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第73話
食事後。なぜか私は学園長室へ連行された。意味が分からない。
豪華な部屋の中、学園長が感心したように頷いている。
部屋は、王都の高い位置に設けられており、窓からは街全体が見渡せた。権力の象徴のような空間。
そこに私は、まるで歴史的人物であるかのように招き入れられたのだ。
「リリアナ嬢。あなたは学園でも注目されています」
「嫌です! そっとしておいてください」
「そして今回、平民と同席し、身分差なく接した」
「ミレイユとご飯を食べただけです!」
「つまり今の制度を変えたいと?」
「私は身分差なくていいと思いますけど」
前世基準なら普通だろう。それなのに学園長が感動した顔になった。瞳には、希望の光が灯っていた。
まるで、長年待ち続けていた救世主が現れたかのように。ヤバい、まさか救世主扱いは避けたい。
「公爵令嬢でありながら、そこまで考えていたとは」
「違います! 食べたかっただけです!」
ミレイユがうるっとする。ああああ、やめて。感動しないで。
この場の全員が、同じ幻想を見ている。幻想の中では、私は身分制度を改革する革命家であり、社会の矛盾に立ち上がる勇敢な貴族なのだ。するとアレクシスが静かに言った。
「身分差は当然だと、私は思っていた」
嫌な流れ。
「だがリリアナは違った」
「違わない」
彼は立ち上がり、私の元へ歩んできた。歩きぶりには、何か宗教的な儀式性さえ感じられた。
「皆の前で平民と対等に接することで、社会へ問いかけたのだ」
「全く問いかけてません!」
「こうして学園長へも報告する」
「報告してくていいのに!」
学園長が深く頷く。
「勇気ある行為です」
「称賛しなくていいです!」
この言葉も、学園長には別の意味に聞こえたらしい。つまり、自らの行為を当然のことと考える姿勢。謙虚さと同時に、確固たる信念。すべてが、革命家のそれに映ったのだ。
「公爵家への批判を恐れずにした」
「恐れてる!」
あああ、誰も聞いていない。アレクシスは立ち上がった。彼の瞳には、決意が宿っていた。
「学園長。身分に関わらず能力を評価する新規定を提案します」
「良いでしょう。リリアナの考えを受け入れます」
「えっと、なぜ私なのか教えてください」
何が起きているのか。私の小さな行動が、どんどん膨らんでいく。
ソースを拭くことから、身分制度への疑問へ、そこから一気に飛躍して社会改革になり、理解不能な新規定の提案に至る理由を教えて。
この連鎖反応は、止まることなく続く。
「君の示す未来こそが私の理想だ」
「ソースを拭いたの、どこが理想かな」
しかし全員感動していた。学園の職員たちさえ、涙ぐんでいる。ミレイユまで目を輝かせる。えっとどこに感動するポイントありますか。
「リリアナ様素敵です」
「素敵ですか!!」
残念ながら私の絶叫は、誰にも届かなかった。
◆
夕方。学園中に噂が広がった。
『リリアナ様、身分制度改革を提唱』
『平民との共存を宣言』
『貴族社会の革命家』
『エルヴェルム公爵家が新世代の理想主義者を輩出』
恐ろしいことに、新聞にまで出ていた。出版社の記者たちは、どこからこの情報を手に入れたのだろう。そして、どのようにしてこれほどまでに劇的な解釈を施したのだろう。
私は机へ突っ伏した。
「なんでぇぇぇぇぇ!」
泣きたい、泣きたい。ただランチしただけ。ソースを拭いただけなのに革命家扱い。もう〜〜〜嫌。隅っこで静かにチョコを食べて生きたい。
できれば誰にも見つからず、何の期待もされず、ただ平凡に毎日を重ねたい。
だが廊下を歩けば、生徒たちは尊敬の目を向けてくる。生徒の瞳には、希望が満ちていた。
まるで、私が彼らを救うような、そんな期待を込めて。いやいや、見ないでお願い。私は平凡な女ですよ!
そしてミレイユは、嬉しそうに笑って言った。
「また一緒にご飯食べましょうね」
「うぅ」
その笑顔を断れないあたり、私は多分、悪役令嬢に向いていなかった。
むしろ私は、社会が期待する理想的なヒロインへの道を歩んでしまったのだ。
それは、私が望んだ道ではなく、世界が勝手に敷いた線路の上でのシナリオなのか。
でも、ミレイユの笑顔は、本当に素敵だった。それだけが、せめてもの救いだった。




