第17話 B級の初仕事と、ライバルの(?)足音
「うぅ……クロス、胃が重いよぉ……」
家系ラーメンテロから明けた、翌朝。
『ひだまり荘』の俺の部屋のベッドで、緑色ジャージ姿のラステアが毛布にくるまって芋虫のようになっていた。
「だから言ったでしょうに。深夜2時の、『いえけーらーめん』はエルフの身体にはカロリー過多です。ほら、薬を飲んでください」
まだ部屋がほんのりラーメン屋の匂いがする中、ラステアに薬をやる。
「ん、ありがと……ずずっ。ぷは……」
エルフの吐く息がニンニクの香りがするとはな……。
「でも、いえけーらーめんの力は凄いね。今日も世界を3回くらい救えそうだよ」
胃が弱ってるのに3回も救えるとか、神かよ。
「1回も救わなくていいので、大人しく王宮の礼拝堂に行ってください」
「絶対やだ」
「はぁ……俺は今日からB級クラスの初仕事で家を空けますよ」
「えー、クロスの初仕事なのに、私はお留守番なの? 私もついていって、また唐揚げとかハンバーグ食べたぁい」
弱々しくジタバタしている様は、虫だな、これ。
「今回は公式のギルド依頼、しかも他の高ランク冒険者との『合同前線調査』です。国賓の聖女様を連れて行けるわけがないでしょう。大人しくしててくださいね」
そう釘を刺し、愛用の鉄剣を背負ってアパートを後にした。
後ろでラステアの耳が「きゅん」と寂しそうに伏せられたのが気になったが、仕事に行かなくては彼女にジャンクフードを与えてあげられない。
心を鬼にして、俺はアパートを出た。
♢
王都の冒険者ギルド。
F級なのにB級以上の専用カウンターへ向かうと、そこにはすでに、本日の依頼の同行者が待っていた。
眩い白銀の軽鎧を身にまとい、腰には細身のレイピア。
燃えるような紅い髪をハーフアップにまとめた、凛とした佇まいの美女だ。
彼女の胸元には、『黄金のA級プレート』が輝いている。
「あなたが、フォレストウルフを瞬殺し、黒妖精の森のスタンピードを一人で鎮圧したという『クロス・アークライト』ね?」
彼女は琥珀色の瞳で、俺を頭の先から足の爪先まで品定めするように鋭く睨みつけてきた。
「あ、はい。一応、クロスです」
「私はエレナ・ヴァルハイト。A級冒険者よ。ギルドマスターから話は聞いているわ。特例でこの依頼に参加した、と……」
うっ。そりゃF級如きがノコノコやって来てんじゃねぇって感じだよな。
「私は自分の目で見た実力しか信じないわ。だからF級とかA級とか関係ない」
あれ、案外良い人?
「昨夜、王都の夜空に現れた不気味な『黄金のオーロラ』……あれ、あなたの仕業じゃないかしらって睨んでいるのよ」
(ゲッ、鋭い! 流石はA級! 実際は隣の聖女がラーメン啜っただけだけど!)
「いや、俺はただのアパート暮らしですから、そんな大魔術は使えませんよ」
「そ。まぁいいわ。今日の依頼は、王都地下の古代遺構の調査。危険度はBプラスよ。足だけは引っ張らないで頂戴」
ツンとすました顔で歩き出すA級様。
絵に描いたようなエリート美人冒険者だな。だけど、俺に向ける視線には、侮蔑ではなく『隠された実力への強い好奇心』って感じだ。
♢
一方その頃。
クロスとエレナが合流した時の王都の下町。
フードを深く被った不審な男たちが、路地裏で密談を交わしていた。
男たちの手の甲には、不気味な魔族の紋章が刻まれている。
「間違いない。昨夜、王都の北側から放たれたあの凄まじい神聖魔力のオーロラ。あれは『氷の聖女』が力を解放した合図だ。だが、王宮の結界を抜けて、なぜあんな安アパートだらけの民間区から魔力が溢れたのだ?」
「フッ、理由などどうでもいい。あの聖女、どうやら夜間に王宮を抜け出し、下町に潜伏しているようだな。好機だ。我ら魔王軍残党の力を見せつけ、聖女を暗殺、あるいは拉致する!」
「場所は特定できているのか?」
「ああ、あのオーロラが立ち上った中心地……『ひだまり荘』というボロアパートだ。今夜、聖女の首を貰い受ける……!」
魔族たちは、邪悪な笑みを浮かべて闇へと消えていった。
彼らはまだ知らなかった。
自分たちが襲おうとしているアパートには、昨夜のニンニクラーメンパワーによって「今なら魔王を素手で引き裂ける」と豪語する、完全無敵・限界突破状態の腹ペコ聖女が、ジャージ姿でポテトチップスを食べながらクロスの帰りを待っているという恐怖の事実を――




