第18話 留守番の聖女と、哀れな訪問者たち
「ふん、やるじゃない。でも、これくらいはやってもらわないとね」
王都の地下に広がる薄暗い古代遺構。
紅い髪を揺らしながら、エレナの放つ凄まじい雷撃の魔法が、襲いかかる骸骨の魔獣たちを粉砕していく。
「はは、さすがA級ですね」
錆びかけた鉄剣で残党をチクチクと突いていた。
「何を余裕ぶっているのよ。あなたの真の実力はそんなものじゃないでしょう? ほら、フォレストウルフを瞬殺した時のあの神速の踏み込みを見せなさいよ!」
「いや、あれは本当に偶然でして……」
エレナは戦いながらも、じっと俺の動きを観察してくる。このツンデレA級お嬢様、思っていた以上に俺への執着心が強くてやりづらい。
(あー、早く依頼を終わらせてアパートに帰りたいな。ラステアの奴、大人しく留守番してりゃいいけど……)
♢
その頃、クロスが心配していた『ひだまり荘』の202号室。
夜の帳が下りたボロアパートの前に、フードを深く被った不気味な男たち――魔王軍の残党である魔族の暗殺部隊が、音もなく集結していた。
「……ここだな。昨夜、国家転覆レベルの神聖魔力を放った、聖女の潜伏先は」
「フッ、王宮の護衛もいないボロアパートなど、ただの獲物だ。音もなく侵入し、聖女の首を狩るぞ」
魔族たちは邪悪な笑みを浮かべ、ベランダの鍵を魔法で解錠すると、静かに部屋へと侵入した。
部屋の中は真っ暗だった。
しかし、部屋の奥のベッドの上で、何かがモゾモゾと動いている。
「見つけたぞ、聖女ラステア……! 死ねい!」
魔族の隊長が、闇に妖しく光る短剣を突き出し、ベッドへ向かって跳躍した。
その時。
カチッ。
部屋の安っぽい蛍光灯が点灯し、眩い光が室内を照らした。
魔族たちが思わず目を細める。そこにいたのは、神聖なドレス姿の聖女ではなかった。
頭にヒヨコのヘアピンを刺し、よれよれの緑色ジャージを着て、右手にポテトチップスの袋を持った、完全なるニートスタイルのラステアだった。
「……誰? クロスの部屋に泥足で入ってくる不届き者は」
ラステアの翡翠色の瞳は、冷徹……というよりは、「楽しみにしていたテレビ番組を邪魔された」かのような、深い不機嫌さに満ちていた。
さらに、昨夜の家系ラーメンのせいで、彼女の身体からは今も、触れただけで消滅しそうなほど濃密な黄金の魔力が湯気のように立ち上っている。
「な、なんだこの禍々しいまでのプレッシャーは……!? 貴様、本当にあの『氷の聖女』なのか!?」
魔族たちが恐怖でガタガタと震え出す。ジャージ姿の彼女から放たれるオーラは、彼らが崇める魔王すら凌駕していた。
「昨夜のニンニクがまだ身体に残ってて、ちょっと寝苦しかったんだよね。……ねえ、あなたたち、クロスの留守中に何しに来たの?」
ラステアがポテチをサクッと一口齧り、ベッドからゆっくりと立ち上がる。
一歩、彼女が床に足をつけた瞬間、アパートの床から、ドォン!! と地響きのような魔力の衝撃波が走り、魔族たちの防具が一瞬で木っ端微塵に弾け飛んだ。
「ひ、ひぃぃぃっ! 化け物だ! 聖女なんかじゃない、こいつは白い魔王だ!!」
「退却! 退却だぁぁぁ!」
魔族たちは暗殺どころの騒ぎではなくなり、泣き叫びながら入ってきたベランダの窓へと殺到した。
だが、ラステアは冷たい笑みを浮かべ、ポテチの粉がついた手をパンパンとはたいた。
「逃がさないよ。クロスの部屋の窓ガラスを勝手に開けた罪は重いんだから。……これでも喰らえ、『からあげニンニクマシマシ聖拳』!!」
ドガァァァァァン!!!
ラステアが放ったのはただの不機嫌な殴打(ただし中身は世界樹の究極一撃)。
アパートのベランダから放たれた純白の光線が、哀れな魔族たちをごっそりと巻き込み、王都の夜空の彼方へと星のように吹き飛ばしていった。
♢
数時間後。
地下遺構の調査を終え、エレナの「次こそは本気を出させたるわ!」という捨て台詞から解放された俺は、ヘトヘトになって『ひだまり荘』へと帰ってきた。
「ただいま、ラステア。留守中、何もありませんでしたか?」
ドアを開けると、そこにはいつも通り、ジャージ姿でコーラを飲むラステアの姿があった。
ただ、なぜかベランダの窓が全開になっており、外からは「泥棒だー!」「空から人が降ってきたぞー!」と、下町が大騒ぎになっている声が聞こえてくる。
「おかえりクロス! うん、何にもなかったよ! ちょっと変な虫が飛んできたから、パパッと追い払っておいた!」
ラステアは長い耳をぴこぴこと揺らし、満面の笑みで俺を迎えてくれた。
「虫、ですか? ……まぁ、あなたが無事ならいいですけど」
俺はため息をつきながら、ギルドの報酬で買ってきた上等なひき肉を冷蔵庫に仕舞った。
裏で魔族の精鋭部隊が、ジャージ姿の聖女の「ラーメンパワー」によって一瞬で壊滅させられたとは、俺は夢にも思っていないのだった。




