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第62話 恋のライバルへの塩対応
私は最近、本気で反省していたり雑草を抜いた結果、古代結界が起動した件についてである。いや、本当に意味がわからない。どうして庭の掃除が国家防衛になるの。
おかしいでしょう。しかもあれ以来、公爵家には神に守られし一族などという妙な噂までついてしまった。王都では私の名前を聞くだけで拝み始める人までいるらしい。
怖い。本当に怖いし、絶対に拝まないで!
私はただ静かに暮らしたいだけなのに。
これ以上目立ちたくない。騒がれたくない。破滅な勘違いフラグなんて立てたくない。だから私は決めた。しばらく余計なことは絶対にしない。
今度こそ大人しくする。地味に生きる。そう、空気になるのだ。
「よし」
私は学園の廊下を静かに歩きながら、小さく拳を握った。今日は完璧だ。誰とも関わらず、授業を受けて帰るそれだけ。平和だ、実に平和。
そう思って過ごす。
今までの私が如何に甘い認識を持っていたかだ。運命とは残酷なものであるから、油断はできないが。
「お待ちなさい!」
鋭い声が廊下へ響く。私はぴたりと足を止めた。これ、嫌な予感しかしない。思っているそばから、始まったか。
その予感は、これまでの経験から培われた確実な直感だ。正確には、このような状況は何度も経験している。
いつも何かしらのトラブルが発生するのだ。ゆっくり振り返ると、そこにはヴィクトリア・レインフェルドが立っていた。
燃えるような髪が廊下の日差しを受けてきらめいている。強気な瞳は、何かしらの闘志に満ちていた。
辺境伯令嬢らしい堂々とした姿は、王族並みの威厳さえ感じさせる。
そして手には、ばしっと開かれた扇子。完全に戦闘態勢だった。ヴィクトリアは戦闘好きな令嬢で、何かと理由をつけて私に勝負を挑んできては、毎回撃退されている。
本来であれば、彼女はそろそろ諦めても良いはずなのだが、驚くべきことに懲りずに何度もアプローチを続けてくるのだ。
その執念たるや、ほぼ怨念に近い。
「リリアナ・フォン・エルヴェルム!」
「はい」
短く返事をした。これ以上関わらないための最小限の応答である。
「本日は逃がしませんわ!」
逃げたい。すごく逃げたい。周囲の視線も痛い。廊下を歩いていた生徒たちが、わくわくした顔でこちらを見ている。学園内では、ヴィクトリアと私の関係が一つの娯楽になっているようだ。
何度も繰り返されるこのやり取りを、多くの生徒たちが観察の対象として眺めている。
その注視の圧力は、想像以上に重い。
やめて。観客増えないで!
「勝負ですわ!」
ヴィクトリアが扇子を突きつけてくる。
「あなたが本当に完璧超人なのか、このわたくしが見極めて差し上げます」
だから違う。私はただの一般人。
完璧超人などという評価は、根拠のない噂に過ぎない。なのに、どうしてそのような誤解が生まれたのか。
恐らくは、いくつかの偶然が重なって、意図しない形で造られた虚像なのだ。しかしここで言い返したら騒ぎになる。
貴族令嬢同士の対立。社交界の噂。破滅フラグ。あああああ嫌だ。
ものすごく嫌だ。最悪のシナリオが浮かぶ。この場で言い返せば、確実にヴィクトリアとの関係はこじれる。
そうなれば、社交界では何かしらの派閥争いに発展するだろう。公爵家が巻き込まれ、父上にまで迷惑がかかる可能性もある。
悪影響は計り知れない。ここは慎重に対処する必要がある。私は一瞬で判断した。
静かに終わらせよう。それが最優先。衝突を避ける。相手を刺激しない。
完全に無視するのではなく、相手の気が済む程度に応じて、然るべき形で終わらせる。この判断に至った私は、一歩近づいた。
「え?」
ヴィクトリアが目を瞬く。私がまっすぐ近づいてくることを予測していなかったのだろう。肩へ、そっと手を置く。周囲がざわついた。騎士も、生徒たちも、全員が息をのむ。
これは予想外だったのだろう。私が初めて相手に接近するような行動を取ったのだ。
今までは距離を保ち、言葉で対処していた。にもかかわらず、今回は違う対応を見せた。それが衝撃を生み出しているのだ。
私はそのまま軽く抱き寄せる。相手を傷つけないように、ただ包み込むような力加減で。
「なっ!!」
ヴィクトリアの身体が硬直した。完全に予測外だったのだろう。彼女の呼吸が止まる。目が見開く。
何が起きているのか理解できないという反応だ。私はなるべく穏やかな声を作る。
「今は、静かにしましょう」
意味はもちろん、お願いだから騒がないでという意味です。これ以上問題を大きくしないために。相手を尊重しながらも、その行動を制止する。一種の非暴力的抵抗である。
しかし。ヴィクトリアは真っ赤になった。
「なっ!!」
えっと、どうしたの。私は困惑した。確かに少し近いけれど、別にそれだけだ。スキンシップの度合いとしては、ごく一般的なレベルではないか。
しかしヴィクトリアは完全に固まっていた。長い睫毛が震えている。その瞳も揺らいでいる。
「あなた」
声まで震えている。
「あ、あれだけの力を持ちながらこの私を叱責するのではなく優しく」
違う、違う、叱るの面倒なだけ!
単なる事務的判断である。効率性を重視した結果が、この行動なのだ。
相手を傷つけずに事態を収束させるには、このアプローチが最適だと判断しただけなのだ。
すると ヴィクトリアがぶわっと顔を赤くした。
「う〜〜〜っ!!」
次の瞬間。
「し、失礼しますわぁぁぁ!!」
逃げた。ものすごい勢いで。廊下を駆け抜けていく後ろ姿は、完全に混乱している様子だ。
私は呆然と見送った。
えっ、終わった?
平和的解決か、予想外の発展だ。だが、結果として騒ぎは終わった。
これ以上の衝突には至らなかった。目的は達成された。やった。珍しく成功した。
私はほっと胸を撫で下ろした。今日のところは、うまくいったと言えるだろう。
これで当分、ヴィクトリアからの勝負申し込みも止むに違いない。彼女も自分の敗北を認識したはずだ。




