04 幸せな時(過去編)
8年前、私はちょっとだけ人よりお金持ちな子だった。
平日は仕事をして、休みがあれば私と遊んでくれて、ちょっと過保護の父と、専業主婦で帰宅するといつも笑顔でおかえりって言ってくれる母。やりたいことはなんでもできた。
近所の同い年の子が習い事を始めたからという理由で、始めたピアノ。いろんなコンクールに出て1位を取ったこともあった。
小学校に入った時、ボクシング好きの父に護身術がてらと空手の道場に連れて行かれた。母は私に空手をさせることに反対していた。怪我したら危ないと。ピアノに支障をきたす可能性もなくもないと。でも、私は道場に入った瞬間のあの畳の匂いと師範の構えに見惚れてしまった。結局、見学の途中で「入りたい!」と言った私に、その場で父は入門手続きをしてくれた。その後、小学校6年間かけて、私は紫帯までは取れた。それ以降は本当に護身術くらいの気持ちだったからやめた。
中学校に入り、強制的に部活をすることになった。でも空手はもう満足したし、ピアノは習い事程度でいい。そう思ってクラスの中で1人だけ一向に決まらず校内をウロウロしていたら綺麗な水彩画の勧誘チラシを見かけた。鯨が深海から光に向かっているような絵で、わたしはその絵に一目惚れした。その流れで美術部の扉をノックしたら、まさかの部員数4人で後1人いないと廃部になると知った。あの鯨を描いたのが、3年生と知った時、3年後わたしも描けるようになるかなと、期待を抱きわたしは美術部に入学した。
中学1年の8月のこと。きっとこの時がわたしにとって1番幸せな時なのだろう。
「志織、お前はお姉ちゃんになるぞ」
父は、母のお腹に手を当てながらにこやかに私にそう言った。




