036
美味しそう
ラファエレは誰が見ても美しい女性のようで、司書官と兵士達も時折彼女へ熱い視線を送っている。
方や見習い魔術師は、異性へより壁へばかりに意識が向いていた。
文字通り壁の花と呼んでも良さそうだ。
形が良く、柔らかそうな唇に人差し指をあて、思索し、用紙に何事か書き留めている。
窪の中に気味悪いモンスターが眠っていた場所を知識の泉とし、恍惚とした顔で住みたいと公言する魔術師の何がそんなに良いのか。
女より剣を取るタスクには良く解らない。
また見た目が如何に重要視されるかは、性年齢の低いタスクでは察知が難しい。
そんなラファエレはしばらく崩れた壁と残り3方の壁を順繰りに見つめた後、深い溜息をついた。
恍惚とした溜息ではない。
落胆の吐息である。
「どうした?」
暫くラファエレを観察していたタスクが、近付いて横に並ぶ。
眉尻を下げたラファエレが、少しだけ目線が下のタスクと目が合うと目を潤ませた。
「ルーン文字の羅列を魔法陣代わりにして、この地下でモンスターを封印する術式が書いてあるわ。」
「…うん?それで?」
何故それで涙目になって落胆しているのか解らない。
「一度にたくさんの魔法全てを発動させる術式が崩れているわ…。」
悲しげに両手で顔を覆う。
「…他にも重要な内容がいくつも抜けているの。困ったわ。これじゃ再現できない。」
「再現…?」
「私は結界魔術しか知らないけれど、書き残された魔法陣が現存するのなら、もう一度話しに聞くモンスターを封印出来るかとも思ったの。その場合、私一人では無理とは思うけれど…。」
「ああ、なるほど。」
そうか、倒すばかり考えていたが再度封印すれば良いのか。
かなり基本的な事を見逃していた気がして、タスクは頭をかく。
そう言えば、ジュードとアールが書斎でそのような話しをしていた気がする。
「んー…じゃあ、この壁に並ぶルーン文字は魔法を発動し続ける継続の魔法陣として考えて良いのか?」
魔法には、魔術師が特定の魔法を瞬発的に発動するタイプと、魔法を発動し続ける継続タイプの2種がある。
簡単に言えば、特定の誰かに呪いをかける場合は継続型であり、火の玉を作って特定の誰かを攻撃する場合は瞬発型である。
因みに魔術師間では、継続型の魔法は魔法陣を描いて発動させた方が便利で、瞬発型魔法は魔法陣を描く暇があるならさっさと発動させた方が時間短縮出来るだろうと言われているのが一般的だ。
「ええ。大雑把にしか読んでいないのだけど結局はそうなるわね。…タスクは継続の魔法陣なんて専門用語よくご存知ね?」
話に乗ったものの、剣士のタスクが詳しいと気付き、紫色の瞳が好奇心に輝いた。
先程の涙目は何処へ行ったのだろう。
「昔育ての親に少し習ったんだ。魔法は覚えられなかったけどな。」
「あら。魔力は誰しも宿っているものでしょ?基礎も無理だった?」
「日常の文字だって覚えられないのに、ルーン文字なんて覚えられないって。それに魔法陣の描き方も呪文も全く理解出来なかった。まだるっこしいし、火を灯すのに魔法陣とか呪文とか繰り出すよりも、火口と火打石さえあれば火はつくし、そっちのが早い。」
肩をすくめるタスクをじっくり見つめると、ラファエレは尤もだと笑い出した。
「ふふ。そうね、基礎魔術は確かに火打石で火をつけた方がずっと早いし、お水は川か井戸から汲んできた方が早いわ。」
「だろ?俺が思うに魔術師は皆気長だよ。尊敬するね。」
タスクにかかれば、偉大な魔術師も性格の問題で片付くらしく、ラファエレは鈴が鳴るように笑った。
瞳に涙を浮かべる程笑った後、一息ついたラファエレは口を開く。
「でもね。我が身を鍛錬してそこを超えて行けば、こんな巨大な大岩を刳り貫いたり、凶暴なモンスターを200年以上もの間閉じ込める、大いなる力を得る事も不可能じゃないのよ。」
それこそ鍛錬だけの問題じゃ無いのだけれど。
と自嘲的な笑みを浮かべつつ付け足す。
「私達はその境地を夢見ずにはおれないの。」
ましてやこんな素晴らしい魔法陣を見たとあれば、未だ見習い魔術師であるラファエレの気持ちは急くばかりだ。
もっと学びたい。もっと。ラファエレの胸中は探究心と知識欲で支配されている。
日々自身を鍛錬し続ければいずれは自分も。と信じたいのである。
「思ってたより貪欲だね。」
「ふふ。向上心があると言って欲しいわ。タスクが今より強くなりたくて鍛錬するのと同じじゃないかしら?」
「それもそうだ。」
今気づいたと言うように、タスクは納得の表情を見せた。
「じゃあ、結局ここには何て書いてあるのか解読できないって事か?」
「そうね。壁がどうこうの問題だけでも無いのだけれど。ルーン文字によって作られた魔法陣は暗号の羅列。その場で解読できる文章はとても少ない。それに200年も前の魔法陣ともなると当時の言い回しで暗号を使われて恋愛小説を多読するようにすんなり読み解けるものでは無いし…基本なんて大風呂敷広げたかも。」
ジュードにどや顔で宣言した手前、こめかみを押さえる。
ふうん。と呟くタスク。
魔術の話など解らないので、深く追求も出来ない。
要はモンスターを倒せれば良いし、難しい考え事は得意な人がやるべきなので、深く考えていない。
タスクは適材適所と言う言葉の意味を体で知っていた。
「その200年前って何処読んでの発言?」
しかし好奇心は存在しているので質問はする。
「木の根と岩の劣化具合…それと一番重要な点はルーン文字の並び方かしら。同じルーン語でも時代によって言い回しが全く違うの。大体200年前によくある魔法書に出て来る羅列と同じ系列だから。」
そんな事まで覚えてるのか。
と、感心するタスクの話しを聞いているのか聞いていないのか、ラファエレは再度壁のルーン文字へと思いを巡らせ始める。
壁一面のルーン文字を読むには最初の1行目を探さねばならない。
解読出来れば、欠けた魔法陣も予測ルーン文字を埋めて行く事で、正確な魔法陣を創り上げる事が出来ると推参したからだった。




