第5話 F級冒険者、無自覚に無双する
翌朝。俺はいつものように、王都外縁の森へと足を運んでいた。
依頼内容は『凶暴化森狼の討伐』
俺にはちょっと背伸びした依頼だが、報酬はいつもより良い。これで夜食も良いものを食べる予定だ。
「よし……気合入れていくか」
俺は愛用の錆びかけた鉄剣を構え、茂みから飛び出してきたを凶暴化森狼迎え撃とうとした。
いつもなら、ここから泥臭いヒットアンドアウェイの長期戦になる。
──はずだった。
バキィィィン!!
「……え?」
踏み込んだ瞬間、地面が爆発したかのような風圧が生まれた。
自分でも信じられないほどの速度で狼の懐に潜り込む。
軽く振るったはずの鉄剣が、凶暴化森狼の頑丈な毛皮をごっそり切り裂き、後ろの巨木までなぎ倒してしまったのだ。
ドサリ、と崩れ落ちる森狼。
「な、なんだこれ……!?」
自分の両手を見る。
身体が軽いなんてレベルじゃない。まるで全身の細胞が沸き立っているかのように、魔力と筋力が漲っている。
『この身体、もう怪我したりしないでね』
脳裏に、昨夜ジャージ姿で焼き鳥を齧っていたラステアの言葉が蘇る。
(……世界樹の祝福って、古傷を治すだけじゃなくて、ステータスを限界突破させる強化魔法だったのかよ!?)
その後、凶暴化森狼の群れが襲って来たのだが、一振りで粉砕してしまった。
世界最高峰の聖女が施した『永続バフ』。その効果は、しがないF級冒険者を一瞬にしてバケモノへと変貌させていた。
♢
「おい、見ろよ……クロスの奴、フォレストウルフの群れを一人で全滅させて帰ってきたぞ……」
「しかも無傷だ。あいつ、本当はA級の隠れ人なんじゃ……」
夕方のギルド。
受付に大量の魔石を差し出す俺に、周囲の冒険者たちから驚愕と戦慄の視線が突き刺さる。
目立ちたくないのに、完全に注目の的になっちまっている。
「お疲れ様でした。こちらが凶暴化森狼の討伐の報酬になります」
引き攣った顔の受付嬢。F級の俺が無傷ですんなりと帰って来たのが心底疑問みたいだ。
「あ、あの、クロス、さん?」
「ども」
報酬を受け取ると俺は逃げるようにギルドを飛び出した。
一刻も早く、あの隣人のエルフに文句を言ってやらなければ気が済まない。
♢
バタン! とアパートのドアを閉め、俺はそのままベランダの窓を開けた。
「ラステア様! ちょっと話が──」
隣の部屋に向かって叫ぼうとしたその時、ベランダの仕切りをすり抜けて、すでに緑色ジャージ姿のラステアが俺の部屋に侵入してくるところだった。
しかも、なぜか彼女は両手で顔を覆って、わんわんと泣いている。
「うぇぇぇん! クロスぅぅぅ!」
「うおっ!? な、なんですか急に!?」
ラステアは俺の胸にドサッと飛び込んできた。
神聖なはずの銀髪が俺の胸元に擦れ、甘い花のようないい匂いが鼻をくすぐる。
「ひどいんだよ! 今日の王宮の晩餐会、エルフの伝統料理の最高峰とか言って、『世界樹の葉の蒸し物(味付けなし)』と『聖水で煮込んだ無味の豆腐』しか出なかったの! 私、もう限界! 舌が消滅しちゃう!」
「……泣いてる理由がジャンクフード切れかよ!」
てっきり王宮で暗殺者にでも襲われたのかと焦った。
俺の胸に顔を埋めたまま、ラステアは長い耳をしょんぼりと垂らし、上目遣いで涙目を向けてくる。
「ねえ、クロス……。お願い、脂っこいもの。濃い、味の濃いものを私に投与して……」
やべぇ、この聖女、目が逝ってやがる。
「このままだと私、ストレスで魔王になっちゃう……」
「ジャンクフード切れで魔王になるやつがいますかっ」
「だってぇ! だってえええ!」
「はぁ……分かりましたよちょうど今日、ギルドで大量に稼げたので、いい肉買ってありますから」
エルフの魔王なんて爆誕させたら、俺は人間界に大罪人として未来永劫汚名をきせられるだろう。
「本当!? やったぁぁぁ!」
さっきまでの涙はどこへやら、ラステアの耳が「ぴこぴこぴこ!」とマッハで動き出す。
俺はキッチンに立ち、買ってきたばかりの厚切り豚肉を取り出した。
今夜のメニューは、洋食の王道『とんかつ』だ。
小麦粉、卵、パン粉をまぶし、たっぷりの油の中に投入する。
シュワァァァ……と、心地よい揚げ物の音が狭い部屋に響き渡る。
「……ねえクロス、これ、油のプールでパチパチ言ってるよ!? 絶対に身体に悪いやつだよね!? 最強に美味しいやつだよね!?」
「静かに。衣が剥がれます」
「ぉけ」
サクサクに揚がったとんかつを包丁でサクッと切り、皿に盛る。
そして、市販の濃厚なブラウンソースをこれでもかと回しかけた。
「はい、特製とんかつです」
「いただきまーす!」
ラステアは一切れを箸で掴み、大きな口を開けてガブッと齧り付いた。
サクッ、ジュワァ……。
「ーーーーーーッ!!!(悶絶)」
あまりの衝撃に、ラステアは両手で自分の頬を押さえ、ベッドの上をごろんごろんと転がり回った。
ジャージの裾がめくれて白いお腹が見えているが、本人はそれどころではない。
「な、ななな、何これぇぇ! 衣がサクサクなのに、中からお肉の汁が、滝のように溢れてくる……! それにこの茶色いソース、酸味と甘みと旨味が凝縮されてて、脳が溶けそう……!」
「白米にも合いますよ」
「んむっ! ……んんん〜〜!! 美味しい、もう王宮に戻りたくない! ずっとここに住む! クロスと一生一緒しゅるぅぅ‼︎」
ハフハフと、口いっぱいに通称『カロリーの爆弾』を詰め込む聖女様。その言葉はほぼプロポーズだが、まぁ、調子の良いことを言っているだけだろうな。
「……?」
ふと、彼女の身体から、昨日以上の圧倒的な神聖魔力が光となって放射された。
まばゆい緑の光がアパートの部屋を満たし、窓の外の夜空へと静かに溶けていく。
……いや、待て。
俺は部屋の窓から外の景色を眺めた。
よく見ると、アパートの庭に生えていた雑草が、魔力を浴びてみるみるうちに綺麗な花を咲かせている。
(やっぱりそうだ……。この人、ジャンクフードを食べれば食べるほど、聖女としての魔力が跳ね上がってる……!)
「ぷはぁー! 生き返ったぁ……!」
とんかつを完食し、コーラを飲み干したラステアは、幸せそうにベッドに大の字になった。
「ねえクロス。なんか私、今なら世界を3回くらい救えそうな気がする」
「そりゃ良かったです」
ジャンクフードを与えただけで世界を3回も救ってくれるなんて、インスタントな勇者様なこって。
「……あ、そうだラステア様。あなたがくれた『お礼』のせいで、俺の筋力がバケモノみたいになってるんですけど」
俺が文句を言うと、ラステアはジャージ姿のまま、へへっと悪戯っぽく笑った。
「いいじゃん、強い方が安全でしょ?」
「そりゃ、まぁ、そうですけど、なんかインチキみたいじゃないですか」
「失礼なっ。私の力がインチキって言いたいの?」
「いや、そうじゃないですけど」
「それにね、クロスが有名になって、高いお肉をいっぱい買えるようになったら、私が一番嬉しいもん」
「結局、自分の胃袋のためかよ」
呆れ果てる俺だったが、彼女の無邪気な笑顔を見ていると、まあこれでもいいか、と思ってしまうのだった。
しかしこの時、俺たちはまだ気づいていなかった。
ラステアがとんかつを食べて放った「規格外の聖なる魔力」が、王都に潜む『魔王軍の密偵』たちを引き寄せる引き金になってしまったことに――。




