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第78話
庭園は花々で満ちていた。白薔薇のアーチ。整えられた芝生。
中央には小さな噴水があり、木漏れ日が水面に揺れている。水の音は瞑想的で、庭園全体に静けさと活気の奇妙なバランスをもたらしていた。
私はソフィアの手を握りながら歩いていた。手は本当に小さく、柔らかく、私の掌の中に完全に収まる大きさだ。
絶対に二人きりにはならない。それが今日の目標。それが唯一の防衛線。
「この庭は本当に美しいな」
アレクシスが穏やかに言う。
「庭師たちが頑張っていますので」
私は自動応答機械のように返答する。
「リリアナも好きなのか?」
その問いは、表面的には無害に見えたものの、私は警戒する。リリアナの好みを探ろうとする意図を感じたのだ。油断ならない!
「見るのは」
掘ると古代結界が起動するので。庭いじりは禁止である。
そう答える自分の声は、完全に棒読みだった。
するとソフィアが楽しそうに花を指差した。
「お姉様! お花きれー!」
「ええ、綺麗ね」
平和。素晴らしい。このままソフィア中心で会話を回せば勝ち——。やはり妹ソフィアを連れてきて正解だった。危険なシナリオわ回避できそうだ。うんうん、いいぞソフィア!
「リリアナ」
アレクシスが真面目な声を出した。嫌な予感。今の一言が発せられた瞬間、空気が変わった。それまでの穏やかな散歩の雰囲気が、一転して切迫したものへと変わる。
「君はいつも、僕と距離を置こうとする」
「そんなことはないですよ。気のせいです」
「あるよ」
断言された。ソフィアがきょとんとしている。
彼女にはこの会話が、何を意味しているのか理解できていないようだ。それは幸いなことだ。
「本当は、僕をどう思っているんだ?」
核心きたぁぁぁぁ!?
私は内心で絶叫した。地獄の悲鳴だった。防波堤として選んだソフィアがいるというのに、アレクシスは直球を投げてきた。ゲームの攻略対象は時に、プレイヤーの予想外の行動を取る。それが恋愛ゲームの恐ろしいところだ。
まずい。恋愛イベントだ。ここで変な答えをすると危険。
もしかしたら破滅フラグかもしれない。
このゲームにおいて、破滅フラグの発動条件は不明確だ。時には嘘が致命傷になり、時には真実が首を絞める。
なので私は即座に、ソフィアを前へ押し出した。
「ソフィア、一緒にお花見しましょうね」
「うん!」
そして私は、にこやかに微笑む。笑み方は、母親らしく、心優しい女性のそれだ。
「私は、ソフィアのような純粋で愛らしい存在が、健やかに育つ世界であれば、それだけで満足です」
つまり。あなたには興味ないので妹と遊んでください。そういう意味である。回避だ。逃げだ。しかし。
「お姉様、大好きー!」
ソフィアが私の腰へ抱きついた。可愛い。天使。罪深い存在よ。するとアレクシスが、完全に固まった。
「なっ」
あれっ、どうしたの。顔がすごい。なにかな、感動してるの?
嘘でしょ。
彼の表情は複雑に変わった。最初の驚きから、理解へ。そして何か重要なものを発見したような光が瞳に灯った。
「君は」
アレクシスが低く呟く。敬意と感嘆が込められている。
「僕との色恋などではなく、この国の未来を考えていたのか」
違う。そう反論したかったが、声が出ない。
「次の世代を担う子供たちが平和に暮らせる世界を願うなど」
違うってば、なんでそう思うのだ!
「リリアナ、君はなんて高潔なんだ」
違うのぉぉぉ!
私はただ妹を盾にしただけ!
恋愛ゲームの法則に従って、ピンチを回避しただけ!
それなのにアレクシスは、まるで聖女を見るような目をしていた。
怖い。目の輝きは、恋愛ルートがさらに加速したことを示していた。ソフィアが無邪気に笑う。
「お姉様、優しいもん!」
「そうだな」
アレクシスが深く頷く。彼の頬には、かすかに赤みが差していた。
「リリアナは、本当に優しい」
「誤解です」
私が否定しても、もう手遅れだった。
「謙遜まで美しい」
駄目だ。もう何を言っても駄目だ。アレクシスは妙に穏やかな顔で私を見つめていた。
以前の媚びない女性への興味とは違う。
もっと重い。もっと真剣。そして確実に恋愛フラグが進行している。
彼の瞳の色が変わったのだ。もはや興味の段階ではなく執着へと変わりつつある。ゲームの攻略対象がこの状態に陥ると、もう逆転不可能だ。
(どうしよう)
私は青ざめた。脳裏では、すでに各ルートの到達点が不吉に点灯していた。
一方、ソフィアは花冠を作りながら楽しそうだった。
「お姉様ー、見てー!」
彼女が作った花冠は、草花を無造作に繋いだものだが、単純さがかえって可愛らしさを引き立てていた。
「上手ね、ソフィア」
褒めるとソフィアは嬉しそうに笑う。するとアレクシスが静かに微笑む。
それは王太子らしからぬ、柔らかな表情だった。
「君のそんな顔を、これからも見ていたい」
やめて。それ絶対、攻略対象の本気モードの台詞。
ゲーム的には好感度が一定値を超えた場合の定型文だ。これが発せられた時点で、もう回避は不可能。プレイヤーはゲームシステムに従うしかない。
私は遠い目をした。
(なんで防波堤を置いたのに、恋愛イベント強化されてるの!)
私の悲鳴は、やさしい風に消えていった。
ソフィアは相変わらず、何も知らず、花冠を被せようとしてくる。
この平和な時間も、もうカウントダウンなのだろう。
ゲームの進行は、必ずや選択肢の提示へと至る。
その日は、そう遠くない。
私はその恐怖を押し殺しながら、妹の無邪気な笑顔だけを、ひたすら見つめていたのだった。




