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第19話 突撃、隣のB級冒険者

「……おかしい。絶対に何かがおかしいわ」


王都の下町、安アパートが立ち並ぶ民間区。


紅い髪をフードで隠したA級冒険者エレナ・ヴァルハイトは、鋭い琥珀色の瞳で前方を歩くクロスの背中を尾行していた。


昨日の地下遺構の調査。クロスは「たまたまです」と終始へっぴり腰だったが、エレナの目は誤魔化せない。


彼の身のこなし、魔獣の攻撃を避ける際のミリ単位の見切り――あれは、数多の死線をくぐり抜けた本物の強者のそれだった。


(あの若さで、なぜそこまで実力を隠すの? もしかして、王宮を揺るがしている『裏の英雄』は本当に……)


クロスが古びた木造アパート『ひだまり荘』へと入っていくのを確認し、エレナは不敵に微笑んだ。


「ふん、ここがあなたの根城ね。言い逃れできないように、不意打ちで実力を暴いてあげるわ!」



「ただいま、ラステア。今日はギルドの帰りに、下町の市場で凄くいい『生クリーム』が安く手に入ったんですよ」


「な、なにそれ……! 生くりーむ!? 聞いただけでお口の中が甘くなっちゃいそうな響き!」


部屋に入るなり、緑色ジャージ姿のラステアがベッドから飛び起きて、長い耳を「ぴこぴこ」とプロペラのように回転させていた。


「フレンチトーストの上に、これをこれでもかと山盛りに乗せて、ハチミツをかけて食べましょう」


「クロス……! あなたやっぱり神様か何かなのね!? 早く、早く私の胃袋を甘やかす準備をして!」


ラステアがキッチンに向かう俺の後ろをペンギンのようについて回っていた、その時だった。

――バァン!!!


「そこまでよ、クロス・アークライト! あなたの隠された実力、私が暴かせて――」


勢いよくドアを蹴破って(鍵はかかっていたがA級の力で解錠して)エントリーしてきたのは、息を荒くしたエレナだった。


しかし、彼女の啖呵は、部屋の中の凄まじい光景を目にした瞬間にピタリと止まった。


「……は?」


「……え?」


静まり返る室内。


そこには、エプロン姿の俺と。


そして、王都の誰もが拝むことすら許されない、国家の最高至宝であるはずの『氷の聖女』ラステアが、よれよれの緑色ジャージ姿で、口元にポテチの粉をつけたまま、ぽかんと固まっている姿があった。


「な……ななな、なんで、聖女様が、こんなカビ臭いボロアパートに!? しかも、その……何、その破廉恥で締まりのない緑色の服は……っ!?」


エレナの脳処理が完全に限界を迎える。


それもそのはず、目の前にいるのは「世界の希望」と謳われる聖なる乙女だ。それが男の部屋で、実家のような安心感を醸し出してくつろいでいるのだから。


「ゲッ、エレナ!? なんでここが……!」


俺が冷や汗を流した瞬間、ラステアが素早く俺の前に立ちはだかった。長い耳を威嚇するようにピンと逆立てている。


「ちょっと! あなた誰よ! クロスの部屋に勝手に入ってきて、私のクロス(のフレンチトースト)に何する気!?」


「私のクロス!?」


エレナの顔が真っ赤に染まる。


「そ、聖女様……! 騙されてはなりません! このクロスという男は、己の実力を隠し、裏で何か良からぬ企みをしている危険人物です! 昨夜のあの凄まじいオーロラも、こいつが放った邪悪な魔力に違いありません!」


エレナの必死の訴えに、ラステアはフンと鼻を鳴らした。


「バカね。昨夜のオーロラは、私が『いえけーらーめん』を食べて放った、ただのハッピー魔力よ。クロスのご飯は世界一安全なんだから!」


「いけにえラーメン……!? いけにえではっぴー魔力……っ!?」


エレナの頭の上が完全に疑問符でいっぱいになる。


聖女がラーメン。それもいけにえの。


言っている意味が1ミリも分からないのだろう。


しかし、ラステアから放たれる圧倒的な神聖魔力のプレッシャー(生クリームへの期待値で上昇中)は本物だ。


「エレナさん、落ち着いてください。とにかく、ドアを直すので中に入ってください……」


俺が頭を抱えながら言うと、エレナは混乱した頭のまま、ふらふらと室内に足を踏み入れた。

クロスの実力を暴きにきたはずのA級エリート冒険者エレナ。


だが彼女はまだ知らなかった。この後、クロスが作る「山盛り生クリームのフレンチトースト」という人間界のカロリーの悪魔によって、自分自身もまた、このボロアパートの深い沼に引きずり込まれることになるということを──。

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― 新着の感想 ―
すごいフレンチトースト。聖女さまに付き合っていたら、いくら肉体労働者とはいえエレナさんには脂がついてしまいそうですねえ。 家系ラーメンでなければならなかった理由w
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