第15話 上と下
広場の草むら以外で待ち伏せされている可能性も捨てきれないため、それなりに警戒をしながら逃げ出した場所まで戻ったが、どうやら杞憂で終わったようだ。
荷車は壊されて積んであった熊肉はすべて食べられており、食料と水の確保の心配も出て来てしまったが、特異個体が腹を満たした事は多少なりとも優位に働く事だろう、俺達七人分の保存食がどれだけ腹を満たしたかは甚だ疑問だけれど、飢餓状態の獲物よりも多少は凶暴性などは減る事だろう。
荷車を横目に左右に広がって戦闘態勢を整えていると、大きく草むらが揺れて特異個体がゆっくりと姿を現した、まだ距離が有るために先ほどよりは脅威を感じないが、ゆらりゆらりと左右に振られる斧の形状をした尾にどうしても視線が移ってしまう。
地面を力強く握りしめながら足踏みをしているのは、勢いよく飛び掛かる準備なのだろうか、どうしても尾にばかり目が行ってしまうが、鋭い牙も爪も身体の重量も全部俺達を十分死に至らしめる脅威である事には変わりが無い。
特異個体と対峙して恐らく僅かな時間しか経っていない、そんな事は分かっていても身体中を巡る血が重く硬くなってしまったような、妙な身体の重さを体感し始めていた。
足踏みをしていながら少しづつ間合いを測られている事に気が付いた時にはすでに飛び掛かられた後だった。
「シリル」
俺と同じ前衛のブレンドンの叫び声が聞こえた、その瞬間まだ生きていると実感した、身体はどこも痛くない、興奮していて痛みに気付かないだけかもしれないが、それならば我に返る前に決着を付けるだけだ。
右、特異個体が左側に見えるという事は右に飛んで避けたのだろう。
薙ぎ払う尾が左回りだったから助かった様だ、尾が右回りだったらドンピシャで真っ二つになっていたかもしれない。
特異個体は俺の方を向いている、俺はベンとブレンドンの位置を素早く確認した。
どうやら特異個体の尾の脅威はベンに恐怖を植え付ける事に成功したらしい、ブレンドンは身体を低くして襲い来る尾の下を潜る体勢を取っている。
再び回転して来る尾の下を潜る事に成功したブレンドンは、一先ず脅威となりうる脚力を奪うために交差する脚部を狙って斬り込んだ。
どうしてそう思ったのかはわからない、今までの経験から生まれた言葉だったかもしれない、とにかく俺は叫びながら斬りかかった、
「頭だ」
ブレンドンにどれだけ真意が伝わったかはわからないが、妙に簡単に踏み込ませてくれた、と思っていたからかもしれない。
ブレンドンは斬り込んだ勢いそのままに前方へ転がり、かろうじて特異個体の頭部を避ける事が出来た。
当然斬りかかった俺には回転して来た尾が襲い掛かり、再び転がる事で難を逃れた。
役に立たない、仲間に対して使う言葉では無い事は重々承知している、だが特異個体はそう思っているに違いない、ベンはまだ脚が竦んだままだし、バーナードとロバートも前に出てくる気配がない。
ハンマーテールを虐殺した時も、抵抗する者とそうでは無い者が居たのだろう、群れのリーダーとそれに続く数体を倒した後は簡単な作業になった筈だ。
死体の数の割りに抵抗した時に出来るはずの地面の窪みが妙に少なく感じたのは、その所為だったのかもしれない。
そして本来なら俺とブレンドンで前後になり、挟み撃ちする予定だった筈なのに、今は肩を並べて特異個体と対峙している。
「これはやばいな」
ブレンドンが呟いた、その言葉は恐らく俺にしか聞こえていない。
ベンたちが聞いたらこの場から逃げ出してしまうかもしれない、失礼な話しだが俺はそう思ってしまった、俺はその言葉を聞いても同意をするだに留まった、やばい事は百も承知だ。
そして二回も手の内を見せた特異個体の攻略法が、俺の頭の中に朧気ながら浮かんで来た。
尾は俺の胴から上、頭はその下、一見すると隙が無い様にも見える、三角の角が覆い被さった特異個体の眼が不気味に光る、ブレンドンに目配せをして俺が右に歩くと、ブレンドンはそれを見て左に展開してくれた、再び特異個体が足踏みを始める、決着の時は近い。




