第56話 思いがけない
甲板の上の罵り合いは佳境を超え、次第に声も小さくなっていった。
それまで激しく言い合いをしていたとは思えない程穏やかな顔になり、次第に握手を交わして肩を抱き合い始めた。
俺達は一足先に抱き合ってしまっていたので、その光景を眺めながらもう一度、と言う気にはなれず、かと言ってヘレナを抱き寄せるには周りの視線が怖く、俺たち三人はきょろきょろとしながら居心地の悪い時間を過ごした。
そして誰彼とも無く竜の解体が始まり、それはあっと言う間に終わってしまった。
甲板の上は竜の血と体液が固まり始め、ねちゃねちゃとした感触に変わり、油断をすると滑って転んでしまいそうにもなる。
とても不快で、すぐに吐いてしまいそうになる程の悪臭に包まれていたが、初めてのアンドリュー2頭同時討伐の満足感からか、誰一人としてその場を離れる事無く狩りの余韻に浸っていた。
「お前ら、船が落ちるかも知れねぇから早く船内に入れ。あ、汚れた靴で入るなよ、綺麗にしてからだぞ」
一人船内に戻っている人が居た、伝声管からレイの声が響き、足取り重く狩竜人は現実に歩いて戻って行く。
そして、船が落ちると言っていたが、それは本当の事なのだろうか、周りの仲間達の表情を見ると普段と変わりなく、いつものレイの冗談なのだろうと高を括っていた。
部屋へ戻り汗と・・・で汚れた服を脱ぎ身体を洗った、今すぐにでも倒れてしまいそうな疲労が襲ってくるが、伝声管からの警報音がそれを許してくれなかった。
「現在下降中、衝撃に備えよ」
この船、本当に落ちるのか?
確かに衝撃は有った、とは言えそれは墜落とかそういうものでは無く、荒々しく着水しただけのようだった、窓を開けていた俺の部屋は濡れてしまった。
「着水完了、水上移動に移行、修理の為アトモスへ目標変更」
伝声管から思いもかけない言葉が飛び出した、現在地がどの辺りかわからないけれど、急に里帰りが決まってしまった。
学校を卒業した時には帰っているから、まだそれほどの日数は経っていないけれど、意識を失う程の怪我もしたし、何より初めて竜を狩った。
そうだ、初狩りの竜の肉を父に食べさせる事が出来る、母に食べさせる事が出来る、姉に食べさせる事が出来る。
幸いにして魔力炉の出力不足で上空を飛び続ける事が困難になっただけで、冷蔵庫や調理器具はそのまま使用出来たから、海上の船の旅は速度が遅いくらいで快適そのものだった。
部屋が吹き飛んでしまったブレンドンとフランシス先輩は、俺達狩竜人仲間から着替えを融通して貰ったが、旅の間中下着は一枚で過ごす事になった。




