037
欠けた魔法陣
暫く文字の羅列を睨んでいたラファエレを、タスクのみならず、司書官達まで注目していた。
彼女の話を聞いていたのはタスクだけではなかったからだ。
最早、魔法陣という暗号を解く為に真剣に壁を見上げる彼女を装飾品かご馳走のように眺める者は居なかった。
少なくともここに立つ者達は、彼女を一人の魔術師として認め期待している。
周囲の思考の変化に丸で気付かないラファエレは、紫色の大きな瞳で壁を睨んでいた。
タスクも同じく壁を見上げたが、同じような文字の羅列にしか見受けられない。
そんなタスクを知ってか知らずか、ラファエレは説明し始める。
自身の頭の中を整理する為に。
「200年以上前でも魔法陣の一定の法則はあるのよ。それと術者によって魔法陣の作り方が違うとでも言うのかしら。癖と言うものは確かに存在しているわ。」
「例えばどんな?」
「そうね…この紙を持ち上げて自在に動かす魔法陣を組むとするじゃない?」
「ん?うん。」
タスクも意図を読んだのか相槌だけに留める。
だからそんなもん持ち上げてどうするのかと言う質問は一々しない。
「その為に、ある術者は手で持ち上げて左右上下に動かす魔法陣を描いたとする。」
「うん。」
余り意味は見いだせないがとりあえず頷くタスク。
「でも別の術者は大気の動きで…つまり風で、用紙を動かす魔法陣を描いて魔術を繰り出す。つまりこれが個性。」
「後者はともかく前者は手で動かしている時点で魔術として証明に足るのか?」
相槌だけにしようと思ったがやっぱり我慢できなかった。
「だって手を使わず紙を動かさなければならないと言うルールは元々存在していないじゃない。」
「そらそーだけど。」
「前者だって書きようによっては立派な魔術よ?」
「うーん…つまり目指す結果が同じなら方法は厭わない訳か?」
「そう、極端な例だったけど言いたいのは、個人の個性やどんな行程をイメージするか等で魔法陣の羅列は変化するの。…必ず法則はある筈だけど。」
「例えば?」
「魔法陣には最初に宣言が必要なの。こうこうこんな事をする魔法を作成し、こう言う呪文にします。と名付けると言うのかしら。言うなればそれが1行目になるのだけれど。この魔法陣は宣言文が沢山あるわ。つまり一つの魔法陣でいくつもの魔法を発動した証にもなる。」
言葉を綴りながら思考の深みへ身を委ねるラファエレ。
「そして繰り出される魔法は書き順も必要なの。」
「書き順?」
「行動の順序とも言うわ。人は行動に対して何も考えないけど、本当は動きに細かい順序が存在しているの。」
タスクは首をかしげた。
「ちょっと細かくて解らないな。」
「極端な例だけど魔法陣で『歩く』と言う宣言をする。次に行動のルーンを羅列する。現在立つ場所から右足を出し踵が地面に着いたら、次に左足を前に出し、順次交互に時速5kmの速度で前に進み続ける。5m進んだ所で止まる。と言うルーン記述を書かなければ『歩く』と言う魔法陣は書けないの。」
「…。」
煙が出そうだ。
「そんな魔法陣は誰も書かないけれどね…つまり魔法にだって厳然たる順序が存在しているのよ。」
タスクは相槌を打つのをやめた。
魔法を覚える気にならなかった理由を改めて思いだしたからだ。
育ての親セリムが一応覚えておくようにと教えてくれた事があるが、まだるっこしくて結局拒否した。
拒否して正解だったと今改めて思う。
そんなタスクを知ってか知らずかラファエレは
「見つけた。」
と小さく呟いた。
そして煙をふくタスクへ魔法陣の1行目を説明し始める。
実はラファエレのクドい説明が尾を引いてお腹一杯だったが、我慢して耳を貸すタスク。
「ざっくり解読した限りでは、まずモンスターを封印する為の鳥籠を作成する魔法を宣言する。とこの辺りに書いてあるの。だからここが最初。」
すっとある壁へ向けて人差し指を向ける。
「…ああ、違うわね。モンスターをいくつかに切り分けて封印する魔法呪文の名前をここに宣言する。とあるから、ここが先かしら。」
思い留まり、迷うように別の場所を指差す。
「ん。…モンスターを拘束する魔術呪文の宣言がここにあるから、やっぱり…。」
で、ん?と呟く。
「あ、全ての魔法を一度に発動する宣言呪文があるからやっぱりここかしら。」
首を傾げる。
最初タスクへ説明するように発言していたが、徐々に声が小さくなって行き、独り言になって行く。
考えがまとまらなくなったのだ。
無言で頭を振るとタスクへ向き直る。
「…やっぱり簡単な単語や文章ならすぐ読める部分もあるけれど、出来れば一旦持ち帰ってきちんと読み解きたいわね。」
ラファエレは、そう言って唇を噛む。
美しい顔なのに、眉根を寄せると表情が歪み、誠に遺憾である。
「ジュード様に解読するお時間をいただくよう、色々ご報告しなければいけないみたい。」
これ以上ここでの解読は不可能だと諦めつつタスクを見ると、えらく真剣な顔でラファエレを見ている。
「その前に聞いて良いか。」
「ええ。」
「モンスターをいくつかに切り分けて封印する魔法呪文ってどう言う意味だ?」
「言葉通りだと…あ?今、私…何処を読んでいたのかしら。」
ルーン文字を読む行為だけに必死で、文章の意味については考えていなかったラファエレは、タスクに突っ込まれて、初めて気付かされ表情を変えた。
「さっきこの辺を指差してた。その後はこの辺。」
タスクが、困惑するラファエレを見つめながら、壁のある一部分を指差した。
言われるがまま読み始め
「あ!ここだわ。モンスターをいくつかに切り分けて封印する魔法…。」
ラファエレはその言葉の意味を考えて蒼白する。
「封印したモンスターは複数いるのか?」
「…そう言う意味にも読めるわね。」
二人は無言で見つめあった。
いや、地下にいる者達全員が緊張感と共に無言になっていた。
他の司書官も兵士もいつの間にかタスク達の周囲に集まり絶句している。
タスクは梯子まで駆け出すと、上に向かって叫んだ。
「そこに誰か居るか?!すぐアールを呼んでくれ!」
解りやすく詳細に説明したつもりで返ってややこしくする人いますよね。ラファエレがそれっぽいです。




