第15話 禁断のチーズインハンバーグ
「クロス……! 早く、早く例の『チーズインハンバーグ』を見せておくれ……!」
翌夜。
俺の部屋にやって来たラステアは至っていつも通りであった。
緑色ジャージ姿。キッチンに立つ俺の背中に張り付く勢いで、長い耳を「ぴこぴこ」と激しく揺らしていた。
昨日の発言で意識していたのは、どうやら俺だけらしい。
よって、俺もいつも通りを演じさせてもらう。
「危ないですから一歩下がってください、ラステア。今ちょうど焼き上がるところです」
俺はフライパンの蓋を開けた。
蒸気と共に広がったのは、肉汁の香ばしい匂いと、ケチャップとウスターソースをベースに作った特製デミグラスソースの濃厚な香りだ。
ふっくらと膨らんだ特大のハンバーグ。その内部には、人間界の乳製品の叡智を集めた『とろけるチーズ』が、大量に閉じ込められている。
「はい、お待たせしました。特製チーズインハンバーグです」
「わあぁぁぁ……!」
皿がテーブルに置かれた瞬間、ラステアの翡翠色の瞳が、夜空の星のように輝いた。
彼女は待ちきれないとばかりに箸を持つと、ハンバーグの真ん中に、おそるおそる箸を突き立て、真ん中から真っ二つに割った。
じゅわぁぁぁ……!
「――っ!?」
肉汁の洪水と共に、中から白黄金色のマグマのようなチーズが、文字通り「トロ〜リ」と溢れ出し、デミグラスソースと混ざり合っていく。
「く、クロス……! お肉の中から、別の食べ物が出てきたよ……!? なにこれ、生きてるの!? 意志を持ってお皿に広がっていくよ!?」
「生きてません。温められて溶けたチーズです。冷めないうちにどうぞ」
ラステアは、チーズがたっぷりと絡んだ肉塊を大きく一口でパクリと口に放り込んだ。
サクッジュワァ──
「ーーーーーーッッッ!!!」
あまりの衝撃に、ラステアの箸がパタリと床に落ちた。
彼女は両手で自分の頬を押さえ、ベッドの上へとなだれ込むように転がった。ジャージ姿で足をバタバタと悶えさせている。
「な、何これぇぇ! お肉だけでも信じられないくらいジューシーなのに、この白いチーズが、お口の中全体を濃厚なコクで支配してくる……! それにこの茶色いソースの酸味が合わさって、脳が、私の脳が完全にチーズに溶かされちゃうぅぅ……!」
「白米と一緒に食べると、さらに悪魔的ですよ」
「んむっ! ……んんん〜〜!! 美味しい、もう一生物の奴隷になる! 私、クロスの作ったハンバーグの奴隷として余生を過ごす!」
ハフハフと、口いっぱいに『カロリーと脂質の塊』を詰め込む世界一の聖女様。
その瞬間、彼女の身体から、王宮の晩餐会すら凌駕するほどの、圧倒的な黄金色の神聖魔力が噴き出した。
ゴオォォォォォン!!!
「うおっ、またか……!」
光の波が、アパートの薄い壁を透過して外へと広がっていく。
窓の外を見ると、彼女のチーズパワーを浴びたアパートの前の大木から、なぜか瑞々しい新芽がニョキニョキと生え始め、庭の池の水が完全な「治癒の聖水」へと変貌を遂げていた。
「ぷはぁー! 生き返ったぁ……!」
ハンバーグを完食し、コーラを飲み干したラステアは、幸せそうにベッドの上で大の字になった。
「ねえクロス。なんか私、今なら魔王を素手で引き裂ける気がする」
「物騒な聖女だな……。まぁ、それだけ元気なら良かったです」
俺が苦笑しながら皿を片付け始めると、ラステアはベッドの上で寝返りを打ち、じっと俺の背中を見つめてきた。長い耳が、心なしか照れくさそうに、少しだけきゅっと伏せられている。
「ねえ、クロス」
「なんですか?」
「王宮の晩餐会も凄かったけど、やっぱり、ここでジャージを着て、クロスの作ってくれるご飯を食べるのが、私、世界で一番幸せ」
それは、聖女としての義務から解放された、彼女の心からの本音だった。
「だから、ね……その……昨日が言ったこと……」
どうやら意識していたのは俺だけじゃないらしい。
ラステアは、もにょもにょとなにか言いたそうにしていた。
「私だって、隣にいたいって……思う……よ?」
ドキンと心臓が跳ねた。
あの聖女が。氷の聖女様が、俺にデレてくれた。
「ジャンクフードを作ってくれるからですか?」
しかし、恋愛経験の乏しい俺は、ついついそんなことを口走ってしまう。内心では小躍りするほどに嬉しいのに。
「むぅ。それはそうだけど」
「それはそうなんだ」
「それだけじゃなくて……」
「あはは。じゃあ、来週も、来月も、来年も、ラステアがこのアパートに来られるよう、アパートの更新料を払うために必死に稼いでこなきゃですね」
遠回しに言い回しをすると、ラステアがイタズラっぽく笑う。
「もしヤバい魔獣が出たら、私がまたクロスを最強にしてあげるからね!」
「ちょっと。だからそれは──」
「意地悪言って来たおかしだよー」
べーっと幼子みたく、舌を出してくる俺の愛おしいズボラな隣人。
この小さな部屋で繰り広げられる、聖女の胃袋を巡る美味しくてヤバい日常は、これからもずっと、このボロアパートで続いたら、いいな。




