第8話 奇跡の再会と、長湯の約束
祝福の湯から立ち上る湯気が、ゆっくりと秋空へ溶けていく。
紅葉は夕日に照らされ、山全体が燃えるような朱色に染まっていた。
リアとエリスは並んで露天風呂をあとにする。
どちらからともなく手をつないだまま。
もう、離れる理由はなかった。
モミジは嬉しそうに二人の前を跳ね回っている。
「コン! コン!」
黄金色になった三本の尻尾が、ふわふわと揺れた。
「すっかり元気になったね。」
リアが笑うと、モミジは胸を張るように鳴いた。
その姿に、エリスも自然と笑みを浮かべる。
「街の守り神らしくなった。」
「ふふっ。」
「最初はボサボサだったのに。」
「コン……。」
少し恥ずかしそうに耳を伏せるモミジに、二人は声を立てて笑った。
その笑い声は、山の谷間へ優しく響いていく。
地下施設を抜け、テルマエへ戻ると――
「領主様!」
「リアさん!」
街の人々が大勢集まっていた。
復活した大浴場からは白い湯気が立ち上り、あちこちで歓声が上がっている。
「お湯だ!」
「本当に温泉が戻った!」
「肌がつるつるになる!」
「腰の痛みが消えた!」
年配の男性が涙ぐみながら頭を下げる。
「もう一度、この温泉へ入れる日が来るなんて……。」
子どもたちは足湯ではしゃぎ回り、旅人たちも驚きながら湯煙を見上げていた。
寂れていた温泉街に、二十年ぶりの笑顔が戻ってきたのだ。
その日の夕方。
一頭の馬が街へ駆け込んできた。
「エリス様!」
王都からの使者だった。
使者は封書を差し出す。
「グラディウス伯爵が逮捕されました!」
街中がどよめく。
「証拠が次々と見つかり、不正な土地の買収や横領、違法採掘が発覚したとのことです!」
エリスは静かに封書を閉じた。
「そうか。」
それだけだった。
もう伯爵への怒りは残っていない。
この街には、未来を向くほうが大切だから。
リアも優しく微笑んだ。
「終わりましたね。」
「ああ。」
「全部、お前のおかげだ。」
「違います。」
リアは首を振る。
「みんなのおかげです。」
「エリス様も。」
「モミジも。」
「街のみんなも。」
「誰か一人じゃ、きっとここまで来られませんでした。」
その言葉に、人々は大きく拍手を送った。
数日後。
テルマエは、以前とは比べものにならないほど賑わっていた。
復活した霊泉の噂は王都まで広がり、毎日のように旅人が訪れる。
傷ついた冒険者。
疲れた商人。
病を抱えた老人。
そして、もふもふ魔獣たち。
みんなが笑顔で帰っていく。
「次のお客様どうぞー!」
リアは湯守として忙しく走り回っていた。
源泉の温度を確認し、
露天風呂を掃除し、
薬草風呂の準備をする。
「リア。」
振り向くと、エリスが木箱を抱えて立っていた。
「新しい紅葉茶が届いた。」
「あ、ありがとうございます!」
「休憩したら飲もう。」
「はい!」
そんな何気ないやり取りが、今は何より幸せだった。
その夜。
営業を終えた露天風呂。
月が水面へ映っている。
紅葉が静かに舞い落ちる。
貸切となった祝福の湯で、リアとエリスは並んで湯に浸かっていた。
「静かですね。」
「ああ。」
心地よい沈黙。
湯の音だけが耳に届く。
しばらくして、エリスがゆっくり口を開いた。
「前世では。」
「何も伝えられなかった。」
「事故の日も。」
「温泉へ行く約束も。」
リアは静かに聞いていた。
「だから今度は。」
「後悔したくない。」
エリスはまっすぐリアを見つめる。
冷たかった瞳は、今では誰よりも優しかった。
「リア。」
「はい。」
「これから先も。」
「俺と一緒に、この温泉を守ってくれないか。」
リアの目に涙が浮かぶ。
「もちろんです。」
「でも……。」
少しいたずらっぽく笑って続けた。
「一つ条件があります。」
「条件?」
「仕事ばかりしないこと。」
「ちゃんと休むこと。」
「それから――」
リアは前世と同じ笑顔で言った。
「たまには私と一緒に、長湯してください。」
一瞬。
エリスは驚いたように目を丸くし、
そして声を立てて笑った。
「ああ。」
「約束する。」
「これからは毎年、紅葉の季節になったら。」
「一緒に温泉へ入ろう。」
「今度こそ、ずっと。」
リアも頷く。
「はい。」
二人の指先がそっと重なる。
今度は離れないように。
祝福するようにモミジが「コン♪」と鳴くと、夜空に小さな光が舞い上がった。
その光は無数の紅葉とともに山を包み込み、復活した秘湯はこれからも多くの人々を癒やし続けるのだった。
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エピローグ
後にこの温泉は――
『紅葉狐の秘湯テルマエ』
と呼ばれ、異世界でもっとも予約が取れない温泉宿として語り継がれることになる。
湯守リアと若き領主エリス。
そして三本尻尾の霊獣モミジ。
三人が守るその温泉では、今日も笑顔と湯気が絶えることはない。
秋風に舞う紅葉の中。
二人の新しい人生は、温かな湯とともに、ゆっくりと流れ始めた。
――完――
【あとがき】
これにて無事に完結です!
連休の貴重なお時間にお読みいただき、本当にありがとうございました!
短い連載期間でしたが、楽しく連載できました。
この物語が、皆様の休日のちょっとした楽しみになっていれば幸いです。
長期連載も引き続きよろしくお願いいたします。




