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【秋の温泉旅SW8話完結短期連載】冷え切った古代テルマエの謎を解け! 追放された湯守ともふもふ神獣の秘湯再生記  作者: eccen.


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第7話 紅葉舞う混浴と、湯気の向こうの視線

 モミジのあとを追い、二人は源泉のさらに奥へ進んだ。


 岩肌を伝う温かな湯が、小さなせせらぎとなって流れている。


 その流れをたどるように歩くこと数分。


 目の前の景色が、一気に開けた。


「……!」


 リアは思わず息をのんだ。


 地下にいるとは思えないほど広い空間。


 天井は大きく口を開け、そこから夕暮れの光が差し込んでいる。


 紅葉した木々が崖の上を彩り、風が吹くたび、赤や金色の葉がひらひらと舞い落ちる。


 その中央には、天然の岩をそのまま生かした巨大な露天風呂があった。


 白い湯気がゆらめき、水面には夕焼け空が映っている。


「ここが……祝福の湯。」


 エリスが静かに呟く。


 岩壁には、初代領主の紋章と、狐の姿が美しく刻まれていた。


 その下には古代文字。


 リアはゆっくりと読み上げる。


「――『この湯は、人と人との絆を祝福する湯。心を偽る者には温もりを与えず、心を通わせた者には永遠の恵みを授ける』……。」


「絆を祝福する湯、か。」


 エリスは少し照れたように視線を逸らす。


 リアも頬を赤らめた。


 なんとなく、二人だけで入る意味が分かった気がした。


 露天風呂の脇には、小さな脱衣所のような石室があった。


 中には、新しい湯あみ着が二着。


 昨日見つけたものより上質で、刺繍まで施されている。


「これも昔の湯守さんが?」


 リアがそっと布を広げる。


 淡い紅葉色の女性用。


 紺に銀糸で狐が刺繍された男性用。


 まるで今日使われることを待っていたかのように、傷一つない。


「試し湯と違って、これは祝福の儀式なのかもしれない。」


 エリスが静かに言う。


「儀式?」


「昔、祖父から聞いたことがある。」


 少し懐かしそうに目を細めた。


「テルマエを復活させた湯守と領主は、最後に祝福の湯へ入る。」


「それで初めて、霊泉は完全に街へ流れ始めると。」


「そんな伝承が……。」


 リアは驚いた。


「だったら。」


 エリスは真っ直ぐリアを見る。


「最後まで付き合ってくれるか。」


 一瞬だけ、時が止まる。


 夕日に照らされた銀色の髪。


 穏やかになった青い瞳。


 初めて会った日の冷たさは、もうほとんど残っていなかった。


 リアは優しく笑う。


「もちろんです。」


 しばらくして。


 二人は湯あみ着に着替え、それぞれ別の入口から露天風呂へ入った。


「……。」


「……。」


 妙に静かだった。


 広い湯船なのに、どこか落ち着かない。


 湯気が二人の間をゆらゆらと漂っている。


「いい、お湯ですね。」


 沈黙に耐えきれず、リアが口を開いた。


「ああ。」


 エリスも短く答える。


「柔らかい。」


「はい。」


「身体が軽くなる感じがします。」


「……そうだな。」


 また沈黙。


 モミジだけが湯船の端で気持ちよさそうにぷかぷか浮かんでいる。


「コン~♪」


 そののんびりした姿に、リアは思わず笑った。


「ふふっ。」


「モミジ、気持ちよさそう。」


「私たちより落ち着いているな。」


「ですね。」


 二人の緊張も、少しずつほぐれていく。


 湯船の中を歩き、リアが少し深い場所へ足を踏み入れた、その時だった。


「あっ。」


 つるり、と足が滑る。


「きゃっ!」


 身体がぐらりと傾く。


「リア!」


 エリスがすぐに手を伸ばした。


 ぱしゃん、と湯が跳ねる。


 リアの手は、エリスの手をしっかりと掴んだ。


「大丈夫か?」


「はい……。」


 握られた手は温かい。


 湯の温もりだけではない。


 指先から伝わるぬくもりに、リアの鼓動はまた速くなる。


 エリスも同じだった。


 細い指。


 柔らかな手。


 ――どこか懐かしい。


 昔も、こうして手を繋いだことがあるような。


 そんな感覚が胸を締めつける。


 リアは思わず、小さく笑った。


「私、昔からよく転ぶんです。」


 その言葉を聞いた瞬間。


 エリスの脳裏に、ひとつの光景がよみがえった。


 夕焼けの坂道。


 制服姿の少女。


 転びそうになった彼女の手を、とっさに掴んだ自分。


 そして笑いながら言われた一言。


「ありがとう。私、昔からドジなんだよね」


「……っ!」


 エリスの瞳が大きく見開かれる。


 胸の奥で、忘れていた記憶が激しく脈打ち始めた。


 しかし、まだ決定的には思い出せない。


「エリス様?」


 リアが不思議そうに見上げる。


「どうかしましたか?」


「……いや。」


 エリスは小さく首を振る。


 だが、握った手は自然には離せなかった。


 祝福の湯は静かに湯気を立て、二人を優しく包み込んでいた。


 リアとエリスの手は、まだ湯の中で重なったままだった。


 熱い。


 湯のせいなのか。


 それとも胸の鼓動のせいなのか。


 二人とも分からない。


「……すみません。」


 先に口を開いたのはリアだった。


 少し照れながら、そっと手を離そうとする。


 しかし。


 エリスの指先が、無意識にその手を包み込んでいた。


「……エリス様?」


「あ……。」


 ようやく我に返り、エリスは慌てて手を離す。


「すまない。」


「いや……その。」


 普段冷静な彼らしくない姿に、リアは思わずくすりと笑った。


「今日は、謝ってばかりですね。」


「そうだな。」


 エリスも少しだけ笑う。


 その笑顔を見た瞬間、リアの胸がきゅっと締めつけられた。


(やっぱり……。)


(この笑顔、どこかで……。)


 思い出せそうで、思い出せない。


 もどかしい感覚だけが残る。


 そのとき、モミジが湯船の中央へ泳いでいった。


「コン!」


 尻尾で水面を軽く叩く。


 すると、祝福の湯が淡く金色に輝き始めた。


「えっ?」


 リアが目を丸くする。


 湯気がゆっくりと渦を巻き、二人の周りを包み込む。


 やがて水面へ、一枚の映像が映し出された。


 まるで鏡のように。


 そこには――。


 制服姿の少年と少女。


 秋の夕暮れ。


 学校帰りの坂道。


 笑いながら並んで歩いている。


「これ……。」


 リアの瞳が揺れる。


 少年が言う。


『今度の休みにさ。』


『温泉、行ってみたいな。』


 少女が笑う。


『いいね!』


『絶対一緒に行こう!』


 その笑顔。


 その声。


 リアの目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。


「……思い出した。」


 エリスも映像を見つめたまま動けなかった。


 そうだ。


 あの日。


 伝えられなかった。


 本当は。


 温泉へ行きたかったんじゃない。


 一緒にいたかっただけなんだ。


 翌月。


 事故で離ればなれになり、そのまま二度と会えなかった。


 だから。


 約束だけが心に残り続けた。


「リア……。」


 その名前が自然と口からこぼれる。


 リアも涙をぬぐいながら頷いた。


「うん。」


「私も思い出した。」


「エリくん。」


 その呼び方。


 前世で、彼女だけが呼んでいた愛称。


 その瞬間。


 エリスの記憶が一気によみがえった。


「……リア!」


 胸の奥で止まっていた時間が、ようやく動き出す。


 祝福の湯がさらに強く輝く。


 岩壁に刻まれた古代文字が、最後の言葉を浮かび上がらせた。


『約束は時を越え、想いは世界を越える。』


 その文字が光となり、二人を優しく包む。


 同時に、地下全体へ温かな振動が広がった。


 ゴォォォォ……。


 源泉から流れ出た霊泉は、街中の湯船へ行き渡る。


 冷えていた浴場。


 宿の露天風呂。


 足湯。


 すべてへ温かな湯が流れ始めた。


 街の人々は突然立ち上る湯気を見上げる。


「温泉だ!」


「テルマエが復活したぞ!」


「奇跡だ!」


 歓声が山々へ響き渡った。


 リアとエリスは、その歓声を遠くに聞きながら顔を見合わせる。


「約束……。」


 リアが小さく笑う。


「やっと守れましたね。」


「ああ。」


 エリスも優しく頷く。


「ずいぶん遠回りをした。」


「でも。」


「今度はもう離さない。」


 そう言って、今度は迷わずリアの手を握る。


 リアも握り返した。


 その温もりは、前世で果たせなかった約束を、ようやく現実へ変えてくれた。


 紅葉が風に乗って舞い落ちる。


 祝福するように。


 優しく。


 静かに。


 そして二人は、新しく生まれ変わったテルマエを眺めながら、最後の一歩を踏み出す。

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