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第65話
知らなかった。というか本当にただ整理しただけなんだけど。またまた私はやらかした。これで私の静かに暮らす計画はまたも狂う!
「この罠に嵌らなかったのは、お前の直感か。あるいは才能か。いずれにせよ、これは国家機密に関わる大事だ」
するとセバスティアンが静かに頭を下げた。
「さすがお嬢様です」
「絶対に違います!」
「旦那様ですら即座に判断できなかったものを」
「本当に偶然です!」
誰も信じてくれない。エマなんて完全に感動している顔だ。違う違うよ! そんな顔で私を見ないで!
「神の整理ですぅ」
「神じゃない!」
「紙があるべき場所へ導かれていく」
「ただの分類!」
「どうか私にも教えてください神の整理を」
「大袈裟すぎるわよ!」
あああああ〜〜私は頭を抱えた。前世では普通だった。どこにでもいる会社員だった。整理整頓くらいみんなやってた。毎日毎日、書類と格闘しながら業務をこなしていた。それなのに。
「私など、お嬢様の領域には到底」
「誰でもできますって!」
「やはり次元が違います」
だめだ、話が通じない。全然通じない。何度説明しても説得力がない。
エマの横で、父は静かに整理済みの書類を眺めていた。机は綺麗になっている。床も原型を取り戻した。書棚の書類も整列している。
必要な資料は一目でわかる。しかも関連順に並べたから探しやすい。色分けもされているから、さらに視認性が高い。我ながら完璧だ。すると父が、ぽつりと呟いた。
「この子の未来のためにも」
未来とは? 嫌な予感。言葉尻に何か恐ろしい決意が隠れている気がする。どうしよう、取り返しのつかないことをしたな。
「私が先に、この国を浄化せねばならんな」
「やめてください! お願いですから」
反射で言ったが遅かった。父の目が据わっている。本気の時の顔だ。瞳には、家父長としての責任と、領主としての覚悟が燃えている。怖い。本当に怖い。
◆
そして後日。王都で大規模な摘発が始まった。
『不正取引ルート壊滅』
『違法監視組織摘発』
『王都潜伏者を一斉拘束』
怖い。なんか国家レベルになってる。新聞の一面を飾るほどの大事件である。市民たちも大騒ぎだ。あちこちで父の活躍について議論されている。
しかも父は妙に満足そうだった。我が家へ帰宅するたびに、機嫌よく呟いている。
「リリアナのおかげで、敵の偵察を阻止できた」
「本を片付けただけです!」
「謙遜するな。お前の洞察なくしては、この作戦は成功しなかった」
「してません! 私は整理しただけです」
しかし周囲は完全に納得していた。使用人たちも城の従士たちも、皆が私を見つめる。嫌〜〜、そんな風に見ないでお願い。これでは私が政敵を始末したみたいで怖い。
『リリアナ様は先を見通しておられる』
『敵の策すら見抜くとは』
『さすがは公爵家の嫡女』
『将来の栄光を約束された存在』
違う。本当に違う。私は単に書類を片付けただけなのだ。別に敵の陰謀を読んだわけではない。むしろ何も考えずに、不自然な資料を捨てただけである。
なぜこうなるのか。なぜ普通の行動が特殊な才能に変換されるのか。原作で悪役令嬢のリリアナにはこんな才能があったのか、聞いてない。単に悪役令嬢で嫌われものでしかなかったし、断罪処刑される存在だった。転生したら私がシナリオを改編したのが影響したのかな。シナリオが狂ってリリアナに才能が発生したのかわからない。
私は泣きたくなった。涙がにじむ。原因は悔しさなのか、それとも無力感なのか。自分自身でもわからない。
◆
夜になった。使用人棟の一室で、エマは一人ベッドへ腰掛けていた。リリアナ付き侍女とはいえ、部屋は質素だ。小さな机。簡素な棚。窓際に置かれたランプ。外からは町の灯りが見える。静けさが支配する時間帯である。
けれど今の彼女の胸は、不思議な熱でいっぱいだった。
「お嬢様」
エマはそっと両手を胸元で組む。動作は祈りのようでもあり、誓いのようでもある。
昼間の光景が頭から離れない。大量の書類。誰も整理できなかった混沌。それを、リリアナは迷いなく片付けていった。
リリアナの手つきは確信に満ちていた。迷いがなかった。顔色も変わらなかった。まるで未来が見えているみたいに。あるいは、書類自体が主人に従っているかのように。
「すごかったなぁ」
エマはぽつりと呟く。声は感動に震えている。優しくて。美しくて。しかも恐ろしく有能。そんな主人の側で働ける。それが嬉しくてたまらなかった。
他の侍女たちの中には、王族や貴族に仕える者もいる。しかしエマは確信していた。リリアナ様こそ、最も素晴らしい主人だと。
「私、お嬢様の侍女でよかった」
小さく笑う。その表情は満足感で満たされている。そしてエマは、静かに決意した。もっと頑張ろう。神の整理は無理でも。せめて、お嬢様のお役には立てるように。少しでも主人の負担を減らせるように。
エマの決意は、従者の本分への回帰であり、同時に深い愛情の現れでもあった。
◆
私は、自室で机へ突っ伏していた。ベッドではなく机である。机に頭を預けて、両手を垂らしている。今の姿勢は、深い疲労と絶望を物語っていた。
「どうしてこうなるのぉぉぉ!」
誰にも聞こえない悲鳴が、夜の公爵邸へ静かに響いていた。
私の声に込められたのは、本当の無力感である。自分がした行動が予想外の結果を生み出し、さらにそれが拡大していく。悪循環に対する、深い嘆きであった。
窓の外では、月が静かに浮かんでいた。街並みはすでに眠りについている。すべてが静けさに包まれているのに、私一人だけが目を覚ましているような錯覚を覚えた。
「なんで余計なことするんだろう、私」
呟きが続く。自分への非難。自分への疑問。自分への怒り。
それでもなお、明日はやってくるだろう。そしてまた、何か起こるに違いない。それが運命なのか、それとも自分の行動がそうさせるのか。
いずれにせよ、この苦労はまだ終わらない。




