第11話 王都からの客
王家の紋章を押した書状が、卓へ置かれた。
レナードは、まず封蝋を見た。
自分のものより大きい。紙を閉じる紐まで色が揃っている。使い込まれた紋章には、やはり独特の風格があった。
「王都から、査察官が参ります」
ベルトラムの声に顔を上げる。
「5日後です。領主の拘束と交戦の経緯、それから城内の状況を確かめると」
王都からの使者。
レナードは肘掛けへ手を置いた。
ついに、そこまで来た。
城を訪れた商人や元軍人たちが、それぞれの役を引き受けてくれるだけでも十分嬉しかった。今度は、本物の王に仕える者を相手にできる。
ならば、こちらも半端な城主役では迎えられない。
「分かった。迎える用意をしよう」
すぐに日程を尋ね直したりせず、当然の訪問として受け止める。
いい。出だしは悪くなかった。
ベルトラムは一礼した。
王家の査察と聞いても、レナードの態度は変わらない。
彼はその落ち着きを頼りに、集めた証言の順番を頭の中で組み直した。
◇
準備のため卓へ並んだのは、処刑命令書と証文、それに何冊もの帳面だった。
ベルトラムが兵の証言を揃え、エステルは負傷者の治療記録を置く。クラリッサは、領主の徴収で荷を失った商人たちから預かった紙を分けていた。
「原本は城へ残します。その場で確かめていただき、持ち帰る分はこちらの写しを」
「証人も、別々に呼べるようにしておこう」
2人の話を聞きながら、レナードは持ってきた布の見本を膝へ下ろした。
広間へ敷くなら、深い赤がいいと思っていたのだが。
皆の方が、ずっと準備を進めている。
「聞かれたことには、隠さず答えてくれ」
3人が顔を向けた。
「俺に都合が悪くても構わない。あとで話が違うと分かる方が困る」
実際、困る。
舞台でも、相手が何を言うか分からなければ返しようがなかった。よかれと思って話を飾られた末に、知らない功績まで褒められては、どういう顔をすればいいのか。
クラリッサが頷いた。
「承知しました。そのまま、お伝えします」
「頼む」
レナードは落ち着いて返した。
何を調べられても動じない。そのくらいの余裕は、王には必要だろう。
ただし、夜に書き溜めた台詞の覚え書きは別だ。
あれだけは、今夜のうちに寝室へ移しておこう。
◇
5日後、王家の旗を掲げた馬車が坂を上ってきた。
護衛の騎士は6人。従者が2人。
先頭の馬車から下りたのは、灰色の髪を後ろへ撫でつけた男だった。
「王室監察官、アドリアン・フェルスと申します」
門番が名を確かめる。
すると、男が手を掛ける前に、重い門が開き始めた。
アドリアンは足を止めたが、すぐに中庭へ進んだ。
出迎えたベルトラムの顔を見る。
「あなたが、城主に仕えていると聞いた」
「はい」
「その経緯も、伺いたい」
広間の扉まで開いた。
奥には、黒い外套を着た青年が座っていた。
「レナード・アシュクロフト殿ですね」
「ああ。遠いところ、ご苦労だった」
レナードは立ち上がらずに応じた。
客の顔を確かめ、少しだけ顎を引く。
王なら、このくらいで迎えるだろう。
相手が畏まるのを待つ間も、入口へ身を乗り出したりはしない。
「陛下より、書状をお預かりしています」
従者の差し出した封書を、ベルトラムが受け取った。
レナードは目を通した。
領主と代官の引き渡し。証拠の確認。関係者への聴取。
「必要な物は揃えてある。本人たちにも会ってくれ」
「王国の法による調査を、お受けになる。それでよろしいですか」
「話は聞く。確かめたいことがあれば、確かめてくれ」
アドリアンは、僅かに間を置いた。
調査は許す。だが、法に従うとは答えない。
その違いを記憶してから、従者へ目を向けた。
レナードは客用の椅子を示した。
「座ってもらって構わない」
「ありがとうございます」
用意した位置へ、客が座る。
遠すぎず、近すぎない。
何度も動かして決めた甲斐があった。
◇
アドリアンは、昼を過ぎても調べ続けた。
兵の証言を聞いてから、命令書を読む。オスヴァルトとヘルマンには別々に会い、詰所から運ばれた帳簿も確かめた。
ユーゴの兄へ話を聞く時には、弟を同席させるか、本人へ先に尋ねていた。
エステルの治療記録には、日付と傷の場所を書き足してもらっている。
レナードは、手際に感心していた。
自分なら、もう何度も頷いて終えている。
ただ、昼食はどうするのだろうか。
厨房の鍋が気になり始めた頃、アドリアンが顔を上げた。
「城内を拝見したい」
「案内しよう」
レナードは立ち上がった。
◇
厨房の前には、焼けたパンが並んでいた。
ユーゴが籠を運び、兄が受け取っている。
王家の紋章を見た少年が足を止めた。兄がさりげなく、その前へ出る。
「仕事を続けてくれ。話は、先ほど聞いた」
アドリアンが告げると、2人は頷いた。
厨房ではニルスが窯の前に立っていた。
治療のために上衣を留め直しており、その裏に縫われた隣国の軍の紋章が見えている。
護衛の騎士が視線を留めた。
「その者は、敵国の兵では」
「今は、パンを焼いてもらっている」
レナードが答えた。
アドリアンはニルスへ尋ねた。
「名を聞こう」
「……ニルスです。捕虜として運ばれてきて、エステルさんに治療をしてもらいました」
「帰ることは考えているか」
ニルスは窯へ目を向けた。
「帰りたいです。でも、今帰っても、また兵に取られるかもしれません。肩も、まだ」
アドリアンは、その肩を見た。
「分かった。今の話も記録する」
ニルスが小さく頭を下げる。
その時、窯の中でパンが弾けた。
「あっ、すみません!」
慌てて向き直った青年へ、査察官は道を空けた。
◇
夕方、広間の卓には食事が置かれた。
レナードが用意を頼んだのだ。
こういう時、相手が申し出るまで待ってはいけない。王の客を、空腹のまま帰すわけにはいかなかった。
アドリアンはパンを割り、ひと口食べた。
「厨房の青年が焼いたものですね」
「ああ」
「よい腕です」
レナードは頷いた。
客が自分の城の食事を褒めている。
次は、葡萄酒も用意しておくべきだろうか。
「調べた限り、領主側の行いには重大な問題があります」
アドリアンが言った。
「処刑命令と不当な拘束、徴収について、正式な審理を求めます。オスヴァルトとヘルマン、それから徴税官ロベールの身柄を、王都へ移す手配も進めたい」
ベルトラムの肩から、僅かに力が抜けた。
エステルが膝の上で手をほどく。
「移送の方法は、相談してくれ」
レナードが答えると、アドリアンは頷いた。
「ただし、それと、この城の権限は別の話です」
食器の音が止まった。
「人を拘束し、通行を許し、王家の裁可を待たずに領内の物資を動かしている。城の所有権だけでは認められません」
レナードは卓の紙を見た。
クラリッサへ渡した許可証の写しがある。
「陛下へ忠誠を誓い、正式な任命を受けていただければ、整理できる余地はあります」
なるほど。
臣下に迎えるという申し出だった。
ここで与えられる地位を尋ね、条件を喜んでは、自分が演じたい王ではなくなる。
レナードは背もたれへ身体を預けた。
「その場合、ここにいる者の扱いは、誰が決める?」
「王国の法と、陛下のご判断によります」
「俺が残っていいと言った者も?」
「例外にはできません」
肘掛けへ手を戻す。
「なら、その任命は受けられない」
アドリアンの手が止まった。
レナードは、その反応を受け止めてから続けた。
「俺を頼って来た者を、あとから誰かの都合で追い出すつもりはない」
いい。今のはよかった。
王なら、こう答える。
自分の城へ迎えた者を守るのに、よその王の許しを待つものか。
相手を怒鳴らず、当然のこととして断る。背もたれから身を起こさなかったのも、余裕があってよかった。
ベルトラムは、息を詰めていた。
王家から地位を与えられる機会を、この人は退けた。
自分たちを、引き渡さないために。
アドリアンだけが、静かに口を開いた。
「そのお言葉は、陛下の権限が、この城には及ばないという意味にも取れます」
わざわざ、確かめてくれるのか。
ならば、ここで曖昧にしては申し訳ない。
「この城のことは、俺が決める」
短く返し、茶を取った。
いい。こちらも、よかった。
理由を並べず、ひと言で告げる。そのあと、客の出方を気にせず茶を飲む。
惜しいのは、カップが普段使いの物だったことだ。
縁に描かれた小花は、こういう場面に少し可愛すぎる。次に町へ行ったら、もっと重みのある物を探そう。
一方、アドリアンは青年の返答を繰り返していた。
この城のことは、俺が決める。
確認を重ねても、答えは変わらない。
ここに座る青年は、自分と国王を対等に置いている。
「今の返答を、正確に」
従者の筆が、紙を走った。
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