第12話 エビフライの波紋、王宮へ
サクッ、サクサクッ……。
「……んんんんん! 衣のサクサクの中から、お口の中でエビがプリップリに弾けたよ……! それにこの、白いソース、なにこれ、なにこれえええ‼︎」
『ひだまり荘』の俺の部屋。
緑色ジャージ姿のラステアは、お皿の上で黄金色に輝くエビフライを箸で掲げ、翡翠色の瞳をこれでもかと見開いていた。
口の周りには、俺が卵とマヨネーズとピクルスを刻んで作った特製タルタルソースがたっぷりついている。
「これはタルタルソースです。エビフライの相棒ですね」
「たるたる……だと⁉︎ 酸味があって、クリーミーで、揚げ物の油っぽさを全部包み込んで白米が進んじゃう魔法のソース‼︎ クロス、あなたやっぱり人間界の魔王か何かなの!?」
「ただのF級冒険者ですよ……」
言わせんな。悲しくなる。
「ほら、ラステア。口の周り、タルタルまみれになってますよ」
俺が苦笑しながら布巾を差し出すと、ラステアは「むむぅ」と小さく唇を尖らせながら、自分で顔を拭いた。
長い耳が、嬉しさのあまり「ぴこぴこ、ぴこぴこ」とマッハの速度で揺れている。
昨日の黒妖精の森での大無双が嘘のように、ここにはいつも通りの、ただの食いしん坊な隣人がいた。
ドンドンドン。
そんな俺たちのそんな平穏を破るように、玄関の激しく叩かれた。
「誰だ?」
ラステアの耳がピタッと止まり、警戒するようにピンと跳ね上がる。
「ラステア、一応隠れててください」
俺は鉄剣に手をかけつつ、慎重にドアを開けた。
するとそこに立っていたのは、大家さんでも、ギルドの連中の奴等でもなかった。
眩いばかりの金装飾が施された、王宮の制服をまとう高級伝令官だ。
「F級冒険者、クロス・アークライト殿とお見受けする!」
「え、あ、はい。そうですけど……あんまりF級って声を大にして言わないでください。恥ずかしい」
「しかし、それは事実‼︎」
んだよ、この高級伝令官。
こちらの睨みに怯むなんてことはなく、伝令官は、仰々しく刺繍が施された一枚の書状を俺に差し出してきた。
「黒妖精の森における高位魔獣の討伐、実に見事であった! ラステア聖女殿を護り抜き、王都の危機を救った汝の功績を称え、王宮にて『凱旋勲章授与式』を執り行う! 聖女殿の強いご推薦もあり、汝を王宮の晩餐会へと招待する!」
「……は?」
俺の脳裏が真っ白になる。
王宮の晩餐会? 勲章授与?
そっと後ろを振り返ると、キッチンの陰からジャージ姿のラステアが、バチッとウインクをして親指を突き立てた。
(お前が推薦したんかい!!)
声に出せないツッコミを心の中で絶叫する。
「いやいやいや。伝令官殿。冷静に考えてくださいよ。俺、F級。ほら、ね?」
「私は言伝を頼まれた身‼︎ それ以上でもそれ以下でもない‼︎」
伝書鳩宣言をして伝令官は去ってしまった。
あれで飯が食えてるんだから良い仕事だな、おい。
俺は勢いよくドアを閉め、ラステアに向き直った。
「ラステア! ちょ、何やってるんですか! なんで俺を王宮の晩餐会なんかに呼ぶんですか‼︎ 目立ちたくないって言ったでしょう‼︎」
「だって!」
ラステアはタルタルソースのついた箸を持ったまま、ベッドの上でぷんぷんと怒り出した。
「昨日の遠征の後ね、王宮の偉い人たちが『聖女様を護った無名の冒険者など、金貨数枚握らせて追い返せ』って言ってたんだよ!? ひどくない!? クロスが一番頑張ったのに! だから私、怒って『彼を呼ばないなら、私はもう一切の公式行事に出ません!』って脅したの!」
「脅迫じゃないですか……!」
「それにね……」
ラステアは急に声をトーンダウンさせると、ジャージの裾をいじりながら、恥ずかしそうに長い耳をきゅっと伏せた。
「王宮の晩餐会、また味のないスープとサラダだけだったら、私、今度こそ干からびちゃうでしょ? クロスが一緒に来てくれたら……その、こっそり美味しいもの、持ち込めるかなって……」
「それが本音か」
「てへ☆」
要するに、王宮での買い食い(持ち込み)の共犯者として、俺を公式に招待枠にねじ込んだわけだ。
「……はぁ。王宮の結界をすり抜けて、晩餐会にジャンクフードを持ち込めと?」
「うん! クロスならできるって信じてる!」
満面の笑みを浮かべるラステア。
自分がジャンクフードで世界を動かしているという自覚が、この聖女には、本当に、これっぽっちも無いらしい。
しかし、断る選択肢はもう無かった。王宮からの招待を無視すれば、それこそお尋ね者だ。
「分かりましたよ、行けばいいんでしょう。……その代わり、晩餐会に持ち込むメニューは、俺の特製にさせてもらいますからね」
「本当!? やったぁぁ! 何持ってきてくれるの!?」
「それは当日までのお楽しみです」
俺は不敵に微笑んだ。
王族や貴族たちが集う、格式高き王宮の晩餐会。
そこで、世界一格式高い『氷の聖女』の胃袋に、人間界のどんなジャンクの爆弾を叩き込んでやろうか。
俺とラステアの、今度は王宮を舞台にした、前代未聞の隠密作戦が始まろうとしていた。




