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19.



「痛っ!」



ネックレスに絡みついた髪が束ねる際に引っ掛かった。

ほとんどアクセサリーを身に付けた事がなかったので取扱いに慣れていない。けれど、ラキにお揃いで買って貰ったこのネックレスは特別だった。

彼に付けて貰ってから一度も外していない。



不在となってからは一日に何度も触ったり、眺めたりする時間が増える。

あの日のキスとネックレスを心の拠り所にしていたのだが、日に日に会いたい気持ちが大きく膨らみ抑えきれない。



寂しい…。



今頃、何をしているのか。

無事なのだろうか。

絡まった髪を綺麗に解くと軽くサファイアに触れて目を閉じる。

時々ラキを思って泣きたくなってしまう。

自分はこんなにも弱い人間だっただろうか? 

食堂係りになる前なんて離れいてた期間もあったのに。今では考えられない。



ラキが隣国へ渡ってから二か月が過ぎようとしていた。

当初難航しているようだったがエドガー様とラキの活躍もあり関係者をすべて制圧出来たと聞いている。事後処理を終えて両部隊の団員達もちらほら帰国しているのだが、二人の姿はまだない。



「偉い人達はやる事がたくさんあるのかなぁ…」



ラキには仕事の話を聞かないようにしていた。

事前に前回より長くなると聞いていたので彼を信じようと思うのだが、他の人達が戻って来たとたんに気持ちが落ち着かなくなってしまう。

_何で、ラキは帰って来ないのだろう? 

疑問が不安へと変わってくる。

早くラキの無事を確かめたい。顔を見て、声を聞いて、抱きしめたい。






「アイラちゃん、配達頼んじゃってごめんね。有難う」



「いいえ、お仕事お疲れ様です。頑張ってください」

軽く会釈をすると部屋を出て行く。



討伐から遠征組が戻って来たので、少し騎士団も忙しそうだ。

だいたいは変わりの団員の方が取りに来てくれるのだが、頼まれれば食堂係りも食事を運んだりしている。



食堂へと戻る道すがら辺りを見渡せば、やはり忙しなさを感じる。

渡り廊下へ出ると風がふわりと前髪をさらう。

それを手で押さえると、どこからか話し声が耳に届く。

どうやら廊下に隣接していた部屋の窓が開いており、そこから声がするようだ。

(盗み聞きになってしまうわね)

その場を素早く立ち去ろうとするが話の内容に足を止める。



「ラキ団長とエドガー様、いつ戻られるのかなぁ」



「なんでもアラドバハルの王女様がラキ団長に惚れちまって、結婚の話が出てるみたいだぜ! エドガー様は立ち合い人って所だろ」



「まじでか! それで戻って来ないのかぁ~。さすがラキ団長だな。強いだけじゃなくて顔立ちも整ってるからなぁ~」



「降嫁させるにしても平民じゃ問題あるからな。爵位を賜るって話だぜ?」



「へぇ~。 え? でも、そうするとラキ団長はアラドバハル国の人間になっちまうの?それってどう考えてもこの国の損害だよな? あの人抜けたら堪ったもんじゃない!! 誰も補えないっての」



「それも狙いなんだろうなぁ…。 なんか今回の討伐、隣国ばかりが良い思いしてないか?」



「胡散臭いなぁ…。 ってか、ラキ団長って食堂係りの幼馴染と仲良かったじゃん。ラキ団長の鉄壁のガードが無くなるって事は、俺も狙って良いって事? あの子、可愛んだよなぁ~!!」



「馬鹿! ふざけんなよ。俺も前から狙ってんだよ」



二人の話しはまだ続いていたが、アイラは途中から聞こえていなかった。

(ラキが隣国の王女様と結婚…? だから戻って来ないの?)

指先が冷えて目の前が真っ暗になる。



落ち着いて。

ラキは何て言った? 今まで私に嘘はついた事ない。

ラキは絶対戻るって言ってくれた。大丈夫。

でも、戻ってきて「隣国の王女様と結婚するんだ」なんて本人に言われたら?

あれ程、毎日願って会いたいと思っていたのに急にラキに会うのが怖くなった。

本人から聞いた話ではない。

大切な話は直に本人から聞くべきだ。

分かっているのに心が鉛の様に重くなりドロリと沈んだ。



****************************



「シイタさん、お忙しいのにごめんなさい」

「いいんだよ。アイラちゃんの為ならお安い御用さ」



ラキが居ない間は夜当番はやらないと決めていたのだが、騎士団が忙しいと食堂を利用する人数も増える。特に夕飯を食堂で取る人が居るのでアイラも残って手伝いをしていた。

夜まで仕事をする時は「シイタさんに必ず連絡を入れる事!」と約束をさせられていたが、今の忙しい状況を考えるとお願いするのは憚られた。

それにラキと近しい人との接触を避けたかったのだ。聞きたくない情報まで入って来るのが嫌だったから。



だが夕食を食べに来たシイタさんにあっさり見つかってしまって今に至る。



「私、一人でも帰れますよ? それに職場の男性が送ってくれるって…」



「いや、アイラちゃんに何かあったら困るからね。頼ってよ。それより、元気ないね。 ラキが心配?」



「あ、いや…。うん。 何で帰って来ないのか、気になっちゃって…」

やっぱりラキの話になってしまう。

何でもないように答えたつもりだが、上手く表情が作れなかった。



そんなアイラを見て、シイタは「ん~」と腕を組んで唸って悩んだようにした後

「ちょっと、話が長くなるからお店でも寄ってこっか」と明るく提案する。

他人に聞かれたらまずい話もあるから個室が取れる店に行きますが、疚しい気持ちはこれっぽっちも無く。ただ、ラキに知られたら殺されるから言わないで欲しいって言うか何て言うか…。とりあえず今日の事は秘密にして貰いたいので宜しくお願いします。とシイタに頭を下げられる。



「こちらこそ宜しくお願いします…?」

とりあえずぺこりと頭を下げる。道の真ん中で二人で向かい合って頭を下げて何をやっているのか。



シイタさんの案内で連れてこられたお店は、店内の明かりが抑えられたお洒落なお店だった。個室に入ると先に軽い食事と飲み物を頼んでチップを渡す。すると、後は呼ばない限り店員さんは来ないそうだ。よく騎士団でも利用するらしい。



「まずは俺が現場から直接報告を受けている現状を話そうかな」

長くなるからリラックスして食事でも取りながら聞いてよと進めてくれる。



「ラキは主犯の屋敷でアイラちゃんのお兄さんの名前を語って潜入捜査を行っていたんだよ。順調に執事見習いの仕事ばかり覚えちゃってさ、笑っちゃうよね。何しに行ってんだって話だよ。んで、やっと言い逃れが出来ない状況に追い込んで捕縛!って場面で人質を取られちゃってね。これはラキにとってかなり痛手だったな…。一人なら問題なく対処出来たんだろうけどね。運悪くメイドが人質になっちゃってね。 庇って腕を切られたんだけど…」



腕を切られたと聞いてアイラは息を飲み、口元を覆った。



「ま、傷はたいしたことないんだ。ただ、剣に毒が盛られていてね。しかも即効性で強い毒なんだけど」



毒と聞いて黙っていられず、つい口を挟んでしまう。

「ラキは!? ラキは大丈夫なんですか?」



青くなったアイラを宥めるようにシイタが頷き話を続ける。

「あぁ。大丈夫だよ。すぐにエドガー部隊が到着してその場を制圧してくれた。毒も隣国で流行っている毒を使用していたから現場にいた治療班が解毒剤を持ち合わせていたんだよ。すぐに処置をしたから、すでに回復に向かっている。安静にしていなければいけない状態には変わりないがきちんとした治療は受けられているよ」


そこまで聞いてやっと胸を撫で下ろす。

ラキが無事。それだけで気持ちが数倍軽くなった。

しかし、話を続けようとするシイタの口調が重くなる。続きが気になるので見つめているとシイタの顔に陰りがさす。



「ここからが戻れない理由なんだけど…」



あぁ、王女様の話か…。

状況を察した私も暗い気持ちになった。

下を向いていたシイタさんが悩む素振りから一転、一気に話出す。



「アラドバハルの王女様がラキを気に入ってしまって猛烈にアピールしまくってる。 ラキは平民だから隣国の姫を邪険に出来ない。 そこを持ってきて、変な噂が流れ始めたんだよ。出処は十中八九、ラキを取り込みたい隣国サイドが怪しいんだけどね。


【アルカレジの第四騎士団ラキ団長が王女様に見初められ二人は恋に落ちた。お二人は近々婚姻を結ばれる。 ラキ団長は婿として今後はアラドバハルの騎士となるだろう。 王女は降嫁となるが、ラキ団長は今回の功績により立派な爵位を与えられる】


隣国内でも本当のように語られてるからやっかいだ。全く余計な事をやってくれたよ〜。恩を仇で返すって、品性を疑うよな。だからアルカレジ国も身分の高い人間が居ないと噂が本当に成りかねないから高位貴族のエドガー様も一緒に残っていて対応してくれてるんだ。エドガー様は外見こそ天使の様に可愛らしいけど、本来はめちゃくちゃ好戦的で怖い人だからな。しかもアルバート様が側に居ないから…。アラドバハル国王もやっかいな人を敵に回したな…」



「あの、私もその話を聞きました…。ラキが王女様と結婚するって……」



「えっ!? なんでアイラちゃんが知ってんの?」

テーブルに両手をついて身を乗り出す。一番ラキがバレたくない相手だろう。



「その…、うっかり団員さん達の話を盗み聞きしてしまって。団員さん達も信じているようでした」



「…そっか。中途半端に伝わってると良くないな。一度、騎士団内にも違うから騙されんなって話しておくか…。外堀から埋めてく作戦なんだろうが、まんまと踊らされてるな」シイタは考える素振りを見せた後、グラスを手に取り喉を潤した。



ラキの結婚はまだ決まった話では無かった。しかし、状況が不利な事に変わりはない。

この先どうしたら良いのか…、と考えていると「すべてが嘘ではないけどね」とシイタが付け加えてきた。



「どういう意味ですか?」

眉間に皺を寄せて聞き返す。



「ラキはきっと国に戻っても爵位を貰えるよ。平民だからこそ、他国に奪われる可能性があるからね。国はラキに爵位を与えてアルカレジ国に縛り付けたいって思ったはずさ」

ま、アイラちゃんがこの国に居る限り、ラキはこの国を守って行くだろうけどね。とシイタは心の中で続ける。



だが、アイラ本人は違った。



知り合った時の幼い少年は立派に成長し、国を支える騎士団長にまでなった。彼は平民と言えどアイラとは明らかに身分が違う。それは出会った時からある見えない壁。

最初から彼は裕福な家庭の人で自分とは違った。

それを感じさせない付き合いをしてくれていたのはラキの優しさではないだろうか。

今でさえ騎士団長なんて立派な役職に就いている。

それなのに幼馴染と言うだけで自分はただの食堂係りだ。

立場が余りにも違い過ぎる。



今後、彼を幼馴染と言うだけで呼び捨てにしても良いのか?

寧ろ、声なんて掛けて良いのか…



ラキは真面目だ。だからあの時のキスにも意味があったはず。

だけどラキの事を思うなら、それを思い出に身を引いた方が良いのではないか…。

王女様の問題が解決したとしても、これからきっとラキは貴族のご令嬢とも出会う。自分が側にいては足を引っ張るのではないか…。

そんな事を考えたらじゅわりと涙が浮かぶ。



「えっと、急にしょんぼりしてどうしたのかな?」

何かを考え込むように黙ってしまったアイラを気遣い覗き込む。

する下を向いていた大きな瞳からぽろぽろと涙が零れた。



「えっ? どうしたの? 何で泣いてるの?」

急いで手元に合った布で涙を拭ってくれるが「あぁ! これ手拭きだった」と慌てる。

それが面白くて小さく笑う。



「ごめんなさい。 泣くつもりなんてなかったんだけど。 ……ラキが変わったわけじゃない、何も変わらないんだけど、…これから、周りは、きっとラキを放っておかない…。私とラキの住む世界が、より離れてしまうと思ったら…」

鞄からハンカチを取り出し目元を拭う。



この子は静かに泣くんだな。



「俺さ、アイラちゃん好きよ? 可愛いしね。でも一番好きなのはラキとアイラちゃんが一緒にいるのがいいのかな。二人セットが一番好きなんだよ。どんな時でもラキは変わらない。これからだって二人の住む世界は変わらないよ。それだけは信じてあげて」



「ふふ…。シイタさん、有難う」



お礼を言われると、くさい台詞を言ったかと照れて鼻の頭を指で擦る。

「アイラちゃんって長めのお休み取れる? ラキを向かえに行こうか」



ラキが安静を必要として戻れないのならこちらから向かえに行けば良いという提案。

休みは確認を取らなければならないがこの誘いを断るつもりは無かった。

どうしたって自分はラキを諦めるなんて出来ない。

私の人生からラキは切り離せない。ラキが好きだ。ラキの笑顔、ラキの声、ラキの仕草や口癖。ラキを作る構成全てが私には必要で愛おしい。

力強くなったアイラの瞳に、シイタは頷いた。







読んで下さって、有難うございました

あと、もう少し続きます。



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