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第五話「工場長」前編


 シンとショウは拠点の最深部――

 厚い装甲扉の前に立っていた。

 通路の灯は赤みを帯び、低く唸る機械音が足元から響く。

 拠点全体が、まるでひとつの巨大な生命体のように呼吸していた。


 「ここが……工場長の部屋?」

 ショウが小さく呟く。

 シンは頷き、扉横の認証盤に手を当てた。

 機械音とともに、重い扉がゆっくりと開く。


 中は広い――だが、無機質な冷たさの中に奇妙な温かみがあった。

 壁一面には古いモニターが並び、無数の配線が天井を走っている。

 中央の作業台には、壊れかけた機械の部品や、人間の義肢のようなものが無造作に置かれていた。


 その奥に、一体の大型機体が座っていた。

 膝の上には古びた設計図。

 顔の半分は外装が剥がれ、内部の配線がむき出しになっている。

 しかし、その眼だけは静かに光っていた。


 「――入ってきなさい」


 低く、どこか懐かしい声。

 ショウが一歩、シンの背に隠れながら部屋に入る。

 シンが軽く敬礼した。


 「工場長、シン帰還しました。任務報告を――」


 「報告はあとでいい」

 工場長はゆっくりと立ち上がり、ショウを見つめた。

 その目に、一瞬だけ“驚き”の光が走る。


 「……まさか、生身の人間か」

 「はい。この子は“ショウ”と言います。森で保護しました」


 沈黙。

 工場長の視線が、ショウの全身をじっと追う。

 まるで、記憶の奥に何かを探しているように。


 「ショウ……というのか」

 「はい」

 「……そうか。いい名だ」

 「私の名は、”エドワード・サントス”このエクスペンタブルズ・ホームで工場長をしている。」


 エドワードはゆっくりと机の前に歩き、設計図を丸めた。


 「ここは、かつて人間だった機械たちの終着点だ。

 だが――お前が来たことで、少しだけ風向きが変わるかもしれんな」


 ショウは戸惑いながらも、その言葉を聞き逃さなかった。

 「風向き……?」

 「人間と機械。お前がその“境界”を越えた存在なのかもしれん」

 「……ぼくが?」


 エドワードは笑った。

 金属がきしむような、しかしどこか優しい音だった。


 「いずれわかる。だが今は休め。ここは安全だ――少なくとも、今のところはな」


 その言葉に、シンがわずかに表情を曇らせる。

 「“今のところ”……?」

 工場長は頷く。


 「外の状況が悪化している。機械軍の動きが急激に活発化しているのだ」


 「それは……僕たちを追ってきた部隊のことですか?」

 「いや、それだけではない。もっと大きな動きだ。

 “ゼウスシステム”が――再起動の兆候を見せている」


 室内の空気が一瞬で冷たくなった。

 シンの内部回路が微かに震える。

 「ゼウスシステムが……!? まさか……」


 ショウは二人の反応に戸惑い、シンを見上げた。

 「ゼウスシステムって……なに?」


 エドワードが答えた。

 「それは、我々人類を地獄に落とした“神の名を持つ呪い”だ」


 その声には、静かな怒りと、深い悲しみが宿っていた。



---


 ――同じ頃。

 暗闇の中で、ひときわ大きなモニターがぼんやりと光を放っていた。

 映し出されているのは、粗いノイズ混じりの映像。

 森の中を走る人機とその機体に抱えられる一つの人影、それを取り囲む赤い座標データ。


 「……見つけたぞ」

 低く響く声が、静まり返った司令室に落ちた。


 鉄の鎧を思わせる黒い装甲に身を包んだ機体――

 機械軍戦闘部隊"アレス"の部隊長 ベレムナイト。

 その眼は、冷たい光を放っている。


 隣の副官が恐る恐る報告した。

 「先行シた偵察ユニットの反応、コレが最後デす。GPSビーコンが“拠点”ノ内部に……」

 ベレムナイトはゆっくりとモニターに顔を近づける。

 光点が一点、確かに赤く瞬いていた。


 「拠点、か……」

 その声に含まれるのは、嘲りでも怒りでもない。

 冷え切った鉄そのものの無感情。


 「……まさか、あの“ガラクタ”がまだ動いているとはな」

 副官が息を呑む。

 「ゼウス開発チームの一員、エドワード・サントス……確か、」

 「そうだ。奴は“ゼウス”という残骸を知るひと握りの存在」


 ベレムナイトはゆっくりと立ち上がった。

 その背後で、数十体の戦闘機械たちが一斉に膝をつく。

 金属が軋み、床が振動する。


 「全ユニット、出撃準備」

 「目標――“消耗品どもの拠点”」


 天井の赤い警報灯が回り始めた。

 ベレムナイトはモニターに映る光点を見つめながら、低く呟いた。


 「我らの崇高なる計画の為に、あの“人間”を捕獲せよ、人機は残らず殲滅せよ」


 轟音とともに、格納庫の扉が開く。

 砂塵を巻き上げながら、アレス部隊の機体が一斉に立ち上がった。

 夜明けの空へ、赤い閃光がいくつも打ち上がる。


 ――戦端は、すでに開かれつつあった。



---

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