act24五年後……夏
琉依がイギリスへ行って三年が過ぎたのに、アンタはやっぱり帰ってこなかったね。もしかして、私がそっちへ行くのを待っていたの? でも、その時はまだ私はアンタに何一つ自慢できることが無かったから行けなかった。……それから更に二年が過ぎた暑い夏……
「槻岡先生、さようなら〜」
生徒たちの元気な声が教室内を響かせていた。
「さようなら。また新学期にね」
教壇の上にある教科書や日誌を整理しながら、生徒に返事をする私……槻岡夏海、25歳。
大学を卒業した私は、教員免許を取得して中学校の英語教師に就任した。
もともと英語が得意な私は、人に物を教えるのも得意という事もあり、そこから教師になりたいと勉強を始めた。そう、“アイツ”と約束したあの日から……。
「ん……?」
職員室に戻り、バッグの中の携帯を取り出すとメールが一件。伊織からだった。
“今夜、N・R・Nに集合よん”
メールを確認して携帯をバッグの中に入れると、椅子に座って残っていた仕事を片付け始めた。
その日の夜、仕事を片付けた私は急いでN・R・Nに向かった。
店の前に到着すると、扉には“本日貸切”と書かれた札が掛けてある。
「こんばんは〜」
扉を開けると、既に他のメンバーが集まっていて私を待ち構えていた。
「夏海〜! 遅いぞ〜!」
「先に始めてるよ!」
いつものメンバーが口々に声を掛けてくる。
「ごめん、ごめん。ちょっと片付ける物が多くて……」
軽く詫びながら席に着くと、すぐにナオトが飲み物を持ってきてくれた。もちろん、ジュースを。
「じゃあ、夏海が来たから乾杯でもしましょうかね?」
渉の音頭でみんなはグラスを高く上げると
「乾杯!」
の声と共に、グラスを軽くぶつけ合った。
私達はよくこうして、時間を見つけては集まって飲んでいた。大学を卒業してからお互い進む道は別々だったのに、それでも私達の友情は消えることが無かった。
あれから五年……。
伊織は、長年の両親の説得に成功して念願のデザイナーになり、今では世界中を回って多忙な日々を送っている。
梓は、昨年医学部を卒業して現在は研修医として頑張っている。そこでも、小柄な梓は同期の研修医や医者の注目の的で、伊織が毎日ヤキモチを焼きながら心配しているらしい。
渉は、私と同じく教師の道に進んだが、彼は高校の体育教師に就任して毎日生徒たちに負けないくらい元気に走り回っている熱血教師だ。
蓮子は、介護士の試験に合格して一生懸命たくさんの患者さんのお世話をしている。あの男遊びの激しかった蓮子からは、考えられないくらいの変貌に全員驚いた。
浅井クンは、法学部をトップの成績で卒業してから、司法試験もまたトップで合格するという快挙を成し遂げ、今は新米弁護士として勉強中だ。大学時代は“影の浅井”と言われていたが、今では立派に表舞台に立っている。
みんな頑張っている。そんなみんながこうして集まっている中、アンタだけがいない……。私の隣には、主のいない席が一つだけポツンと空いていた。
「まったく……、わかっていたわよ。あのバカが三年なんかで帰って来る訳が無いって事くらい」
伊織がグラスに入っていたお酒を飲み干して、愚痴をこぼした。
あれから……五年。やっぱり琉依は帰って来ない。もちろん、その間一切の連絡も取り合わなかった。
「イギリス女に惚れ込んで、全財産絞り取られたとか?」
渉がケラケラ笑いながら言うと、みんなは思わず納得していた。
「いや、あいつなら逆に女から全財産を絞り取るでしょ?」
カウンターでナオトが渉の意見を打ち消した。確かに、琉依ならそれくらいの事はしているかもしれないわ。
みんながまだ色々な話で盛り上がっている中、私は一人店を出た。
一人でこうしてゆっくり考えたい事があった。
ねぇ、琉依。イギリスで頑張ってる? 私はこうして自分の道を見つけたよ。
琉依がイギリスに行ってから、約束通りまったく連絡を交わしていないけれど、私はアンタが予想している以上の女になれたかな?
寂しいかって? 大丈夫。寂しさなんか感じる暇が無いくらい、私は必死に頑張ってきたから。涙さえ出てこなかったよ。これには自分でも、強くなったなと驚いている。
家の前に着くと、部屋の明かりが灯っていた。
「ただいま〜」
「おかえり、なっちゃん」
ねぇ、琉依。アンタがいない間に、家に父さんと母さんがアメリカから帰って来たんだよ。二人に琉依の事を話したら、驚いていた……。でも、父さんはいつか私を琉依に取られるって昔から思っていたんだって。親って、そういうのは敏感なのかなって思わず笑っちゃった。
ねぇ、琉依。アンタがイギリスに行ってから五年の間、話したい事がたくさん出来たよ。それを早く話して、琉依がどんな顔をするか……それが、私が今楽しみにしている事。
ねぇ、琉依。私は、もう魅力的な女になれた……?
翌朝、玄関で靴を履くと、振り返って後ろで立っている両親を見る。
「じゃあ、行ってくるね」
門を閉めて道路に出ると、ナオトが車に乗って待ってくれていた。
「ごめんね、手間掛けさせて」
私の言葉に、ナオトは笑顔で返しながら車を発車させた。
車が向かう所は、空港……。
今日、私は旅立つ。行き先は、イギリス……アンタが待っているイギリス。
琉依には秘密にしている。ナオトから教えてもらった琉依が住んでいる家の住所だけを頼りに、私は今から会いに行く。
何も連絡を交わしていないから、琉依の傍には別の女がいるかもしれない。
そしたら、私が誘惑するから。イギリス女よりも日本の女の方が魅力的だと分からせてあげるから。
「待ってろよ……」
でも、間違いなく琉依の姿を見た瞬間、私は泣いてしまうに違いない。そんな私を、例え他に女がいても、琉依は必ず私を抱き締めてくれる。だって、それが琉依の優しさだから……なんて、ただの自惚れかな。
−○○航空ロンドン行き××便ご搭乗のお客様は……−
五年前は琉依を呼んでいたこのアナウンスが、今日は私を呼んでいる。
「さぁ、行きますか」
手荷物を持って、私は立ち上がった。
夢を手に入れて、自信もついた私がこれから一番欲しかったものを掴む為に出発する。
あなたを誘惑する為に……。
これからが、私たちの恋の始まり。
終わりました! 最後まで読んで頂き、本当にありがとうございました! 最後はこんな終わり方でしたが、如何だったでしょうか? 当初の設定からだいぶ話が変わってしまいましたが、こんな恋もありかな? と、ここまで進めてきました。 また、たくさんの感想・評価を送って頂き、本当に嬉しく思っております!ありがとうございます! さて、次回は梓と伊織のお話で「花恋舞ーKarenbuー」を連載していきたいと思っております。夏海の話が20歳の頃を主にしていたので、次は19歳……入学したばかりの頃のお話を作っていきたいと思います。長くなりましたが、ここまで読んで頂き本当にありがとうございました!! 山口維音