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【秋の温泉旅SW8話完結短期連載】冷え切った古代テルマエの謎を解け! 追放された湯守ともふもふ神獣の秘湯再生記  作者: eccen.


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第1話 プロローグ 秋の旅路と、冷え切った男

 秋になると、不思議と温泉へ行きたくなる。

 それは、前世から変わらない私の癖だった。

 放課後。

 オレンジ色に染まる坂道を、自転車を押しながら歩く。

「リアって温泉好きだよね」

 隣を歩く少年が笑う。

「うん。紅葉を見ながら入る露天風呂って最高なんだよ!」

「まだ高校生なのに、おばあちゃんみたいだな」

「失礼な!」

 私は笑いながら彼の肩を軽く叩いた。

 彼も笑う。

 夕焼けに照らされた横顔は、少し照れくさそうだった。

「いつかさ。」

 彼が小さく呟く。

「大人になったら、一緒に温泉旅行でも行く?」

 胸がどきりと鳴った。

 私は返事をしようとして──

「もちろん!」

 そう言いかけた瞬間だった。

 キキィィィッ!!

 激しいブレーキ音。

 眩しいヘッドライト。

 世界が真っ白になった。

 最後まで、返事はできなかった。


 夢から覚める。

「……また、この夢。」

 リアはゆっくりと目を開けた。

 冷たい朝霧が山道を包んでいる。

 木々は紅く色づき、落ち葉が風に舞っていた。

 背負った荷物はたった一つ。

 古びた木箱。

 中には湯守として使う道具が入っている。

 温度計。

 竹筒。

 源泉を調べるための鉱石。

 祖父から譲られた古い湯守帳。

「……ここからやり直そう。」

 そう呟いた。

 三日前。

 リアは実家を追放された。

 代々続く名門温泉旅館。

 しかし経営は年々悪化していた。

「女のお前に旅館は継がせられん。」

 父はそう言った。

「温泉なんて古臭い。これからは娯楽施設を増やす時代だ。」

 兄も鼻で笑った。

「お前が湯守をやっていたから客が減ったんじゃないのか?」

 違う。

 本当は逆だった。

 湯の管理をやめたから泉質が悪くなった。

 源泉を軽視したから客が離れた。

 それなのに。

 誰も耳を貸さなかった。

「出て行け。」

 その一言だけだった。

 リアは涙を見せなかった。

 温泉だけは嫌いになれなかったから。


「ここが……。」

 地図を広げる。

 目的地は山奥。

 ほとんど人が来ない秘境。

 古代テルマエ跡。

 数百年前に栄えた巨大浴場だったという。

 しかし今は。

「……ほんとに廃墟じゃない。」

 石柱は崩れ。

 蔦が絡まり。

 巨大な浴槽には枯れ葉が積もっていた。

 それでも。

 リアの瞳は輝いていた。

「すごい……!」

 思わず駆け寄る。

 床を見る。

 排水路を見る。

 石材の組み方を見る。

「この配管……!」

 しゃがみ込み、土を払う。

 古い石管が顔を出した。

「ローマ式……じゃない。でも似てる。」

 石管の角度。

 水圧を利用する構造。

 地下から湯を循環させる仕組み。

「こんな技術が異世界にも……!」

 胸が高鳴る。

 壊れている。

 でも。

 直せる。

 そんな予感がした。

「誰だ。」

 低い声。

 振り返る。

 そこには一人の青年が立っていた。

 銀色の長い髪。

 澄んだ青い瞳。

 黒い外套。

 秋風が裾を揺らす。

 あまりにも整った顔立ち。

 しかし。

 その瞳だけが、氷のように冷たかった。

「ここは立入禁止だ。」

 リアは慌てて立ち上がる。

「あ、あの!」

「観光客なら帰れ。」

 冷たい。

 本当に冷たい声。

「違います!」

 リアは木箱を抱え直した。

「私は湯守です!」

「……湯守?」

「このテルマエを復活させたくて来ました!」

 青年は一瞬だけ目を細める。

 そして。

「帰れ。」

 短く言った。

「もう二十年、お湯は止まったままだ。」

 静かな声。

 諦めきった声だった。

「誰も直せなかった。」

「でも!」

「何人もの職人が来た。」

「……。」

「学者も魔導士も賢者も。」

 青年は浴場を見つめる。

「誰一人、湯を戻せなかった。」

 その横顔は。

 まだ若いのに。

 何年も戦い続けた人の顔だった。

「だから終わりだ。」

 そう言って背を向ける。

 リアは思わず一歩踏み出した。

 なぜだろう。

 その背中を見た瞬間。

 胸が締めつけられた。

 どこかで見たことがある。

 そんな気がした。

 夕焼け。

 笑顔。

 放課後。

 記憶の欠片が胸をよぎる。

「待って!」

 リアは咄嗟に青年の手を掴んだ。

 温かい。

 だけど少しだけ冷えた指先。

 その感触に、心臓が大きく跳ねる。

(この手……。)

(前世のあの人と、同じくらい優しくて綺麗な手……。)

 青年も驚いたように振り返った。

 互いの視線が、秋色の風の中で交わる。

 リアは真っ直ぐ彼を見つめ、強く言い切った。

「お願いです!」

「私に、この温泉を復活させてください!」

 冷え切ったテルマエに、少女の声が凛と響いた。

 その瞬間――青年の止まっていた運命の歯車が、わずかに音を立てて動き始める。


 秋風が、二人の間を静かに吹き抜けた。


 青年はリアの手を見つめる。


 細く白い指。


 温泉仕事で少しだけ荒れている掌。


 それでも不思議と温かい。


「……離してくれ。」


 低い声だった。


 リアは慌てて手を放した。


「あ、ご、ごめんなさい!」


 勢いで掴んでしまったことに気付き、耳まで真っ赤になる。


「つい、その……」


「人の手を急に握る趣味でもあるのか?」


「ち、違います!」


 リアはぶんぶんと首を振った。


「そんな趣味ありません!」


「なら、なぜだ。」


「それは……」


 答えられない。


 “前世の初恋の人と同じ手だったから”


 そんなことを言えるはずがない。


 青年はため息をついた。


「私はエリス。」


「この街の領主だ。」


 リアは思わず目を丸くした。


「えっ!? 領主様?」


「見えないか。」


「い、いえ! 見えます!」


(むしろ王子様みたい……。)


 整った顔立ち。


 長い銀髪。


 背筋は真っ直ぐで、立っているだけで気品がある。


 けれど、その瞳だけはどこまでも冷たい。


 まるで冬の湖だ。


「私はリアです。」


「湯守をしています!」


「見れば分かる。」


 エリスの視線が木箱へ向く。


「その道具箱は珍しい。」


 リアはぱっと笑顔になった。


「分かりますか!」


「これは祖父から譲ってもらった湯守箱なんです!」


 勢いよく蓋を開ける。


「これは湯温計。」


「こっちは泉質を調べる鉱石。」


「この竹筒は源泉の流量を測るためで――」


 次々と説明が始まる。


 エリスはぽかんとした。


(……よく喋る。)


 さっきまで緊張していた少女とは思えない。


 温泉の話になった途端、まるで別人だ。


「それからですね!」


「湯花の状態を見るだけで泉質って結構分かるんですよ!」


「硫黄泉だったら――」


「もういい。」


「あっ……。」


 リアは口を押さえた。


「すみません……。」


「温泉の話になると止まらなくて……」


 エリスは思わず口元を押さえる。


 少しだけ。


 本当に少しだけだが。


 笑いそうになった。


(変わった娘だ。)


 この街へ来る者は皆、金や利権しか見ていなかった。


 廃墟を買いたい。


 鉱山を掘りたい。


 土地を奪いたい。


 そんな者ばかりだった。


 だが目の前の少女は違う。


 崩れた石壁を見て目を輝かせ。


 壊れた配管を見て嬉しそうに笑っている。


 本当に温泉が好きなのだ。


 その純粋さが少しだけ眩しかった。


「……だが無駄だ。」


 エリスは表情を戻す。


「このテルマエは終わっている。」


「まだ見てもいないのに?」


「地下配管は崩落した。」


「源泉も枯れた。」


「魔力も流れていない。」


「全部調べた。」


「二十年間。」


 リアは言葉を失った。


 二十年。


 それは諦めるには十分すぎる時間だ。


「父も。」


 エリスは静かに言う。


「祖父も。」


「この温泉を守ろうとして死んだ。」


 リアは息を呑む。


「街は温泉で生きていた。」


「湯が止まってから、人は減り続けた。」


「商人も去った。」


「宿屋も閉じた。」


「今では老人ばかりだ。」


 彼は山を見つめた。


「私は守れなかった。」


 その一言だけで十分だった。


 この青年がどれだけ一人で背負ってきたのか。


 痛いほど伝わる。


(この人……。)


(ずっと一人だったんだ。)


 リアは胸が苦しくなった。


 自分も居場所を失った。


 家族に追い出された。


 だから少しだけ分かる。


 “諦めたくて諦めたわけじゃない”人の顔を。


「エリス様。」


 静かに呼ぶ。


「私は温泉しか取り柄がありません。」


 青年は黙って聞いている。


「剣も使えません。」


「魔法も得意じゃありません。」


「戦うこともできません。」


 一歩前へ出る。


「でも。」


 リアは胸を張った。


「お湯なら信じています。」


 紅葉が風に舞った。


「温泉は人を元気にできます。」


「身体だけじゃありません。」


「心も。」


「笑顔も。」


「家族も。」


「街も。」


 真っ直ぐな瞳だった。


「だから私は諦めません。」


「一度止まったお湯なら、もう一度流せます。」


「冷え切った温泉も。」


「冷え切った心も。」


「きっと。」


 エリスはその瞳から目を離せなかった。


 昔。


 ずっと昔。


 こんなふうに笑う少女がいた気がする。


 秋の夕暮れ。


 赤く染まる帰り道。


 「温泉っていいよね!」


 そう笑っていた誰か。


(……誰だ。)


 思い出せない。


 思い出せるはずもない。


 前世の記憶など、この世界の誰も持っていない。


 なのに胸が騒ぐ。


 リアを見るたびに、懐かしさが込み上げる。


「……好きにしろ。」


 ようやくエリスが口を開いた。


 リアはぱちぱちと瞬きをする。


「え?」


「一週間だ。」


「一週間だけ時間をやる。」


「えっ!」


「何も見つからなければ諦めろ。」


「それでも構わないなら。」


 リアの顔がぱっと明るくなった。


「ありがとうございます!」


 勢いよく頭を下げる。


 その弾みで木箱が倒れ、中から丸い石が転がった。


 ころころ、と石畳を転がり、崩れた浴槽の縁に当たる。


 ――カチリ。


 乾いた音が響いた。


「……?」


 二人は同時に顔を上げた。


 崩れた浴槽の中央。


 長い年月、土砂に埋もれていた床石が、わずかに沈んでいる。


 次の瞬間。


 ゴゴゴゴゴ……


 地面全体が低く震えた。


「な、何!?」


 リアが目を見開く。


 浴場の奥、巨大な女神像の足元から、淡い金色の光がゆっくりと漏れ始めていた。


 まるで何百年もの眠りから目覚めるように。


 古代テルマエが、二人を歓迎するかのように――。


 エリスも思わず息をのむ。


「……地下施設が、動いた?」


 誰も起動できなかった古代遺跡。


 二十年間沈黙していたテルマエが、リアの訪れとともに初めて反応したのだった。


 こうして、止まっていた街の運命と、二人の運命は静かに動き始める。

本作は連休限定の特別連載として、期間中毎日更新でお届けしていきます!


連休中に8話で完結する短期連載です。

ブックマークや評価、感想などもいただけると今後の大きな励みになります!


連休のお供に、ぜひ最後までお付き合いください!

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