↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/8

08元祖国の人たちは今

「お肉だー! ドラゴンの丸焼きだぞー!」


「こっちにはエルフの秘酒があるぞ!」


 参列しているのはスーツを着たオーク、ドレスアップしたサキュバス、人間の移住者や冒険者たち。種族の壁を超えて、みんなが肩を組んで笑い合っている中心で忙しく走り回っているのは。


「オードブル追加! 飲み物空いてる方いませんかー!」


 元勇者、現ホールチーフのミクルだ。今日、正装のタキシードを着て完璧な給仕をこなしている。聖剣の代わりにトレイを持ち、動きは全盛期の戦闘時よりもキレがあった。


「ミクル。少しは休め」


「いやっ、今日はマクレラさんの晴れ舞台っすから! 完璧に回します!」


 ミクルはキラキラした目で答えた……まあ、あとでケーキを一番多く食べる権利を約束しているからなんだけど。二人がバルコニーに現れると、地鳴りのような歓声が上がった。


「魔王様ー! マクレラ様ー!」


「おめでとうー!!」


 フィルストは照れくさそうに堂々と手を振った。神父役の長老ドラゴンの前で永遠の愛を誓い、指輪の交換。誓いのキス。空に五色の魔法花火が打ち上がった。


「メインイベントといきます」


 合図をするとファンファーレが鳴り響いた。運ばれてきたのは最高傑作。


 七色フルーツと天使のクリームの摩天楼ウェディングケーキ。高さは三メートル。十段重ねのタワー。スポンジには食べると幸せな気分になるハッピ麦を使用。

 クリームは雲の上でしか採れないエンジェル・ミルクを極限までホイップした、口溶けゼロ秒の奇跡のクリーム。各段には、宝石のように輝く魔界のフルーツが散りばめられている。


「うおおおっ……! 神々しい……!」


 ミクルが拝んでいる。


「フィルスト様、一緒に」


「ああ」


 大きなナイフを握り、ケーキに入刀した。ナイフが吸い込まれるように入っていく。柔らかい。どこまでも柔らかい。


「皆様へ幸せのお裾分けです」


 切り分けられたケーキが、次々と客席へ運ばれていく。一口食べた瞬間、会場の空気が変わった。


「っ!!」


 全員が目を見開き、一斉にとろけた顔になった。


「あま~い……!」


「なんだこれ、口の中で消えた!?」


「フルーティーな酸味と、クリームのコクがダンスしてる!」


 強面のオークが泣き出し、気難しいエルフが踊り出した。これぞ、食による世界平和。隣でフィルストも一口食べて、ふわりと微笑んだ。


「……世界一美味しいよマクレラ。君と結婚できて本当によかった」


「私もですフィルスト様」


 *


 魔王城が幸福の絶頂にある頃.遠く離れた元祖国、アルカディア王国の片隅にあるボロアパートの一室。


「……寒い」


 元王子のジェラールは薄い毛布にくるまって震えていた。王位継承権を剥奪され、今は日雇いの荷運びで食いつないでいる今日の夕飯は昨日パン屋からもらったパンの耳だけ。


「お兄様、お腹空いたぁ……なんか美味しいものないの?」


 隣には薄汚れた服を着た元聖女リスボンが転がっている。可愛らしい容姿は見る影もなく髪はボサボサ、肌はガサガサ。


「うるさいな! 俺だって腹が減ってるんだ!」


 二人はギスギスと睨み合っていると、窓の外から通りすがりの商人たちの噂話が聞こえてきた。


『いやぁ、聞いたか? 魔王領の結婚式』


『ああ! 凄かったらしいな。空からお菓子が降ってきて参加者全員に金貨が配られたとか』


『花嫁のマクレラ様が作ったケーキが絶品で、一口食べれば寿命が延びるって話だぜ』


『逃がした魚は大きかったなぁ、この国も』


 会話を聞いた瞬間、ジェラールとリスボンの動きが止まった。ケーキ。金貨。寿命が延びる。自分たちが捨てた姉が。


 無能と罵って追い出した女が。今、世界で一番幸せで豊かな生活を送っている。

 それに比べて自分たちはどうだ。パンの耳を奪い合い、寒さに震え、誰からも見向きもされない。


「あ……あぁ……うあ」


 ジェラールは膝から崩れ落ちた。後悔なんて言葉では足りない。あの時、マクレラの手を取っていれば。彼女を大切にしていれば今頃、甘いケーキを食べていたのは俺だったかもしれないのに。


「ずるい……ずるいよぉ……!」


 リスボンが泣き叫ぶ声に答える者は誰もいない惨めな生活は、これからもずっと続いていくのだ。


 *


「ふふ、くしゃみが出そう」


 バルコニーで夜風に当たっていた私は、小さく鼻をすすった。誰かが噂でもしているのか。まあ、どうでもいいけれど。


「寒くないかマクレラ」


 フィルストが背後から優しくマントを掛けてくれたら、そのまま後ろから抱きしめられる。心も温かくなり、目がとろんとなった。ここに来てよかったとしみじみ思う。


「温かい」


「……愛している。これからもずっと、傍に」


「美味しいご飯を、死ぬまで作ってあげます」


 月明かりの下、二度目のキスをした。下からは宴会の騒ぎ声が聞こえる「ミクル! ケーキ食べ過ぎだぞ!」という声も聞こえる。聖女の肩書きなんていらない。魔王の妻として、カフェ店主として生きていく。


 皆様ももし、お腹が空いたら魔王城へいらしてください。


 とびきりの笑顔と絶品のまかない飯を用意してお待ちしています!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。