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廃城の主を演じていたら、いつの間にか国ができていた  作者: オレンジペコ


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第7話 冠の印が保証するもの

 クラリッサ・ベルネットは、城門を見上げてから、脇へ積まれた鉄の塊へ目を向けた。


 曲がった砲身が6本。割れた車輪と、車軸。どれも昨夜、街道で聞いた話と合っている。


 それから、荷車に積んだ袋を数え直した。


 麦粉が8袋。塩が2樽。干し魚と油、それに釘。


 少なくとも、この城では売れる。


「商いに来ました。食料と、修繕に使う品を積んでいます」


 門番の兵が、荷台を覗いた。


「主人に聞いてくる。待っていてくれ」


「お値段の相談もありますので、私もお目通りを願えますか」


 兵が頷いて城へ入る。


 クラリッサは手袋を脱ぎ、爪の脇についた泥を拭った。袖口を折り返し、擦り切れた部分を内側へ隠す。


 今回の荷が売れなければ、馬車も手放すことになる。


 かつて街道沿いに3つの店を構えたベルネット商会で、残ったのはこの荷と馬車だけだった。


     ◇


 広間へ入ってきた女を見て、レナードは背を伸ばした。


 濃緑の上着。きちんと結ばれた髪。片腕には、革表紙の帳面を抱えている。


 商人だった。


 それも、薪を置いて代金を受け取るだけの商人ではない。玉座の前で帳面を開き、金について話をする種類の商人だ。


「クラリッサ・ベルネットと申します。お時間をいただき、ありがとうございます」


「レナードだ。座ってくれ」


 彼女は椅子へ腰掛け、紙を差し出した。


「品目と数量です。お代は、荷をご確認いただいてからで結構です」


 紙が宙を渡り、レナードの前へ下りる。


 クラリッサの視線が、ほんの一瞬だけ紙を追った。


 驚いたが、口には出さない。


 いい。実に、分かっている客だった。


 レナードは数字を見た。


 以前、町で買った時より高い。


 人が増えた城で必要な量を買った経験はないが、それでも麦粉の値段くらいは覚えていた。


「ずいぶん上がったな」


「領主様が軍のために買い集めました。今は、その軍から帰った人たちが、村で食べる分を探しています」


 傍らで帳面を持っていたエステルが顔を曇らせた。


「ここにも、家の麦を持っていかれたという人が……」


「城に食料があるという話も、広まっています。売ってもらえないかと、門まで来る人は増えるでしょう」


 レナードは紙から顔を上げた。


 昨日来た家族は、朝から井戸の周りを片づけている。その次に来た老夫婦は、荷車の隅に硬いパンを2つだけ持っていた。


 あれが、まだ増えるらしい。


「この荷は、全部買う。次も頼めるか」


 クラリッサは、すぐには頷かなかった。


「1度でしたら。ただ、こちらへ続けて荷を入れるとなると、先に確認したいことがあります」


「何だろう」


「私は、領主様の倉庫を使えません。街道の商人も、私へは掛けで売りません」


 帳面を持つ指が、少し強くなった。


「ベルネット商会の名を、領内の取引から外すよう通達されています」


     ◇


 父が生きていた頃の商会は、軍へも麦を納めていたという。


 だが、度重なる値下げと支払いの遅れを断り、取引をやめた。


 そのあと倉庫の検査が入り、街道を通る荷にだけ高い通行料が掛かり始めた。取引先が離れ、店を売り、父が亡くなったあとも借金が残った。


「最後の倉庫を売って、債務は返しました。今回の荷は、領外で現金を払って仕入れたものです」


 クラリッサは淡々と話した。


「こちらと取引をして、また同じことになるのでしたら、私には耐えられません」


 レナードは少し考えた。


 自分の城へ来る商人まで、横から口を出されるのか。


 それでは商人が来なくなる。


「ここへ運ぶ荷については、俺から話をする。誰かに止められたら知らせてくれ」


「それを、書面でいただけますか」


 クラリッサの返事は早かった。


「口約束では、門を守る兵も、道を塞ぐ役人も動きません。あなたの名で荷を入れる許しが欲しいのです」


 通行の許可証。


 レナードは、机の引き出しを開けた。


 ちょうど、使いたかったものがあった。


 3年前に作らせた、城の印章だ。


 彫金師から何に使うのかと聞かれ、手紙にと答えた。あれ以来、押した相手は薪屋しかいない。


「必要な文面を書いてくれ。読んで、署名する」


 クラリッサが紙を取り出した。


 隣でエステルがインクを寄せる。


 2人が言葉を確かめながら文を整える間、レナードは封蝋の箱を開いた。


 赤にするか、黒にするか。


 黒い外套に赤い封蝋。こちらの方が映えるだろう。


     ◇


 クラリッサは、乾いた署名を確かめた。


 廃城へ入る物資の調達を委ねること。領内で課される通行料については、城へ請求を回すこと。道中で不当に荷を奪われた場合には、城主へ訴えること。


 そこへ、赤い蝋が落ちた。


 印が押される。


 城門と、その上に重なる冠だった。


 クラリッサは顔を上げた。


 レナードは何事もなかったように、印章を箱へ戻している。


 領主を倒し、捕らえたまま、この印を使う。


 それが意味するものを、考えていないはずがなかった。


「……確かに、お預かりします」


 紙を曲げないよう、両手で受け取った。


 これを持って道を通る以上、自分もまた、この城と同じ側に立つ。


 クラリッサは一度息を吸い、帳面を開き直した。


「でしたら、仕入れ方を変えましょう。麦は町の仲買からではなく、東の水車場で買います。塩と油は同じ荷車に積めますので、運賃を抑えられます」


「頼む。品物を運ぶ時、家具も見てきてもらえるか」


「家具ですか?」


「椅子と寝台。部屋はあるのに、座る場所がなくなってきた」


 クラリッサは広間を見た。


 入口に立つ兵の後ろで、子供が1人、床に座って靴紐を結んでいる。廊下からは、食器を運ぶ音がした。


「新品でなければ、まとめて買える所があります」


「使えるなら構わない」


「では、食料と一緒に。ただ……」


 彼女は言葉を切った。


 仕入れには金が要る。


 今度の荷の代金だけでは、城で暮らす人数を何度も食べさせる分までは買えない。


 レナードが立ち上がった。


「先に、荷の代金を渡そう。次の分も」


     ◇


 小部屋の床へ、頑丈な箱が下ろされた。


 蓋が開く。


 金貨が詰まっていた。


 クラリッサは帳面を閉じた。


「……全て、こちらに?」


「ほかにもある。討伐の報酬を残しておいた」


 城を買うのにかなり使ったが、その後の3年間も仕事はしていた。いずれ客を迎えるなら、何かと金が要るだろうと思っていたのだ。


 ここで箱ごと差し出せば、王らしい。


 だが、仕入れに多すぎる額を渡すのも、相場を知らないと露見するかもしれない。


「どのくらい預ければいい?」


「必要な額だけ、お預かりします。受け取りと使途は、必ず帳面へ残します」


 クラリッサが顔を戻した。


 先ほどまでより、話す速さが増している。


「それと、門の外の鉄ですが。売却なさるご予定はありますか」


「曲がった砲か?」


「はい。砲としては使えなくても、あれだけあれば、鍛冶屋は買います。荷車の修繕にも、農具にも使えます」


 レナードは窓から門の脇を見た。


 置いたままだった。


 思い返すと、初めて来た商人が見るには、少し物騒だったかもしれない。


「売ってくれ。門の周りも空く」


「売り先を分けます。1軒では、あの量を買いきれませんから」


 クラリッサは帳面の新しい頁を開いた。


     ◇


 午後、門の外で鉄を量る音が響いた。


 クラリッサの呼んだ鍛冶屋が、曲がった砲身へ槌を当てて材質を確かめている。


 その脇を、買い取った麦粉の袋が運ばれていった。


 ニルスが袋を撫で、笑う。


「これなら、パンを増やせます」


 エステルは数を確かめ、兵たちと倉庫へ向かった。大工は荷車の車軸を見つけ、直せば使えると声を上げる。


 レナードは中庭の端へ立っていた。


 客が来た。


 城の印を押し、金を渡し、仕事を任せた。


 どれも、王なら日々やっていることなのだろう。


 クラリッサが、書面を革の筒へ収めて戻ってきた。


「明朝、仕入れに出ます。留守の間に必要な物が増えたら、こちらへ書き足してください」


「帰りも、ここへ?」


 尋ねると、彼女は少しだけ表情を緩めた。


「はい。私の商品を、名前も含めて買ってくださる方がいますので」


 レナードは頷いた。


 彼女は今度こそ、この城へ帰ってくる。


 城の外にまで自分の役に付き合ってくれる者ができたのだと思うと、思わず背筋が伸びた。


 その夕方、門番の机へ、クラリッサの手で1枚の紙が貼られた。


『食料、薬、生活用品を運ぶ商人は、こちらで荷を確認します。取引を希望する方はお申し出ください』


 それを最初に読んだのは、鍛冶屋の荷車についてきた、痩せた少年だった。


 少年は紙を見上げ、それから、開いた城門の奥を覗いた。

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