07結婚式
厨房でガッツポーズをした時、ホールを忙しく走り回る金髪の青年に王子が気づいた。
「ん? あの後ろ姿……まさか、ミクルか!?」
王子が立ち上がる。ミクルはちょうど、隣のテーブルのミノタウロス客から「兄ちゃん、いい働きっぷりだ!」とチップと珍しい木の実を貰って、笑顔で挨拶しているところだった。
「ミクル無事だったか」
王子がミクルに駆け寄り、肩を掴んだ。
「へ? ……あ、ジェラール殿下?」
ミクルは手にお盆を持ったままキョトンとした。
「よかった、生きていたんだな! 今すぐ剣を取れ! 一緒に巣窟から脱出するぞ!」
王子はドラマチックに叫んだ。周りの客の魔物たちが、ハンバーグを食べる手を止めて注目する。しかし、ミクルの反応は薄い。
「え、嫌ですけど」
「は?」
ミクルは真顔で即答した。
「いや、今ランチのピークなんで。抜けると店長に迷惑かかるし」
「なっ、何を言っている! 貴様魔王に洗脳されているのか!? 魅了の魔法か!?」
王子が喚き散らすがミクルは呆れたようにため息をつき、自分の食べていたまかない丼、牛丼の空き容器を指さした。
「洗脳じゃないっすよ。ここの飯が美味すぎるんです」
「……はい?」
「王城のパンは石みたいに固かったけど、ここの米はツヤツヤなんで。それに、働いたら働いた分だけデザートまで食える……もう国には帰りません」
ミクルの言葉はあまりにも重かった。ブラック企業王国からホワイト企業魔王城へ転職した者の、揺るぎない決意。
「そ、そんな……勇者が飯で買収された?」
「騒がしいですね、お客様」
あちらにはこれ以上営業妨害はさせないとエプロンを外し、堂々とホールへ出て行った。
「は、マク、レラ!?」
リスボンが素っ頓狂な声を上げた。
「なんでお姉様がここにいるの! 魔王の召使いにでもなっていたの?」
「店のオーナー兼、メインシェフ」
胸を張って答えた。
「なっ……! じゃあ、美味いハンバーグを作ったのも……貴様なのか!?」
王子が信じられないという顔で私とハンバーグを交互に見る。
「無能と言って追い出した私が作りましたけど?お口に合いました?」
「くっ……ぐ!」
王子は悔しそうに顔を歪めたが、皿はピカピカに完食されている。否定のしようがない。
「調子に乗らないで!」
リスボンが金切り声を上げた。
「どうせ魔王をたぶらかしたんでしょ! 私が聖女の力で店ごと浄化して……!」
リスボンが杖を振り上げようとした。
ドォォォォン……!店内の空気が、一瞬で凍りついた。奥のVIP席から、漆黒のオーラを纏ったフィルストがゆっくりと立ち上がったのだ。
「……私の店で私の婚約者に、何をするつもりだ。答えろ」
魔王の覇気だけで、王子とリスボンは腰を抜かしてへたり込んだ。周りの客たち、ドラゴンやオークたちも立ち上がりグルルと喉を鳴らす。
「俺たちの飯処を荒らすんじゃねぇ!」
「マクレラちゃんの料理が食えなくなったらどうすんだ!」
魔物たちの殺気に王子たちは真っ青になった。
「ひ、ひぃぃッ!! ごめんなさい!!」
「勘定は置いていけ。……二度と来るな」
フィルスト様の一喝に王子とリスボンは財布の中身をすべてテーブルにぶちまけ、這うようにして逃げ出した。
「お、覚えてろよぉーッ!」
という捨て台詞が虚しく遠ざかっていった。
「あーあ、行った」
嵐が去った店内で散らばったコインを拾い集めた。結構な額だし、新しい調理器具が買えるかもしれない。
「まったく迷惑な連中だ」
フィルストがやれやれと肩をすくめる。
「ふふ!だが、ミクルの働きぶりは見事だったな。洗脳のくだりは笑いそうになった」
「いやぁ、ま、本心ですから」
ミクルが皿を片付けながら笑う。
「俺ここで骨を埋めます。店長! このあと新作の試食会あるって本当ですか?」
「ありますよ。とろける濃厚マンゴープリン」
「やったーッ!!」
勇者が飛び跳ねて喜ぶ。平和だ。なんて平和なんだろう。魔王城カフェモフモフ亭。勇者が剣を捨て。王子が敗走し、魔王が微笑む世界で一番美味しい場所。
私は厨房に戻り、次の注文のためにフライパンを握った。後半戦も頑張ろう。
『元聖女と魔王様の結婚式。特製祝福のジャンボ・ウェディングケーキが凄すぎて、参列した勇者が泣き、遠くの元祖国では元婚約者が地団駄踏んでます』
その日は、魔王領にとって歴史的な一日。空は突き抜けるような青。世界樹の葉がキラキラと輝き、風の精霊が祝福の歌を運んでいる。
今日はマクレラと魔王フィルストの結婚式。
「……マクレラ。変じゃないか? 角のツヤは足りているか? マントが曲がっていないか?」
控室では普段冷静なフィルストが、生まれたての子鹿のように震えていた。鏡の前を行ったり来たりして、もう十回も同じことを聞いている。
「大丈夫ですよフィルスト様。今日も宇宙一かっこいいです」
笑って手を握った。手は氷のように冷たくなっていたが触れるとじんわりと温かさが戻っていく。
「ふぅ……君がいると落ち着く魔王ともあろう者が情けない限り」
「いいえ。それだけ真剣に考えてくれているってことですから嬉しいです」
今日の日のために仕立てた純白のドレスを纏っているし、生地は妖精の絹で織られ、歩くたびに光の粒子が舞う特別製だ。
「行きましょう。みんな待ってますよ」
式場となった中庭はカオスかつピースフルな光景が広がっていた。




