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第20話 生クリームは、すべてをウヤムヤにする

「……な、何よこれ。私はあなたの『裏の顔』を暴きに来たのよ? なんで私がこんな狭い部屋の床に座って、おやつの出来上がりを待たなきゃいけないわけ!?」


『ひだまり荘』の202号室。


A級冒険者のエレナは、慣れない安畳の上で膝を抱えながら、真っ赤な顔でぷんぷんと怒っていた。


そのすぐ隣では、緑色ジャージ姿のラステアが、ライバルを牽制するように長い耳を「ピクピク」と鋭く動かしている。


「静かにしてちょうだい、紅髪。今、クロスが人生で最も重要な『聖なる儀式』を行っているんだから」


「聖なる儀式って……ただ生クリームを泡立ててるだけじゃないの!?」


キッチンから響く、シャカシャカシャカ……という小気味いい音。


俺は市場で仕入れた新鮮な生クリームに少しの砂糖を加え、全力でホイップしていた。


隣では、卵と牛乳、そしてたっぷりの砂糖を染み込ませた厚切りのパンが、バターを引いたフライパンの上で、じゅわぁぁ……と黄金色に焼き上がっている。


「はい、お待たせしました。特製ハニー・フレンチトースト、山盛り生クリーム添えです」


ドン、とお皿がテーブルに置かれた瞬間、部屋の中が一気に甘く、香ばしい、暴力的とも言える幸福な香りに包まれた。


焼き立て熱々のフレンチトーストの上に、冷たくてふわっふわの生クリームが、まるで雪山のようにそびえ立っている。その頂上から、黄金色のハチミツがトローリと滴り落ちていた。


「これよ……! これが、私の求めていた『甘味の暴力』……!」


ラステアはフォークを持つと、迷わず生クリームの雪山へ突き立て、フレンチトーストごと豪快に口へ運んだ。


パクッ、ジュワァ……。


「ーーーーーーッッッ!!!(至福)」


ラステアの長い耳が、まるで喜びのダンスを踊るかのように「ぴこぴこぴこぴこ!」と超高速で揺れ動く。


「おいひいぃぃ……! 熱々のパンからお口いっぱいに広がる卵のコクと、冷たくて濃厚な生クリームが合わさって、天上の楽園が見えるよ……!」


「……ふ、ふん。大げさね。王宮の最高級パティシエが作るお菓子なら、私だって何度も――」


エレナはツンとそっぽを向こうとしたが、その鼻腔をくすぐるバターとハチミツの香りに、お腹が「きゅ〜ぅ」と可愛らしい音を立てて鳴ってしまった。


「……っ!?」


顔を真っ赤にするエレナ。


ラステアは、ニヤリと勝利の笑みを浮かべてフォークを差し出した。


「ほら、食べてみなさいよ、紅髪。飛ぶわよ?」


「だ、誰が飛ぶっていうのよ! ……い、一口だけ、毒見として食べてあげるわ!」


エレナは意を決して、生クリームがこれでもかと乗ったトーストを小さく切り分け、口へと放り込んだ。


サクッ、ふわっ、じゅわぁ……。


「う、嘘でしょ……っ!?」


エレナの琥珀色の瞳が、これ以上ないほど見開かれた。


口に入れた瞬間、バターの塩気と、パンの圧倒的な柔らかさ、そして生クリームの尋常じゃない「コク」が一気に押し寄せてくる。甘い。濃厚。なのに、冷たいクリームのおかげで、いくらでも食べられてしまいそうな錯覚に陥る。


「何これ……! 噛む必要がないくらい柔らかくて、甘みが脳の芯までとろけさせていく……! 私、今までこんな破廉恥で美味しいもの、食べたことない……っ!」


「でしょう!? さあ、もっと食べなさい!」


「んむっ! ……んんん〜〜!! 美味しい、美味しいわこれ!!」


気づけば、A級美人エリート冒険者エレナは、プライドを完全に投げ捨ててフレンチトーストにガツガツと食らいついていた。


そして、その瞬間である。


ゴオォォォォォン!!!


「きゃあぁぁっ!? な、何この光は!?」


エレナが悲鳴を上げる。


ラステアの『糖分限界突破バフ』に加えて、エレナの感動がトリガーとなったのか、二人の身体から**「純白と深紅の混ざり合った、超弩級の神聖魔力」**が爆発したのだ。


光の津波は、アパートの壁を突き抜け、王都の民間区全体へと広がっていく。


「あ、あれを見ろ! 昨日のアパートから、今度は紅白のめでたい光が溢れてるぞ!」


「うおお! 腰痛が治った! じいさんのハゲ頭から、さらにツヤが出てきたぞぉぉ!」


下町の住民たちが夜空を見上げて再びお祭り騒ぎを始める中、部屋の中では、エレナが自分の身体から溢れる圧倒的な魔力に愕然としていた。


「な、何よこれ……! 体内から、信じられないほどの魔力が湧き上がってくる……! 私のA級の限界の壁が、この甘いパン一枚で粉砕されたっていうの……!?」


「ふふん、それがクロスのご飯の力よ」


ラステアは、口の周りに白い生クリームをべったりとつけたまま、ドヤ顔で胸を張った。


エレナは息を荒くしながら、自分の手を見つめ、それからキッチンに立つ俺を、畏怖と、そして熱烈な憧れの混ざった瞳で見つめてきた。


「クロス・アークライト……。あなたはそのおぞましいまでの料理の腕で、聖女様を『飼い慣らし』、世界を裏から操る……『最強の隠密料理人ダークシェフ』なのね……!?」


(いや、だから、ただのアパートの住人だって言ってるだろ!!)


完全なる勘違いの第三者が、ここに爆誕してしまった。


「私、決めたわ! あなたのその『裏の目的』を監視するためにも、明日から私もここ(ひだまり荘)に通わせてもらうわ!」


「えっ!? ちょっと、私のクロスに何言ってるのよ!?」


「あなたのクロスじゃないわよ! 私は世界の危機を防ぐために、この男の『カロリーの暴力』を監視する義務がある!」


ギャーギャーと、生クリームを巡って喧嘩を始める、ジャージの聖女とA級の女騎士。


俺の静かなアパート暮らしは、新ヒロインの介入によって、さらに「美味しくて、勘違いだらけの修羅場」へと突入していくのだった。


「……はぁ。とりあえず、エレナさんも口の周り、クリームだらけですよ」


俺は深いため息をつきながら、二人のために冷たいお茶を淹れ直すのだった。

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― 新着の感想 ―
ついに人間のエレナまで?これはやはり、最強なのはクロスなんだろうか?
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