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【秋の温泉旅SW8話完結短期連載】冷え切った古代テルマエの謎を解け! 追放された湯守ともふもふ神獣の秘湯再生記  作者: eccen.


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第2話 湯底の地下遺構と、ボサボサのもふもふ

 ゴゴゴゴゴ……


 低い地鳴りは十数秒ほど続き、やがて静かに止まった。


 落ち葉がぱらぱらと舞い落ちる。


 再び辺りは静寂に包まれた。


「……止まった?」


 リアがおそるおそる周囲を見回す。


 崩れた柱。


 乾き切った浴槽。


 見た目は何も変わっていない。


 しかし――。


「違う。」


 エリスが女神像を見つめた。


「さっきまで、あそこに光はなかった。」


 リアも視線を向ける。


 高さ五メートルほどの白い石像。


 大きな壺から水を注ぐ女神の姿だ。


 その足元。


 苔に覆われた石床の隙間から、淡い金色の光が漏れている。


「地下……?」


 リアは胸を高鳴らせた。


「行ってみましょう!」


 返事を待たず、小走りで駆け出す。


「待て!」


 エリスも慌てて後を追った。


 女神像の前まで来ると、光はさらに強く見えた。


 リアはしゃがみ込み、石畳を指でなぞる。


「これは……。」


 苔を払う。


 土を取り除く。


 すると細い溝が姿を現した。


「やっぱり!」


 リアは目を輝かせる。


「石の継ぎ目じゃない!」


「何が分かった?」


「これは扉です!」


 エリスが眉をひそめる。


「扉?」


「古代テルマエでは珍しくありません。」


 リアは石を軽く叩きながら説明する。


「点検用の地下施設。」


「源泉や配管を管理するために作られていることが多いんです。」


「なるほど……。」


「この女神像そのものが鍵になってるんです!」


 リアは壺を見上げる。


「ほら。」


 壺の口が少しだけ傾いている。


「本当だ。」


「誰かが途中まで動かしたんですね。」


 リアは両手で壺を押す。


「んんっ……!」


 びくともしない。


「重い……!」


「貸せ。」


 エリスが前へ出る。


 長い指が石像へ触れる。


 筋肉の浮かぶ腕に力が入る。


 ギギギギ……


 鈍い音を立てて壺がゆっくり回り始めた。


「す、すごい!」


「まだだ。」


 さらに力を込める。


 カチリ。


 何かが噛み合う音。


 次の瞬間だった。


 ゴゴゴゴゴ……


 石畳が左右へ開いていく。


 地下へ続く階段が姿を現した。


「わぁ……!」


 リアは思わず歓声を上げた。


 地下から暖かな空気が流れてくる。


「温かい……。」


 エリスも驚いていた。


 二十年間。


 何度も調べた。


 それでも開かなかった地下。


「どうして今日だけ……。」


 リアは嬉しそうに笑う。


「テルマエが呼んでくれたのかもしれません!」


「そんなことがあるものか。」


「あります!」


 即答だった。


「温泉って、人を選ぶことがあるんです。」


「……。」


「大切にしてくれる人には応えてくれる。」


 そう言って微笑む。


 その笑顔を見たエリスは、なぜか反論できなかった。


 二人はランタンを持ち、地下へ降り始めた。


 石段は思ったより広い。


 壁には古代文字。


 天井には魔石が埋め込まれている。


 ぼんやり青白く光り、足元を照らしていた。


「この魔石……。」


 リアが立ち止まる。


「まだ生きてる。」


「分かるのか?」


「少しだけ魔力が流れてます。」


「つまり施設は完全には死んでない。」


 リアは壁へ手を当てた。


「どこかで止まってるだけ。」


「そこを直せば……。」


 期待に満ちた声だった。


 エリスは胸の奥が少しだけ熱くなる。


 もう何年も忘れていた感覚。


 “希望”


 という感情だった。


 地下へ降りて十分ほど。


 二人は巨大な空間へ辿り着いた。


「……!」


 リアは息を呑む。


「すごい……。」


 そこには無数の石管。


 巨大な歯車。


 水路。


 魔法陣。


 そして何十本もの配管が張り巡らされていた。


「まるで地下都市……。」


 エリスも初めて見る光景だった。


「こんな施設が地下に……。」


「これは!」


 リアは夢中で走り回る。


「あっちは温度調整!」


「こっちは循環装置!」


「この歯車は水圧制御!」


「見てください!」


「全部繋がってます!」


 目がきらきらしている。


 子どもがおもちゃ箱を見つけたようだった。


「楽しそうだな。」


 エリスがぽつりと呟く。


「もちろんです!」


 リアは振り返る。


「世界中の温泉好きが見たら泣いて喜びます!」


「そんなものか。」


「そんなものです!」


 二人は思わず笑った。


 いや。


 笑ったのはリアだけだった。


 エリスは口元が少し緩んだだけ。


 それでも彼自身、その変化に驚いていた。


(……笑った?)


 もう何年も。


 本気で笑った記憶などなかった。


 その時だった。


 ガタンッ!!


 地下通路の奥から大きな音が響く。


 二人は同時に振り向く。


 暗闇の奥。


 何かが動いた。


「……誰かいる。」


 エリスが剣へ手を掛ける。


「下がれ。」


 リアはごくりと唾を飲む。


 カサッ……


 カサカサ……


 小さな足音。


 そして暗闇から、ふわりと二つの金色の瞳が現れた。


 じっとこちらを見つめている。


「魔物……?」


 リアが息を潜める。


 次の瞬間。


「……コン。」


 弱々しい鳴き声が響いた。


 そこにいたのは、魔物ではなかった。


 痩せ細り、毛並みが泥で固まり、尻尾もしょんぼりと垂れ下がった、小さな紅葉色の子狐だった。


 しかし額には、淡く輝く霊石。


 普通の狐ではない。


 伝説に語られる温泉の守護霊獣――。


「……紅葉狐。」


 リアは思わず目を見開く。


「まさか、本当にいたなんて……!」


 その小さな霊獣はふらりと一歩踏み出した瞬間、力尽きるように床へ倒れ込んだ。


「……っ!」


 リアは反射的に駆け出した。


「待て!」


 エリスが制止するより早く、リアは小さな狐のもとへ膝をつく。


 紅葉色だったはずの毛並みは、土埃でくすみ、ところどころ毛玉になっていた。


 細い体は骨ばっている。


 呼吸も浅く、弱々しい。


「大丈夫……?」


 リアはそっと背中を撫でた。


 狐はびくりと体を震わせる。


 それでも逃げようとはしなかった。


 むしろ、助けを求めるようにリアを見上げている。


「コン……」


 かすれた鳴き声だった。


 リアの胸が締めつけられる。


「この子……何日もまともに食べてない。」


「分かるのか?」


「毛並みを見れば。」


 リアは優しく耳の後ろを撫でた。


「栄養不足だけじゃない。」


「お湯に入れていない。」


「……お湯?」


 エリスが首を傾げる。


「霊獣は温泉の魔力を浴びて生きる種類がいるんです。」


 リアは狐の額にある小さな霊石へ触れた。


 本来なら鮮やかな朱色に輝くはずの石。


 しかし今は、灰色に近い色までくすんでいる。


「この子は温泉そのものが命。」


「だから湯が止まって、一緒に弱ってしまったんですね……。」


 エリスは静かに狐を見つめる。


「昔。」


 ぽつりと口を開いた。


「祖父が話していた。」


「テルマエには神獣が住んでいる、と。」


「子どもの頃は作り話だと思っていた。」


 リアは微笑んだ。


「本当にいたんですね。」


 リアは木箱を開いた。


「薬草……。」


 乾燥させた葉を取り出し、水筒の水で湿らせる。


「温泉の薬草?」


「はい。」


「旅館では常備してました。」


 葉をすり潰し、小さな布へ包む。


 それを狐の前足へ巻いていく。


「痛いの痛いの、飛んでいけ。」


 思わず前世の癖が口をついた。


 エリスの肩がぴくりと動く。


(……今の言葉。)


 どこかで聞いたことがある。


 昔。


 もっと幼い頃。


 誰かが笑いながら同じことを言っていた。


 しかし思い出せない。


 胸の奥だけが妙にざわつく。


「よし。」


 包帯を結び終える。


「これで少しは楽になるよ。」


 狐は恐る恐る前足を動かした。


 さっきより痛みが引いたのか、耳が少しだけ立つ。


「コン。」


 今度は少し元気な声だった。


「ふふっ。」


 リアは嬉しそうに笑う。


「かわいい。」


 その笑顔に、狐も安心したように目を細める。


「でも、お湯がないと根本的には治りません。」


 リアは立ち上がる。


「まずは配管を調べましょう。」


 二人は地下施設の奥へ進んだ。


 配管は何本も枝分かれしている。


 途中で崩れた場所。


 錆びた魔法弁。


 割れた石管。


 リアは一本一本、丁寧に調べていく。


「……変ですね。」


「何がだ?」


「壊れてると思ったんです。」


 石管を軽く叩く。


 コン、と澄んだ音が返る。


「中は無事。」


「こちらも。」


 別の配管も調べる。


「これも壊れてない。」


 リアは眉をひそめた。


「だったら、なぜお湯が……。」


 その時だった。


 彼女の視線が壁の奥に止まる。


「あ。」


 小さな声。


「どうした?」


「エリス様。」


「ランタンを少し。」


 灯りを近づける。


 壁一面にびっしりと刻まれた古代文字。


 その中央だけ、丸い金属板が埋め込まれていた。


「これは……。」


 リアは目を輝かせる。


「制御盤です!」


「制御盤?」


「温泉の流れを切り替える装置。」


「つまり。」


「壊れたんじゃありません。」


「誰かが止めたんです。」


 エリスは目を見開いた。


「止めた……?」


「はい。」


 リアは金属板をそっと撫でる。


「意図的に閉じられてる。」


「そんな馬鹿な。」


「もし源泉が枯れたなら、もっと配管が傷みます。」


「でも全部綺麗。」


「ということは。」


 リアはゆっくりと言う。


「どこかに『鍵』があります。」


 エリスは驚きを隠せなかった。


 二十年間。


 誰一人そんなことを言わなかった。


 壊れた。


 終わった。


 誰もがそう決めつけていた。


 しかしリアだけは違う。


 まるで温泉が何を考えているのか分かるように、答えへ近づいていく。


◇◇◇


 その時だった。


「コン!」


 狐が突然鳴いた。


 小さな体で通路の奥へ駆けていく。


「あっ!」


「待って!」


 二人は慌てて追いかけた。


 狐は狭い通路を抜け、小さな部屋へ飛び込む。


 そこは円形の石室だった。


 中央には、美しい白い石の浴槽。


 直径二メートルほどの、小さな露天風呂のような造りだ。


「ここは……。」


 リアは目を丸くする。


「試し湯?」


 浴槽の縁には古代文字が刻まれている。


 そして中央には、親指ほどの小さな穴。


「源泉の確認用……。」


 リアはしゃがみ込んだ。


「大浴場へ送る前に、お湯を試すための場所なんだ。」


 その時。


 ぽたり。


 小さな音が響いた。


「……え?」


 リアは穴を見つめる。


 もう一度。


 ぽたり。


 一滴。


 透明な雫が落ちた。


 指先で触れる。


「……温かい。」


 リアの瞳が大きく開かれる。


「エリス様!」


 振り返る。


 興奮で頬が赤く染まっている。


「まだ生きてます!」


「この温泉……!」


「源泉はまだ死んでいません!!」


 その瞬間。


 部屋の奥の壁に刻まれた古代文字が、淡い黄金色に輝き始めた。

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