03国と家族を捨てるのかと責められても
そんなわけがないというのに。
「……やれやれ」
溜息をつき、魔法拡声器を使って答えた。
「お断りします」
声は谷間に響き渡る。
「なっ……な!? 国を見捨てるのか!? 家族を見捨てるのか!?」
「はぁ?見捨てたのはそちらでしょう? それに私は今はとっても忙しいんです」
隣にいる腕にギュッと抱きついたらフィルストは一瞬ビクッとしたが、すぐに話を合わせて優しく微笑んでくれた。
「そうだな。マクレラはここの子供たち(魔物)の世話で忙しい。君たちのような言葉の通じない人間を相手にしている暇はないんだ」
「ま、魔王……なんでここに!?」
ニラール王子たちは青ざめた。魔王の放つ威圧感は森の魔物とは桁が違う。
「それにねリスボン」
ニッコリと笑って告げていく。
「魔物たちは心が綺麗な人の言うことしか聞かない。あなたみたいに表面だけキラキラして中身が腐っている人間には一生懐かない」
「なっ……ななな! なんですってぇ!?」
「お帰りくださ〜い。あ、それと。森のルッチチたちが王都に向かっているようだから、早く逃げたほうがいいですよ〜? 彼ら、一度怒るとしつこいですから〜」
危機的な言葉を合図にするかのように、森の方角から地響きが聞こえてきた。無数の魔物の咆哮だ。
「ヒィッ、逃げろ! 撤退だ!撤退!」
ニラール王子たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ帰っていった。二度とここには来ないだろう。
その後、王国はどうなったか。
魔物の大群、ルッチチたちが王都になだれ込んだから食料庫を食い尽くしたらしい。幸い、人間は不味いから食べちゃダメと躾けていたので死人は出なかったが、城は半壊。
食料とプライドを失った王国は近隣諸国に借金をし、見る影もなく衰退したそうな。
実妹リスボンは役立たずの聖女としてニラール王子に見捨てられ、王子自身も責任を問われて廃位されたと聞く。今は二人で辺境の村で畑を耕しているらしい。まあ、土に触れるのはいいことだ。少しは動物の気持ちもわかるようになるかもしれない。
そして。
「マクレラ、こっちのドラゴンの歯磨きが終わったよ」
「ありがとうございますフィルスト様! じゃあ次はケルベロスの散歩に行きましょう」
魔王城は今や魔物と共存する楽園となっていた。噂を聞きつけた魔物たちが各地から集まり、賑やかな王国ができている。人間たちもあそこに行けば安全だと移住してくる者が増えた。
「……マクレラ」
「はい?」
夕日が沈むテラスでフィルストが顔を覗き込んだ。
「君が来てくれて本当によかった……君は本当の聖女だ」
「よしてください。ただの飼育員です」
「なら、専属飼育員になってくれないか? 一生君に飼いならされていたいんだが」
フィルストは顔を赤らめて不器用なプロポーズをしてくれたことに驚いたけれど、すぐに胸がいっぱいになって頷いた。
「ふふ、手のかかる魔王ですね……いいですよ。覚悟してくださいね?」
彼にキスをしたら、足元ではたくさんの魔物たちが祝福するように遠吠えを上げた。
汚いと捨てられたものの、ここで誰よりも愛されて幸せに暮らしている。ざまぁみろ、なんて言うつもりはない。
だって、あっちのことなんてどうでもいいくらい、最高に忙しくて楽しい毎日を送っているのだから。
祖国を捨て、魔王フィルスト様の元へ嫁いで──まだ婚約中だが──から半年が過ぎた。魔王領は人間と魔物が共存する珍しい国として発展しつつある。
「マクレラ様、また人間界からの移住希望者が増えましたぞ」
「グルル……(俺様の背中の毛を毟りに来るチビッ子も増えたんだ)」
執事のゴブリンと、護衛役のブラックフェンリル(ルッチチ)が同時に報告してくる。嬉しい悲鳴だが問題もあった。
人間と魔物、お互いにまだ少し警戒心がある。気軽に交流できる場所が欲しい。
「カフェを開こう」
前世の記憶。動物園の飼育員になる前、少しだけカフェのキッチンでバイトしていたことがある。それに、ここにはまだ知られていない絶品食材が山ほどあるので。
「カフェ? 茶を飲む場所か?」
執務室で書類と格闘していたフィルストが顔を上げた。
「はい。美味しいご飯ともふもふな魔物たちと触れ合える癒やしの空間です。名付けて、うーん、モフモフ亭?」
「ふむ。君がやるなら大歓迎だが……食材はどうするんだ? 人間界のものは輸送コストがかかるぞ」
「大丈夫です。食材は彼らが採ってきてくれますから」
窓の外を指さした。庭ではグリフォンが巨大な魚を咥え、キラービー(巨大蜂)たちが黄金色の蜂蜜を運んできている。
「魔界の食材は見た目がアレですけど、味は最高なんです。証明してみせます」
こうして、魔王城の空き区画を改装したカフェ作りが始まった。
オープン初日。店の外には噂を聞きつけた人間たちと、暇を持て余した魔物たちが行列を作っていた。店内は木の温もりを感じるデザイン。
椅子にはスライム製のクッション。ひんやりして気持ちいい素材が置かれ、隅っこではベビーケルベロスが看板犬としてお昼寝している。




