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【秋の温泉旅SW8話完結短期連載】冷え切った古代テルマエの謎を解け! 追放された湯守ともふもふ神獣の秘湯再生記  作者: eccen.


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第4話 悪徳貴族の襲来と、最大の鍵

 翌朝。


 山々は一面の紅葉に染まり、冷たい朝霧がテルマエを包んでいた。


 地下施設の歯車は昨夜から止まることなく、ゆっくりと回り続けている。


 ゴウン……ゴウン……。


 その音は、まるで長い眠りから目覚めた巨人の鼓動のようだった。


 リアは朝早くから湯守帳を広げ、地下施設の見取り図を書き込んでいた。


「ここの配管は生きてる……。」


「でも、この先だけ魔力が流れてない。」


 昨日調べた場所を赤い印で囲む。


 あと少し。


 あと少しで、源泉までたどり着ける。


 そんな確信が芽生え始めていた。


「リア。」


 振り返ると、エリスが湯気の立つ木のカップを差し出していた。


「温かい薬草茶だ。」


「あ、ありがとうございます!」


 受け取った瞬間、ふわりと甘い香りが鼻をくすぐる。


「おいしい……。」


「山で採れた薬草らしい。」


 リアは一口飲み、ほっと息をついた。


「温まりますね。」


 その笑顔を見て、エリスも自然と肩の力を抜く。


 昨日まで他人だったはずなのに、不思議とこの時間は居心地が良かった。


 モミジも二人の間に座り、干し木の実を頬張っている。


 昨日より毛並みが少しだけふわふわになっていた。


「本当に元気になってきたね。」


 リアが頭を撫でると、


「コン♪」


 嬉しそうに尻尾を振る。


「温泉の力は偉大です。」


「まだ湯は出ていないぞ。」


「少し流れ始めただけでも違うんですよ。」


 リアはモミジの額の霊石を指差した。


「昨日より輝いてます。」


 エリスもよく見る。


 確かに灰色だった石が、淡い朱色へ戻り始めていた。


 このテルマエは、本当に生き返ろうとしている。


 そう思えた。


◇◇◇


 朝食を終えた二人は、再び地下施設へ潜った。


 昨日動かした歯車は、さらに奥の機構まで魔力を送っている。


 しかし。


「ここですね。」


 リアが立ち止まる。


 巨大な石扉。


 高さ三メートルはある。


 中央には円形の窪み。


 その周囲には、美しい古代文字が刻まれていた。


「この先が源泉……。」


 エリスが呟く。


 リアは文字を読み解こうと目を細めた。


「これは昨日まで光っていませんでした。」


 石扉へ触れる。


 温かい。


 ほんのりと熱を帯びている。


「中には間違いなくお湯があります。」


 期待で胸が高鳴る。


「でも……。」


「開かないのか。」


「はい。」


 リアは文字を追いながら首を傾げた。


 そこには四行の短い文章が刻まれていた。


 しかし一部が欠けている。


 読めるのは、わずかだった。


“湯は○○を映し”


“心なき者には閉ざされる”


“真に守る者のみ”


“□□□□”


「心なき者には閉ざされる……。」


 エリスが繰り返す。


「試練ということか。」


 リアは頷いた。


「たぶん最後の一文が鍵です。」


「欠けて読めない。」


「だから開けられなかったんですね。」


 二人は石扉を見つめた。


 力では開かない。


 魔法でもない。


 このテルマエは、“心”を試している。


◇◇◇


「コン!」


 突然、モミジが耳をぴんと立てた。


「どうしたの?」


 狐は入口の方を向き、低く唸る。


 今まで聞いたことのない警戒の声だった。


「……誰か来る。」


 エリスも表情を変える。


 耳を澄ませると、遠くから複数の足音が響いてきた。


 ガチャ……。


 ガチャ……。


 金属鎧の擦れる音。


 人が大勢いる。


「地下に?」


 リアが息を呑む。


「違う。」


 エリスは剣を抜いた。


「地上だ。」


 次の瞬間。


 ドォン!!


 地上から大きな衝撃音が響いた。


 天井から砂埃が舞い落ちる。


「何!?」


「入口を破壊している。」


 エリスの瞳が鋭くなる。


「来たか……。」


 リアは不安そうに見上げた。


「知ってる人ですか?」


「おそらく。」


 エリスは静かに答えた。


「グラディウス伯爵。」


「この土地を何度も買い取ろうとしてきた男だ。」


 リアは眉をひそめる。


「断ったんですよね?」


「ああ。」


「温泉を潰して鉱山にするつもりだからな。」


 その言葉に、リアの胸が熱くなる。


「そんな……!」


「温泉を壊すなんて……!」


 怒りで拳を握る。


 その姿を見て、エリスは少しだけ目を細めた。


(本当に温泉が好きなんだな。)


 自分のためではなく。


 街のためでもなく。


 温泉そのもののために怒っている。


 そんな人間を初めて見た。


◇◇◇


 二人が地上へ戻ると、テルマエの前庭には十数人の兵士が並んでいた。


 中央には豪華な馬車。


 そこから一人の男がゆっくり降りてくる。


 紫色の外套。


 太い金の指輪。


 脂ぎった笑み。


「久しぶりだなぁ、エリス殿。」


 男は両手を広げた。


「まだそんな廃墟にしがみついていたとは。」


 エリスは一歩前へ出る。


「帰れ。」


「つれないな。」


 伯爵は笑う。


「今日は良い知らせを持ってきた。」


「この土地を五倍の値で買おう。」


「断る。」


「十倍でもいい。」


「断る。」


 伯爵の笑みが消える。


「……噂を聞いてな。」


 鋭い視線がリアへ向く。


「温泉が動き出したそうじゃないか。」


 リアは思わず息を呑む。


 もう情報が漏れている。


「なるほど。」


 伯爵はリアを上から下まで眺め、不快そうに笑った。


「貴様が新しい湯守か。」


「小娘一人で秘湯を復活させるとは笑わせる。」


 リアは真っ直ぐ見返した。


「笑っていてください。」


「必ず復活させますから。」


 一瞬、場が静まり返る。


 兵士たちまで驚いた顔をしていた。


 伯爵はゆっくり口角を上げる。


「面白い。」


「ならば一週間待ってやろう。」


 そう言って杖を地面へ突いた。


「だが復活できなければ、この土地もテルマエも全て私のものだ。」


 その宣言とともに、冷たい風が紅葉を巻き上げる。


 リアはエリスと視線を交わした。


 一週間。


 残された時間は、あとわずかだった。


 伯爵の馬車が去ると、辺りは静けさを取り戻した。


 だが、その静けさは重苦しいものだった。


 兵士たちの足跡だけが、紅葉の積もる石畳に深く残っている。


「……一週間。」


 リアは小さく呟いた。


「短すぎますね。」


 エリスは答えない。


 ただ、握った拳に力が入っていた。


 二十年間守り続けた場所を失うかもしれない。


 それだけではない。


 もし伯爵の手に渡れば、このテルマエは鉱山として掘り返され、二度と温泉として蘇ることはないだろう。


「エリス様。」


 リアがそっと隣へ立つ。


「諦めません。」


 その一言に、エリスはゆっくりと顔を上げた。


「私もだ。」


 短い言葉だった。


 だが、その瞳には昨日までの諦めはなかった。


 二人は再び地下へ戻る。


 巨大な石扉の前。


 モミジは扉の前で丸くなり、じっと古代文字を見つめていた。


「コン……。」


「モミジも気になるんだね。」


 リアは石壁を丁寧に調べ始める。


 指先で文字をなぞる。


 欠けた部分。


 削れた跡。


 何か違和感がある。


「……変。」


「どうした?」


「この欠け方です。」


 リアは壁へランタンを近づけた。


「自然に壊れたんじゃありません。」


「人為的?」


「ええ。」


 文字だけが削られています。


 周囲の石は綺麗なのに、一番大切そうな一文だけが削り取られていた。


「誰かが、わざと読めなくした。」


 エリスは眉をひそめる。


「なぜそんなことを。」


「源泉を守るため……。」


「あるいは。」


 リアは静かに続ける。


「誰にも開けさせないため。」


 その時だった。


 モミジが急に立ち上がり、壁を前足で引っかき始めた。


 カリ、カリ、カリ。


「コン!」


「そこ?」


 リアが近づく。


 壁にはツタが張り付いていた。


 軽く引っ張る。


 すると。


 パラパラ……


 乾いたツタが剥がれ落ち、その奥から細長い石板が姿を現した。


「隠し部屋……?」


 石板を押すと、小さな収納棚が開いた。


 中には一冊の古びた本が収められていた。


 革表紙は色褪せているが、大切に保管されていたことが分かる。


 リアはそっと取り出した。


「これは……。」


 表紙には古代文字。


 その下には、現在使われている文字で小さく書かれていた。


 《初代湯守の日誌》


「日誌……!」


 リアの瞳が輝く。


「これなら文字の意味が分かるかもしれません!」


 近くの石机へ本を広げる。


 ページは黄ばんでいたが、文字はしっかり残っていた。


 最初のページには、こう書かれている。


『湯とは、人の心を映す鏡である。』


 リアは思わず息を呑む。


「……鏡。」


 ページをめくる。


『技術だけでは湯は守れない。』


『力だけでも守れない。』


『守ろうと願う心があってこそ、霊泉は応えてくれる。』


 エリスは黙って読み進める。


 祖父から何度も聞かされた言葉に似ていた。


 しかし、続きは知らない。


 さらにページをめくる。


 そこにはテルマエ全体の見取り図が描かれていた。


「これ!」


 リアが身を乗り出す。


「地下通路の続きがあります!」


 今いる場所からさらに奥。


 細い一本道。


 その先には赤い丸印。


 横には小さく文字が添えられている。


 《試練の間》


「試練……。」


 リアが地図を見つめる。


「やっぱり最後の鍵があるんです。」


 エリスは日誌の最後のページを開いた。


 そこには一文だけ、大きく書かれていた。


『最後の扉は、大切な者との約束を忘れぬ者にのみ開かれる。』


 二人は顔を見合わせる。


「約束……?」


 リアは胸がざわついた。


 秋の夕暮れ。


 放課後。


 『いつか一緒に温泉へ行こう。』


 前世の記憶が、ふいに蘇る。


(まさか……。)


 そんなはずはない。


 偶然だ。


 そう思おうとしても、胸の鼓動は速くなるばかりだった。


 一方、エリスも頭を押さえていた。


 誰かと交わした約束。


 夕日に照らされた笑顔。


 温泉。


 どれも霞がかかったように思い出せない。


「……誰だった。」


 無意識に漏れた声。


 リアはその横顔を見つめた。


(エリス様も……。)


 何かを思い出しかけている。


 その時だった。


 地下全体が突然、大きく揺れた。


 ゴゴゴゴゴッ!!


「きゃっ!」


 天井から砂が落ちてくる。


 モミジがリアの肩へ飛び乗った。


「コン!」


「地震じゃない!」


 リアが叫ぶ。


「誰かが上で何かしてる!」


 エリスは険しい表情で地上への階段を見る。


「伯爵か……!」


 二人は急いで駆け上がる。


 地上へ出た瞬間、目の前の光景に息を呑んだ。


 テルマエへ続く唯一の石橋が、大きく崩れ落ちていた。


 谷の向こうには、遠ざかる伯爵の兵士たちの姿。


「はははっ!」


 兵士の一人が振り返り、大声で笑う。


「これで誰も助けには来られん!」


 橋は完全に落とされていた。


 街からテルマエへの道は断たれたのだ。


 リアは崩れた橋を見つめ、唇を噛む。


 だが、エリスは静かに剣を鞘へ収めた。


「……いい。」


「え?」


「橋が落ちても構わない。」


 彼はリアへ向き直る。


「地下通路がある。」


 リアははっとする。


 そうだ。


 日誌に描かれていたもう一つの道。


 それは源泉へ続くだけでなく――


 この山全体へ繋がる、古代テルマエの秘密の通路なのかもしれない。


 二人は同時に頷いた。


 敵は橋を落としたつもりでいる。


 だが本当の道は、まだ誰も知らない地下に眠っている。


 そして、その先には最後の謎と、霊泉復活の鍵が待っているのだった。



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