↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
廃城の主を演じていたら、いつの間にか国ができていた  作者: オレンジペコ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/14

第11話 王都からの客

 王家の紋章を押した書状が、卓へ置かれた。


 レナードは、まず封蝋を見た。


 自分のものより大きい。紙を閉じる紐まで色が揃っている。使い込まれた紋章には、やはり独特の風格があった。


「王都から、査察官が参ります」


 ベルトラムの声に顔を上げる。


「5日後です。領主の拘束と交戦の経緯、それから城内の状況を確かめると」


 王都からの使者。


 レナードは肘掛けへ手を置いた。


 ついに、そこまで来た。


 城を訪れた商人や元軍人たちが、それぞれの役を引き受けてくれるだけでも十分嬉しかった。今度は、本物の王に仕える者を相手にできる。


 ならば、こちらも半端な城主役では迎えられない。


「分かった。迎える用意をしよう」


 すぐに日程を尋ね直したりせず、当然の訪問として受け止める。


 いい。出だしは悪くなかった。


 ベルトラムは一礼した。


 王家の査察と聞いても、レナードの態度は変わらない。


 彼はその落ち着きを頼りに、集めた証言の順番を頭の中で組み直した。


     ◇


 準備のため卓へ並んだのは、処刑命令書と証文、それに何冊もの帳面だった。


 ベルトラムが兵の証言を揃え、エステルは負傷者の治療記録を置く。クラリッサは、領主の徴収で荷を失った商人たちから預かった紙を分けていた。


「原本は城へ残します。その場で確かめていただき、持ち帰る分はこちらの写しを」


「証人も、別々に呼べるようにしておこう」


 2人の話を聞きながら、レナードは持ってきた布の見本を膝へ下ろした。


 広間へ敷くなら、深い赤がいいと思っていたのだが。


 皆の方が、ずっと準備を進めている。


「聞かれたことには、隠さず答えてくれ」


 3人が顔を向けた。


「俺に都合が悪くても構わない。あとで話が違うと分かる方が困る」


 実際、困る。


 舞台でも、相手が何を言うか分からなければ返しようがなかった。よかれと思って話を飾られた末に、知らない功績まで褒められては、どういう顔をすればいいのか。


 クラリッサが頷いた。


「承知しました。そのまま、お伝えします」


「頼む」


 レナードは落ち着いて返した。


 何を調べられても動じない。そのくらいの余裕は、王には必要だろう。


 ただし、夜に書き溜めた台詞の覚え書きは別だ。


 あれだけは、今夜のうちに寝室へ移しておこう。


     ◇


 5日後、王家の旗を掲げた馬車が坂を上ってきた。


 護衛の騎士は6人。従者が2人。


 先頭の馬車から下りたのは、灰色の髪を後ろへ撫でつけた男だった。


「王室監察官、アドリアン・フェルスと申します」


 門番が名を確かめる。


 すると、男が手を掛ける前に、重い門が開き始めた。


 アドリアンは足を止めたが、すぐに中庭へ進んだ。


 出迎えたベルトラムの顔を見る。


「あなたが、城主に仕えていると聞いた」


「はい」


「その経緯も、伺いたい」


 広間の扉まで開いた。


 奥には、黒い外套を着た青年が座っていた。


「レナード・アシュクロフト殿ですね」


「ああ。遠いところ、ご苦労だった」


 レナードは立ち上がらずに応じた。


 客の顔を確かめ、少しだけ顎を引く。


 王なら、このくらいで迎えるだろう。


 相手が畏まるのを待つ間も、入口へ身を乗り出したりはしない。


「陛下より、書状をお預かりしています」


 従者の差し出した封書を、ベルトラムが受け取った。


 レナードは目を通した。


 領主と代官の引き渡し。証拠の確認。関係者への聴取。


「必要な物は揃えてある。本人たちにも会ってくれ」


「王国の法による調査を、お受けになる。それでよろしいですか」


「話は聞く。確かめたいことがあれば、確かめてくれ」


 アドリアンは、僅かに間を置いた。


 調査は許す。だが、法に従うとは答えない。


 その違いを記憶してから、従者へ目を向けた。


 レナードは客用の椅子を示した。


「座ってもらって構わない」


「ありがとうございます」


 用意した位置へ、客が座る。


 遠すぎず、近すぎない。


 何度も動かして決めた甲斐があった。


     ◇


 アドリアンは、昼を過ぎても調べ続けた。


 兵の証言を聞いてから、命令書を読む。オスヴァルトとヘルマンには別々に会い、詰所から運ばれた帳簿も確かめた。


 ユーゴの兄へ話を聞く時には、弟を同席させるか、本人へ先に尋ねていた。


 エステルの治療記録には、日付と傷の場所を書き足してもらっている。


 レナードは、手際に感心していた。


 自分なら、もう何度も頷いて終えている。


 ただ、昼食はどうするのだろうか。


 厨房の鍋が気になり始めた頃、アドリアンが顔を上げた。


「城内を拝見したい」


「案内しよう」


 レナードは立ち上がった。


     ◇


 厨房の前には、焼けたパンが並んでいた。


 ユーゴが籠を運び、兄が受け取っている。


 王家の紋章を見た少年が足を止めた。兄がさりげなく、その前へ出る。


「仕事を続けてくれ。話は、先ほど聞いた」


 アドリアンが告げると、2人は頷いた。


 厨房ではニルスが窯の前に立っていた。


 治療のために上衣を留め直しており、その裏に縫われた隣国の軍の紋章が見えている。


 護衛の騎士が視線を留めた。


「その者は、敵国の兵では」


「今は、パンを焼いてもらっている」


 レナードが答えた。


 アドリアンはニルスへ尋ねた。


「名を聞こう」


「……ニルスです。捕虜として運ばれてきて、エステルさんに治療をしてもらいました」


「帰ることは考えているか」


 ニルスは窯へ目を向けた。


「帰りたいです。でも、今帰っても、また兵に取られるかもしれません。肩も、まだ」


 アドリアンは、その肩を見た。


「分かった。今の話も記録する」


 ニルスが小さく頭を下げる。


 その時、窯の中でパンが弾けた。


「あっ、すみません!」


 慌てて向き直った青年へ、査察官は道を空けた。


     ◇


 夕方、広間の卓には食事が置かれた。


 レナードが用意を頼んだのだ。


 こういう時、相手が申し出るまで待ってはいけない。王の客を、空腹のまま帰すわけにはいかなかった。


 アドリアンはパンを割り、ひと口食べた。


「厨房の青年が焼いたものですね」


「ああ」


「よい腕です」


 レナードは頷いた。


 客が自分の城の食事を褒めている。


 次は、葡萄酒も用意しておくべきだろうか。


「調べた限り、領主側の行いには重大な問題があります」


 アドリアンが言った。


「処刑命令と不当な拘束、徴収について、正式な審理を求めます。オスヴァルトとヘルマン、それから徴税官ロベールの身柄を、王都へ移す手配も進めたい」


 ベルトラムの肩から、僅かに力が抜けた。


 エステルが膝の上で手をほどく。


「移送の方法は、相談してくれ」


 レナードが答えると、アドリアンは頷いた。


「ただし、それと、この城の権限は別の話です」


 食器の音が止まった。


「人を拘束し、通行を許し、王家の裁可を待たずに領内の物資を動かしている。城の所有権だけでは認められません」


 レナードは卓の紙を見た。


 クラリッサへ渡した許可証の写しがある。


「陛下へ忠誠を誓い、正式な任命を受けていただければ、整理できる余地はあります」


 なるほど。


 臣下に迎えるという申し出だった。


 ここで与えられる地位を尋ね、条件を喜んでは、自分が演じたい王ではなくなる。


 レナードは背もたれへ身体を預けた。


「その場合、ここにいる者の扱いは、誰が決める?」


「王国の法と、陛下のご判断によります」


「俺が残っていいと言った者も?」


「例外にはできません」


 肘掛けへ手を戻す。


「なら、その任命は受けられない」


 アドリアンの手が止まった。


 レナードは、その反応を受け止めてから続けた。


「俺を頼って来た者を、あとから誰かの都合で追い出すつもりはない」


 いい。今のはよかった。


 王なら、こう答える。


 自分の城へ迎えた者を守るのに、よその王の許しを待つものか。


 相手を怒鳴らず、当然のこととして断る。背もたれから身を起こさなかったのも、余裕があってよかった。


 ベルトラムは、息を詰めていた。


 王家から地位を与えられる機会を、この人は退けた。


 自分たちを、引き渡さないために。


 アドリアンだけが、静かに口を開いた。


「そのお言葉は、陛下の権限が、この城には及ばないという意味にも取れます」


 わざわざ、確かめてくれるのか。


 ならば、ここで曖昧にしては申し訳ない。


「この城のことは、俺が決める」


 短く返し、茶を取った。


 いい。こちらも、よかった。


 理由を並べず、ひと言で告げる。そのあと、客の出方を気にせず茶を飲む。


 惜しいのは、カップが普段使いの物だったことだ。


 縁に描かれた小花は、こういう場面に少し可愛すぎる。次に町へ行ったら、もっと重みのある物を探そう。


 一方、アドリアンは青年の返答を繰り返していた。


 この城のことは、俺が決める。


 確認を重ねても、答えは変わらない。


 ここに座る青年は、自分と国王を対等に置いている。


「今の返答を、正確に」


 従者の筆が、紙を走った。

面白いと思っていただけましたら、ブックマーク・☆☆☆☆☆からの評価をいただけると嬉しいです!

感想も大歓迎です。執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。