第7話 聖女の隠密(お財布)と、秘密の遠出
「――というわけでな、クロス。お前を本日付で『C級冒険者』に昇格させる」
翌朝、冒険者ギルドの奥にある執務室。
ギルドマスターが、分厚い書類をドサリと机に置きながら、鋭い眼光を俺に向けてきた。
「……あの、マスター。俺、昨日フォレストウルフの群れを倒しただけですよ? 飛び級が過ぎませんか」
「惚けるな。お前がここ数日、無傷で持ち帰ってきた魔石の質、そして昨夜、王都の感知結界を一瞬だけ揺るがした『高位魔族の消滅反応』……。お前、何か隠しているな?」
ギクっとリアクションをしてしまう辺り、俺に暗躍の依頼はできそうにない。
マスターの目は完全に疑っている。だが、その目は恐怖ではなく、「優秀な駒を見つけた」という歓喜に満ちている様に見えるんだけど。
昨夜、アパートの屋根の上で魔族をワンパンした際、極力静かに倒したつもりだったが、王都の結界にはしっかり引っかかっていたらしい。
そして、現場から一番近い場所。そこに住むのは最近急にフォレストウルフの群れを倒したF級冒険者。
俺だ。
「いや、俺の実力はまだまだF級ですよ……」
「──まあいい」
マスターは俺に交付しようとした青銅のギルドプレートを握りつぶした。
なんちゅう握力だよ、おい。
「クロスの詮索はせん。だが、実力のある者がいつまでも最下級にいてはギルドのメンツに関わる」
「そう、ですね」
確かにマスターの言う通りでもある。評価に合わないことをしていたら、監督不足を疑われ、ギルドの不審に関わる。
しかし、今の俺は自分の実力と言えるのかどうか……。だから、C級のなんて上がる資格はまだない。
「これから美味い依頼(高報酬)を回してやる。他の者には内緒でな。しっかり稼げよ」
ギルマスに肩を叩かれ、俺は執務室を後にした。
(早くラステアに、魔バフの出力を落とす方法を聞かないとな……)
ため息をつきながらギルドのロビーに出ると、何やら掲示板の前が騒がしい。
「おい、聞いたか!? 明日、ラステア聖女殿が『民情視察』のために、王都の下町を練り歩くらしいぞ!」
「マジかよ! 氷の聖女様を間近で拝めるチャンスじゃねえか!」
冒険者たちが色めき立っている。
明日、下町の視察。
……嫌な予感しかしない。
♢
その日の夜。
『ひだまり荘』の俺の部屋に、いつものように窓から緑色ジャージが滑り込んできた。
ラステアは部屋に入るなり、俺の机の上に「ふんす!」と1枚の高級な羊皮紙を叩きつけた。
「クロス! 大変だよ! 明日、私、公式行事で下町に行くことになっちゃった!」
「知ってますよ。ギルドでも大騒ぎでした」
「違うの! 表向きは『民情視察』なんだけど、本当の目的は違うの!」
ラステアはジャージの袖をまくり上げ、翡翠色の瞳をキラキラと輝かせた。
「下町の広場にある、『ドワーフの屋台の串焼き肉』と『はちみつたっぷりバターパン』! あれがどうしても食べたくて、王宮の退屈な会議で『下々の暮らしをこの目で確かめねば、真の聖女とは言えません!』って大演説ぶって、視察をもぎ取ったんだから!」
「……民情視察を、買い食いの口実にするなよ」
この聖女、本当にブレない。王宮の偉い人たちが聞いたら、ショックで寝込むぞ。
「でもね、公式行事だから、周りはエルフのSPだらけでしょ? 買い食いなんてしたら、長老たちに『聖女としての品格が――』って1時間は説教されるの。だからね、クロス」
ラステアはベッドの上にちょこんと腰掛け、ジャージの膝を抱えながら、上目遣いで俺を見つめてきた。
長い耳が、心なしか不安げに、少しだけ垂れている。
「明日、私の後ろに隠れて、その……こっそり屋台のご飯を買って、私にパス(差し入れ)してくれないかな?」
「なんですか、それ」
「私の焼き鳥サインも完璧に読み取ってくれたし」
「そりゃ口パクしてましたからね。わかるでしょ」
「ダメ、かな?」
世界を救う聖女が、下町のB級グルメを食べるために、しがない冒険者に共犯になってくれと頼んでいる。
普通なら断るべきだ。護衛に見つかったら、ややこしいことになるに違いない。
だけど、ギルドで「氷の聖女」という肩書きで、肩身の狭い思いをしている彼女を思うと、どうしても突き放せなかった。
「……ハチミツバターパンですね。何個買えばいいですか?」
「――っ! 3個! あ、やっぱり4個!」
一瞬でラステアの耳が「ぴこぴこぴこ!」と激しく跳ね上がった。嬉しさのあまり、ジャージのままベッドの上でピョンピョンと跳ねている。
「ありがとう、クロス! 大好き! やっぱり私のヒーローだね!」
「調子のいいこと言わないでください。……あ、それと、あなたのバフのせいで俺、C級冒険者に昇格させられかけたんですけど」
「えっ、すごーい! じゃあお給料増えたんだね! 明日の買い食い、クロスの奢りね!」
「断りましたよ」
「えー、なんで?」
「なんでって……そりゃ、これが俺の実力じゃないからですよ。所詮は、ラステア様の力を借りているだけに過ぎないじゃないですか」
「そうなの?」
「そうなんです‼︎」
俺は複雑な思いのまま、窓の外に目をやった。
今は俺の実力の話は一旦おいておき、明日のことを考えないといけない。
明日、王都の下町。大勢の群衆と厳しい護衛の目を盗んで行われる、俺と「ジャージの聖女様」の、命がけの隠密買い食いが始まろうとしているのだから。




