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第4話 聖女のお礼は、炭酸の泡に乗って

 ギルドでの心臓に悪いアイコンタクトから数時間後。


 俺は予定通り、近所の市場で鶏肉と白ネギを仕入れ、せっせと串に刺していた。


 木造アパート『ひだまり荘』の我が家に、小気味よい「トントン」という音が響く。


「はいはい、開いてますよ」


 窓を開けると、案の定、緑色ジャージ姿のラステアが、まるで実家に帰ってきたかのような自然さでベランダから滑り込んできた。


 しかも今日は、両手に何やら大きな荷物を抱えている。


「クロス! 待たせたね! ほら、約束の『お礼』を持ってきたよ!」


 ラステアは、ふんす、と鼻を鳴らして、持ってきたものをテーブルの上にドンと置いた。


「……なんですか、これ。もの凄く不穏な魔力を感じるんですけど」


「ふふん、驚くなかれ。エルフの至宝、王宮の宝物庫から(こっそり)借りてきた『永久冷却の魔導具(国家予算レベル)』だよ!」


 それは、複雑な古代文字が刻まれた、美しく輝く純白の金属箱だった。


「これでコーラを冷やすとね、炭酸が一切抜けずに、常に悪魔的にキンキンな状態が維持されるの! ほら、早くコーラ入れてみて!」


「国家予算レベルの魔導具を、炭酸飲料の保冷庫にするな!!」


 思わず全力でツッコミを入れてしまった。


 昼間、ギルドであれほど神々しく歩いていた聖女様が、夜には国家の至宝をコーラのために私物化している。この事実がバレたら、間違いなく俺は国家反逆罪で処刑される。


「いいのいいの、有効活用だよ」


「有効活用って」


「それより、お肉は? ギルドでちゃんと『ねぎま(塩)』ってサイン送ったよね?」


「いや、人差し指立てただけじゃないですか。まぁ伝わったから作りましたけど」


 呆れつつも、特製のタレと塩の2種類で焼き上げた焼き鳥を皿に並べる。焼き鳥はタレも塩も美味しいもんね♪


 香ばしい炭火(魔導コンロ製)の香りが部屋に広がると、ラステアの耳はすでに高速で「ぴこぴこ」と前後に揺れていた。


「んん〜っ! これこれ! この、ネギのちょっと焦げた匂いと、お肉の脂……!」


 キンキンに冷えたコーラを片手に、ラステアは焼き鳥を頬張る。


「……ふぁぁぁぁぁぁ! 美味しいぃぃ……!」


「聖女にピッタリの美声と共に、聖女とは思えないセリフが飛んで来て脳内がバグりそうです」


「鶏肉の旨味のあとに、このネギの甘みが追いかけてくる……! クロス、あなた天才? F級冒険者やめて、エルフの里でお抱え料理人にならない?」


「丁重にお断りします。長老たちに処刑されそうですから」


 俺も麦酒を飲みながら、焼き鳥をつまむ。


 昼間のギルドでの張り詰めた空気が、彼女の美味そうな食べっぷりと、よれよれジャージのせいで嘘みたいに溶けていく。


「そういえばクロス、お昼のギルド、格好良かったよ」


「え? 俺が?」


「そうそう。俺が、だよ」


「壁際で死んだ魚の目をしてただけですけど……」


「ううん。そんなことない」


 首を横に振って、ジッとこちらを見つめてくる。


「みんな私を『聖女』としてしか見てなくて……腫れ物に触るみたいに怯えてた」


「……確かに、そうですね」


「でも、クロスだけは私の目をちゃんと見て、呆れた顔してくれたでしょ? ……私、それがすっごく嬉しかったんだ」


 ラステアはコーラのグラスを見つめながら、少し照れくさそうに微笑んだ。


 ジャージの袖で口元を隠す仕草は、外で見せる完璧な作法よりも、ずっと自然で、可愛らしく見えてしまう。


「……まあ、隣の部屋でジャージ着てジャンクフード奪って食ってる奴に、今更怯えろって方が無理です」


「あはは、それもそうだね!」


 ラステアは嬉しそうに笑うと、ふと思い出したように、俺の右腕にそっと手を触れた。


「あ、そうだ。もう一つの『お礼』」


「え?」


 彼女の手のひらから、淡く温かいエメラルドグリーンの光が溢れ、俺の腕に染み込んでいく。


「……っ!?」


 その瞬間、身体が信じられないほど軽くなった。


 ここ数年、魔物退治の無理がたたって、万年重だるかった右肩の古傷。その痛みが、完全に、綺麗さっぱり消え去っている。それどころか、体内の魔力の巡りが、これまでの何倍もスムーズになっているのが分かった。


「これ、『世界樹の祝福(パーフェクトヒール)』の永続版。クロスの身体、ボロボロだったから、ちょっとお節介しちゃった」


 ラステアは悪戯っぽくウィンクする。


「な……これ、お礼のレベルを超えてますよ……!」


「いいの。私はクロスの美味しいご飯で、毎日それ以上の精神的癒やし(パワー)をもらってるんだから。……あ、でもね?」


 ラステアは焼き鳥の串を持ったまま、急に真剣な顔で俺に顔を近づけてきた。


 お互いの息がかかるほどの距離。翡翠色の瞳が、じっと俺を見つめる。


「この身体、もう魔物相手に怪我したりしないでね。……もしクロスに何かあったら、私、誰のご飯食べればいいか分かんなくなっちゃうから」


 それは、聖女としての慈悲ではなく、ただの寂しがり屋な女の子の本音のように聞こえた。


「……善処します」


「うん、約束ね!」


 ラステアは満足そうに笑うと、また「コーラおかわり!」とグラスを差し出してきた。


 身体に宿った聖女の温かい魔力と、目の前のズボラな笑顔。


 俺の平穏だったF級冒険者生活は、この日を境に、ゆっくりと、しかし確実に「規格外」な方向へと動き始めていた。


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