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廃城の主を演じていたら、いつの間にか国ができていた  作者: オレンジペコ


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第13話 王には、旗がいる

 朝食のあと、クラリッサが大きな布を抱えてきた。


「少し、卓をお借りしても?」


 エステルがカップを寄せる。広げられたのは、濃い青の旗だった。


 白い糸で城門が縫われ、その上に冠がある。


 レナードは、持ち上げかけたカップを戻した。


「城の印と揃えました。荷車につける小さいものもあります」


 クラリッサが脇の包みを開く。


 そちらにも、きちんと冠があった。


 レナードはエステルを見た。


 頼んでいたのは、荷の目印だったはずだ。それを、ここまで王らしく仕立ててくれた。


 毎日外套を着て椅子へ座っていれば、何がしたいかくらい分かるのだろう。


 分かったうえで、付き合ってくれている。


「この青は、君たちが?」


「はい。城の石にも合うと思って」


 エステルが答えた。


 ならば、こちらだけ照れるのは失礼だった。


 レナードは布の端を取り、縫われた冠へ目を落とした。


「いいな。掲げよう」


 喜びすぎず、当然用意されるべき物を認めるように告げる。


 王なら、このくらいだろう。


 内心では、すぐ塔へ上げてみたかった。


「街道から見える所がいい。来た者が迷わずに済む」


 クラリッサは頷いた。


 隣のエステルが、旗の皺を伸ばす。


 逃げ込んできた時、城には何の印もなかった。中に誰がいて、自分たちを迎えてくれるのかも分からなかった。


 次に来る人には、あれを見つけてほしい。


「塔の上なら、遠くからでも分かりますね」


「ああ。そこで頼む」


 レナードは落ち着いて返した。


 旗のある城。


 ようやく、外から見た時の姿も整ってきた。


     ◇


 昼前、塔へ旗が上がった。


 初めは布が竿へ巻きつき、冠が見えなかった。


 レナードは中庭から、そっと風を送った。


 青い布がほどける。白い城門が広がり、その上の冠まで日を受けた。


 思っていた以上によかった。


 兵たちが手を止めている。大工は金槌を下ろし、ニルスは粉のついた指を上衣で拭いた。


 ユーゴが兄の袖を引いた。


「俺たちの?」


「ああ。ここの旗だ」


 少年は、首が痛くなりそうなくらい見上げていた。


 レナードは、その姿を横目で見た。


 子供まで付き合ってくれるとは。


 こうして皆が揃って見上げていると、本当に何かが始まる日みたいだった。自分も何か言うべきかと思ったが、せっかくの眺めを邪魔したくなかった。


 そこへ、門番が駆け寄ってきた。


「城主様。街道で、こちらへ来る荷が止められています」


     ◇


 石橋の先で、幌馬車が道を塞がれていた。


 横づけされた荷車の脇に、武装した男が7人いる。


「ここを通るなら、通行料を払え」


 先頭の男が、荷台の袋を叩いた。


 御者は手綱を握ったまま首を振る。


「詰所では払った。クラリッサさんにも、ほかに払う物はないと聞いている」


「領主様の御命令だ」


「その領主様は、王都へ送られたんだろう」


 御者の襟が掴まれた。


「口の利き方を――」


 男の足が、地面を離れた。


 御者を掴んでいた指がほどける。


 宙へ持ち上げられた男は、両脚をばたつかせた。仲間が剣へ手を掛けるより早く、武器が鞘を抜けていく。


 7人分の剣と槍が、頭上へ並んだ。


「それは、うちへ来る荷だ」


 石橋を渡ってきたレナードが言った。


 隣にはベルトラムと、兵が2人。


 浮いている男が、青年と頭上の武器を交互に見た。


「し、知らなかった! 俺たちは道の警備を――」


「その旗が見えなかったか」


 レナードは荷台を指した。


 青地に、白い城門と冠。


 いい。今のはよかった。


 ただ通りかかった者として叱るのではない。自分の印を掲げた荷を止められた王として、静かに問う。


 今朝、旗を作ってもらったばかりで、この台詞を使えるとは思わなかった。


 だが、少し小さいかもしれない。


 次は一回り大きくしてもらおう。冠の部分は、もう少し目立ってもいい。


 男は、下を見た。


 足元には何もない。誰も触れていないのに、身体が浮いている。


 砲が曲がったという話を、昨日まで笑って聞いていた。


 その城の印が、荷台で揺れていた。


「……見えて、いました」


 絞り出すように答えた。


 レナードは男を地面へ下ろした。


 膝が崩れ、掌が泥へつく。


「なら、次から止めるな」


 ベルトラムが前へ出た。


「領主の命令だと言ったな。書状を出せ」


 男たちは、誰も動かなかった。


     ◇


 彼らは、領主のもとで街道警備をしていた兵だった。


 領主が捕らえられてから詰所を離れ、勝手に金や荷を取り上げていたという。


 ベルトラムが名を確かめ、仲間のいる場所を聞き出す。押収した武器を兵へ預け、男たちを城へ連れていくことになった。


 レナードは御者へ声を掛けた。


「怪我は?」


「ありません。荷も無事です」


「よかった。そのまま城へ運んでくれ」


 御者は荷台の旗へ目を向けた。


 出発前、クラリッサから渡された時には、検問へ見せる印くらいに思っていた。


 それを見た男たちが、今は武器を失って俯いている。


「外さず、つけておきます」


「ああ。見えやすい所へ頼む」


 レナードが頷くと、御者は旗を支える紐を結び直した。


     ◇


 帰り道、ベルトラムが尋ねた。


「同じことがあれば、こちらから兵を出してよろしいでしょうか」


「頼む。商人が来られなくなっては困る」


「どこまでを、守る範囲といたしますか」


 レナードは足を緩めた。


 城へ来る道だけでも、幾つかある。全部歩いて回るのは大変そうだった。


 だが、ここで「できるところまで」と返すのは、少し頼りない。


 振り返ると、荷台の旗が見えた。


 そうだ。せっかく、あれがある。


「あの印を掲げて来る者は、無事に門をくぐらせてくれ」


 ベルトラムが立ち止まった。


 レナードは振り向かず、そのまま歩いた。


 いい。これも、よかった。


 旗の意味を問われれば、いずれこんな答えをしたかった。用意してくれたエステルたちにも、いい報告ができる。


「承知しました」


 深い返事が背後から届く。


 レナードは頷いた。


 それから、少し気になった。


 旗をつけた馬車が、物凄く遠い所で止められたらどうするのだろう。


 配る相手は、クラリッサに任せよう。


 彼がそんなことを考えている間、ベルトラムは荷馬車を見ていた。


 城壁の内側だけではない。


 この印を頼りに来る者は、道中から守ると、レナードは告げた。


 人手も、馬も要る。商人が通る道を知り、異変を知らせる者も必要になる。


 ベルトラムは城へ戻ると、そのままクラリッサの部屋へ向かった。


     ◇


 夕方、レナードは中庭でエステルに呼び止められた。


「御者の方がお礼を。明日も荷を運んでくださるそうです」


「それは助かる」


「旗が見えた時、帰ってきたと思ったそうですよ」


 レナードは塔を見上げた。


 風が弱まり、布は少し垂れている。


 ほんの少しだけ風を送る。


 城門と冠が、もう一度広がった。


「……今、何かしました?」


 エステルがこちらを見た。


「少し」


 彼女が笑った。


「そんなに気に入ってくださるなら、作ってよかったです」


 レナードは旗を見たまま頷いた。


 やはり、分かっている。


 ここで何もしていない顔を続けても、仕方がなかった。


「この色を選んでくれたのは、嬉しかった」


 エステルは一瞬、返事を忘れたようだった。


 それから同じように塔を見上げる。


「座布団も、青でしたから。お好きなのかと思って」


 レナードは彼女へ顔を向けた。


 ただ王らしく見せるためだけに選んだのでは、なかったらしい。


「……ああ。好きだ」


 言うと、エステルは少し眩しそうに目を細めた。


 その向こうで、青い旗が風を受けていた。

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