第13話 聖女の正装と、お忍びの密輸品
王宮の晩餐会、当日。
「……あーあ、本当に来ちまったよ」
王宮の巨大な謁見の間。
きらびやかなシャンデリアが輝き、周囲は着飾った貴族や高位の騎士、高ランクの冒険者ばかりだ。
俺はギルドマスターから借りた黒い礼服に身を包み、会場の隅で完全に浮いていた。
「おい、あれが聖女様を護ったっていう、噂の冒険者か?」
「F級とかいうゴミの分際で、ラステア聖女殿の直々の推薦だと? 生意気が過ぎるぞ」
貴族たちの値踏みするような視線が刺さるが、今の俺の頭の中は、別の緊張感でいっぱいだった。
俺の礼服の内ポケットには、ラステアのために仕込んできた『本日の密輸品』が、匂いも熱も完全に遮断された状態で格納されている。魔法の遮断布なんてレアアイテムの使い方がこれで良いのか疑問だが……(二回目)
こちらのが不安でいっぱいの時、会場のファンファーレが鳴り響く。
『ラステア聖女殿、ご入場です!』
大扉が開き、彼女が姿を現した瞬間、会場中の息が止まった。
ドレスを飾る純白のシルク、頭上には世界樹の枝を模した金色のティアラ。
翡翠色の瞳は冷徹なまでに澄み渡り、一歩歩くごとに神聖な魔力の粒子がキラキラと舞う。
これぞ人間界の全人類が平伏する、本物の『氷の聖女』の姿。
ジャージ姿でベッドをごろんごろん転がっていた奴と同一人物だとは、誰も信じないだろう。まだ、鼻でスパゲッティを食べたと言った方が信じられそうな気がする。
ラステアは貴族たちの賞賛を優雅に受け流しながら、壇上へと進む。
――その途中。
彼女の視線が、一瞬だけ会場の最果てにいる俺を捉えた。
完璧なポーカーフェイス。しかし、その長い耳が髪の隙間で、「ぴこぴこっと激しく動いた。
(『クロス! 約束のもの、持ってきてくれたよね!?』って耳が言ってやがる)
相変わらずのブレなさに、俺は口元を震わせながら、そっと頷いてみせた。
その後、俺の勲章授与式(俺はメダルかなんかをもらったが緊張で覚えていない)が終わり、いよいよ晩餐会が始まった。
だが、ラステアの予想通り、彼女の前に並べられたのは、聖女の身体を清めるための特別食――まぁつまり、味のしないハーブのスープと、生の温野菜サラダだけだった。
周りの貴族たちが「おお、なんと清らかな食事を……」と感嘆する中、ラステアの表情が、目に見えてミリ単位でピキピキと凍りついていくのが分かった。限界が近い。
「――聖女殿。先日の不手際、我が警護隊を代表してお詫び申し上げます」
頃合いを見計らい、俺はグラスを片手に、ラステアの座る上級席へと近づいた。
護衛のエルフたちが「下がれ、無礼者」と手をかけようとしたが、ラステアが片手を上げてそれを制する。
「良いのです。彼は私の恩人。少し、二人で話をさせてください」
ラステアは凛とした声で護衛たちを遠ざけると、テラスへと俺を促した。
周囲からは「聖女様と二人きりで話すなど、大金星だな」と羨望の目を向けられている。しかし、2人きりになった瞬間、氷の聖女は一瞬で崩壊した。
「クロスぅぅぅ! 限界! もう限界だよ! あんな草の群れ、これ以上食べたら私の心が死んじゃう! 早く、早く例のやつを……!」
ラステアはドレス姿のまま、俺の礼服の袖を掴んで涙目で訴えてくる。
「分かってます。周りにバレないように、一口サイズで仕込んできましたよ」
俺は内ポケットから、魔法の遮断布に包まれた『それ』を取り出した。
今回、俺が王宮に密輸した、究極のジャンクフード。
――それは、特製のタレをたっぷり絡め、マヨネーズをこれでもかと線状にかけた『照り焼きチキン・ミニバーガー』だ。
「さあ、どうぞ」
「……っ!!」
ラステアは、油紙に包まれたミニバーガーをドレスの袖で隠しながら、上品に、しかし目にも留まらぬ速さで口へと放り込んだ。
サクッ、ジュワァ……。
「ーーーーーーッッッ!!!」
甘辛い照り焼きのタレと、濃厚なマヨネーズのコク、そしてジューシーな鶏肉の旨味が、王宮の退屈なスープに絶望していたラステアの脳を直撃したこったろう。
あまりの美味さに、ラステアはドレス姿のまま、テラスの壁に背中を預けてズルズルとへたり込みそうになっている。
「な、何これ……! 甘くて、しょっぱくて、この白いドロッとしたソース、悪魔の食べ物だよ……! 美味しい、美味しすぎて頭が弾けそう……!」
「声が高いです、ラステア」
「こ、こんなの、声出すなってのが無理だょぉ」
「ほら、まだありますから」
「んむっ! んんん〜〜!!」
ドレスを着た世界一の美少女が必死にハンバーガーを口に詰め込む。
その瞬間。
彼女の体内から、これまでのどんなジャンクフードの時よりも、圧倒的で、禍々しいほどの「純白の神聖魔力」が放射された。
ゴガァァァァァン!!!
「な、なんだこの光は!?」
「王宮の、大結界が……聖女様の御力で書き換えられていくぞ!?」
晩餐会の会場が、まばゆい光の津波に飲み込まれる。
てりマヨバーガーのカロリーの暴力によって、ラステアの魔力は王宮の歴史上、誰も到達したことのない神話の領域へと達してしまった。
光を浴びた王宮の庭園には、季節外れの、世界樹の分家のような巨大な聖なる大樹が一瞬で急成長し、会場にいた高齢の公爵たちのハゲ頭からは、奇跡のようにフサフサと髪の毛が生え変わり始めていた。
「おおお……! 奇跡だ! 聖女様が、王宮そのものを祝福されたぞぉぉ!!」
会場中が狂喜乱舞し、神への感謝を捧げる大合唱が始まる。
口の周りにマヨネーズをつけたラステアは、ふはぁ、と満足気なため息をついた。
「ふぅ……生き返った。やっぱりクロスのご飯が世界で一番だね。……ねえクロス、王宮の人たち、なんであんなに騒いでるの?」
「……あなたのハンバーガーパワーのせいです。ほら、早く口元を拭いてください」
俺は呆れ果てながら、彼女の口元をハンカチで拭ってやった。
無自覚に王宮の歴史を塗り替え、奇跡を連発してしまう隣の聖女様。
王宮は大騒ぎだが、俺たちのやるべきことは変わらない。
この退屈なパーティーが終わったら、早くあのボロアパートに帰って、いつものジャージ姿の彼女に、冷えたコーラでも注いでやろう。
俺は、ハゲが治って泣いて喜んでいる公爵たちを遠目に、早く『ひだまり荘』に帰りたいな、と心から思うのだった。




