたのか、ジュードは印籠を出した。
「3人目の魔術師が来る前に首にしても良いんだぞ。」
「それは困ります!」
ぐっとジュードの襟首を持つと、その反動で起き上がる。
身体を支えられないラファエレは、ジュードに倒れこみながら必死に語りかけた。
「魔術師の在り方を否定なさらないで。」
苦しげに訴えるラファエレの瞳を見つめるジュード。
ジュードの様子に首かも知れないと覚悟していたのに、予想通りの言葉をかけられると反射的に縋ってしまった。
またあの地下に足を踏み入れたい。そう願わずにおれない。
「…私にもっとあのルーン文字を…魔法陣を解読する時間を下さい。魔術を学ぶ時間を与えて下さい。」
嗚咽するようにラファエレは、ジュードの襟を握ったまま小さな声で呻いた。
ジュードはラファエレを引き離そうとして止める。
その代わりとても冷静な言葉をかけた。
「魔法陣についての回答がまだだ。」
「どう語れば信じて下さるか解らないだけです。」
「最初から真実を語れば良いだけだ。」
「雇用者に来し方行く末全て語らねばならないのなら魔術師は全て首です!」
「…。」
ラファエレの瞳から涙が出てきた。
嗚咽する姿を咎められたくなくて主人の襟を掴んだまま下を向いた。
全て語るには時間なんて無かったし、語るつもりも無かった。
秘密主義は魔術師の習性から来るものだからだ。
見習いだろうとそれが当然であるラファエレにとって、ジュードは何故こんなに細かくて警戒心の強い男なのかと理解できなかった。
魔法陣で魔術を使おうが、無詠唱で魔術を繰り出そうがどうでも良いじゃないか。
どうして私はこの男を納得させるような能力を持たないのだろう。
己の実力不足を改めて痛感し、それが悔しかった。
ラファエレの嗚咽だけが響く長い沈黙の後。
話が進まず苛立ったジュードは眉を寄せてラファエレの両腕を掴み襟から引き離すとソファへ押し倒した。
その為に、はだけた外套の中からラファエレが元々身に付けていたネックレスが揺れ、ラファエレの胸の間に落ちる。
外套の下に着ていたAラインの綿のワンピースは、元々の体型を隠すものだが、ペンダントの重みで彼女の身体の線をかえってくっきり浮かび上がらせた。
一瞬ジュードの瞳に欲望の色が浮かぶ。
加虐的な瞳の色を宿した主人は、ラファエレの両腕を右腕で持ち替えて彼女の頭上へ追いやって抑え込んだ。




