資源
平和に暮らしていると言っても、危険の多い生活だ。樹海の外縁に住む者達は、危険な魔獣が居ないか、樹海の外に危険が無いかなどを、互いに連絡し合っている。
危険を避けるため、樹上に作られたそれぞれの村。そこに一つだけある、複数の鈴で作られた、互いの鈴の音にだけ共鳴して鳴る特殊な一塊の鈴が、その役割を果たしていた。伝達事項の具体的な内容に関しては、各村の哨戒役によって直接伝えられていた。
卓越した魔女のみが住める、樹海の中心の魔法国とのやり取りは基本的には無い。時折生まれる、魔法の才の秀でたものがいる場合、その連絡をすると、迎えの魔女様が現れるくらいだ。
魔法国は、外縁の村々に暮らす者達にとって、憧れの場所だ。そこには強大な魔法を使う魔女達が集まり、村では見たこともない道具や建物があるという。
だがイペクはそんな場所には行きたくなかった。大好きな両親と離れたくなかったのだ。だから彼女は両親に頼んで、魔法国への連絡を待ってもらっていた。
イペクの魔法は、細く丈夫な糸を生み出す。糸は彼女の思うままに伸びていく。小さな鳥や花の形を作ったり、指に絡めて複雑な模様を編んだりするのが、イペクのお気に入りだった。
両親は、そんなイペクの魔法の才を誇りに思っていた。魔法国へ行けば、もっと優れた魔女になれるかもしれない。二人共そう思っていたが、イペクが嫌がる限り、無理に送り出そうとはしなかった。
ある日を境に、イペクの住む村からそう遠くない、隣の村からの定時連絡が届かなくなった。その村で何かが起こったのかもしれないと、村の哨戒役が偵察に向かったが、彼はそのまま戻らなかった。
イペクはその日も呑気に、自身の魔法で糸を出しては、家の中で手遊びをして過ごしていた。
突然、村から悲鳴が上がる。
それは一人ではなく、村のいたる所から同時に響いた。木々の間を駆け抜け、村全体に轟くその悲痛な声に、イペクは驚き、肩が跳ね上がる。窓から外を覗くと、武装したアンドロイドの集団が、村人を次から次に殺していた。
「何あれ……」
それらは人の形をしていた。だが、顔には表情がなく、目の代わりに赤い光が灯っていた。黒く硬い装甲に覆われた身体は、村人達よりもはるかに大きく、手にした武器だけが異様な存在感を放っていた。
アンドロイド達は、村人を見るやいなや、狙いを定め、引き金を引いて殺す。それを只の作業のように、何のためらいもなく繰り返していた。
村人は、初めて見るそれに戸惑いながらも応戦するが、その装甲が弓矢を弾くと、向けられた大型の銃の応射に、狩人の上半身はいとも容易く吹き飛んだ。
この世の終わりのような光景だ。
いつも見慣れていた村が、瞬く間に知らない場所へ変わっていく。家々の間を走っていた子供達も、毎朝挨拶をしていた隣人も、狩りから戻るたびに笑っていた大人達も、次々と殺されていく。
父の手がイペクの肩をつかみ、母の腕がその身体を包み込み抱きしめた。二人はイペクに何かを呟いたが、外の銃声と悲鳴にかき消されて、ほとんど聞き取れない。
両親はイペクを部屋の奥へと押し込め、閉じ込めた。その後、あちこちから聞こえた悲鳴が止んだかと思うと、耳を劈くような音と共に、何かが崩れる音が聞こえる。そして遂に、イペクの家もガタガタと振動すると、家が傾き、落下していく。
床が消えた。身体が宙に浮き、壁も家具も窓も、すべてが一斉に崩れていった。どこが上で、どこが下なのかも分からない。
落下の途中、イペクは反射的に両手を広げた。恐怖に押されるように指を動かすと、指先から大量の糸が溢れ出す。
糸は空中で絡み合い、広がり、即席の網となってイペクを受け止めた。けれど、その上から崩れた家の残骸が降り注ぐ。網は裂け、イペクの身体ごと地面へと落ちていく。
「わざわざこんな高所に家なんか建てて馬鹿だよなー」
「いやいや、こうやって支柱を落とすだけで簡単に死んでくれるんだから、有り難いもんだぜ」
「ハハッ、違いない」
その声は、家を支えていた木々が折れる音よりもはっきりと聞こえた。まるで、そこに暮らしていた人々など最初から存在していなかったかのようだ。
崩れた家の残骸や瓦礫の上を金属の足音が歩いていく音が響く。誰かが生きているかを確かめる様子はない。
イペクは、自身の魔法で作った網がクッションとなり、落下の衝撃からも生き延びていた。ただ、降り注ぐ瓦礫に押し潰され、即死はしなかったものの、足と目が潰され、背中に折れた木が刺さっていた。だが、今声を出せば、まだ生きていることに気付かれてしまうかもしれない。助けを呼ぶことも出来ない。




