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第61話 庭の雑草抜きが古代魔法陣の起動に
私は最近、心の底から理解した人間、目立ちすぎるとろくなことがない。おにぎりは農政改革になった。白紙答案は教育改革になった。父の肩こりをほぐしたら政敵が消えた。意味がわからない。本当にわからない。
私はただ平穏に暮らしたいだけなのに、気づけば国家規模の騒動へ発展している。もう嫌だ。静かに生きたい。地味になりたい。誰にも注目されたくない。
そんなことを考えながら、私はエルヴェルム公爵邸の廊下をとぼとぼと歩いていた。窓の外では、幾人もの庭師たちが忙しそうに作業をしている。広大な庭園。美しく整えられた花壇。優雅に輝く噴水。几帳面に剪定された生垣。いかにも名門公爵家という景観だ。
ふと、私は立ち止まった。そういえば、と考える。悪役令嬢って、よく庭園で薔薇とか育ててるイメージあるな。優雅に微笑みながら花に水やって、まあ、とか言ってる感じの。つまり。あれをやらなければいいのでは?
私は天啓を得た気分だった。悪役令嬢らしいことを避ければ、破滅や勘違いフラグも回避できるのではないか。ならば優雅な園芸などしない。私はもっと地味にいく。地味の極致。雑草抜きだ!
「完璧ね!」
私は小さく拳を握った。庭師に混ざって雑草を抜く公爵令嬢。地味。非常に地味。誰も聖女扱いなんてしない。最高である。
午後、私は作業用手袋をはめ、庭の隅へしゃがみ込んでいた。ちなみにエマは半泣きだった。なんで泣いている?
「お嬢様ぁぁぁ! そのようなこと、使用人にお任せください!」
「ダメよ」
「お手が汚れてしまいます!」
「手は洗えばいいでしょう」
「そういう問題ではありませんー!」
エマが大騒ぎしていたけれど、私は譲らなかった。ここで負けてはならない。私は平穏を取り戻すのだ!
「ふふ」
私は地面を見つめた。小さな雑草たち。実に地味。素晴らしい。
「今日の私はただの草むしり令嬢」
誰も注目しない。事件も起きない。きっと平和な一日になる。そう思っている。大丈夫、今度こそ静かになれそう。
「んん?」
私は眉をひそめた。庭の隅。古い石畳の近くに、妙にしぶとい雑草がある。根が深い。ぐい、と引っ張っても抜けない。
「なによこれ」
私は少し本気になった。前世でも雑草との戦いは経験済みだ。こっちは夏の炎天下で草むしりしたこともある。負けるものか!
「このっ!」
ぐいぐい引っ張る。抜けない。意地になった。
「しぶといわね!」
私はさらに力を込めた。すると。ぶちっ、と嫌な音がした。次の瞬間。地面が光った。なぜ光るのだ。私何かやったか?
「え?」
私は固まった。石畳の隙間から、青白い光が広がっていく。まるで巨大な紋様のように、庭全体へ光の線が走った。空気が震える。地面が低く唸る。
そして公爵邸そのものを包み込むように、巨大な魔法陣が浮かび上がった。
「えええええええ!」
私は悲鳴を上げた。何これ。怖い。これって魔法陣だ! 絶対に何かしたっぽい。逃げたい。
すると邸内が一気に騒がしくなる。使用人たちが飛び出してきた。騎士たちが駆け込んでくる。窓が開き、人々が空を見上げる。巨大な光の結界は、屋敷全体を覆いながらゆっくり回転していた。幻想的ですらある。
いや待って。そんな場合じゃない! エマ、助けて!
「お、お嬢様ぁぁぁぁ!!」
エマが泣きながら駆け寄ってきた。だめだ、助けてもらえそうにない。
「大丈夫ですか! 怪我は! 神罰ですか!」
「違うと思う!」
むしろ私が聞きたい。すると今度はセバスティアンが現れた。普段ほとんど表情を変えない有能執事は、珍しく目を見開いていた。
「こ、こ、これは」
「私、何もしてないの!」
「さすがです」
「聞いて!」
なんで! セバスティアンは静かに地面を見下ろした。そこには、私が抜いた雑草の根が転がっている。
「長年、魔力循環を阻害していた封じ草を除去されたのですね」
「雑草でしたけど!」
「数百年停止していた古代防衛結界が起動しております」
怖い。話が壮大すぎる。絶対にヤバいことした。雑草抜いただけだぞ!
その時だった。屋敷の奥から、母エレノアがゆったりな足取りで現れた。ただし顔は珍しく驚いている。
「どういうことかしら」
「お母様、私にもわかりません」
本当に。心からわからない。むしろ私が説明して欲しいくらいだ。母に怒られるのかしら。すると母は浮かび上がる結界を見上げ、静かに呟いた。
「王国の魔術師たちですら再起動できなかった防衛術式を?」
「だから知らないんですって!」
「あなた、何をしたの」
「草を抜きました」
「……」
母が沈黙した。やめて、理解不能なものを見る目は、やめて。するとエマが感極まったように叫んだ。
「お嬢様の愛が大地に届いたんですー!」
「届いてない!」
しかしもう遅かった。使用人たちがざわめき始める。
「伝説の結界が」
「数百年ぶりだぞ」
「リリアナ様のお力で」
違う。本当に違う。私はただ草を抜いただけだって! あり得ない話になっていた。突然、結界が強く明滅した。次の瞬間。空のどこかで、ばちん! という音が響いた。同時に遠方から悲鳴が聞こえる。
「ぎゃああああ!」
全員が固まった。
「今の何?」
執事セバスティアンがわずかに目を細める。
「恐らく、呪術による遠隔干渉かと」
「はい?」
「公爵家へ向けられていた呪詛が、結界によって弾かれたのでしょう」
怖い。さらっと怖いこと言わないで。呪詛って何なの。私が発動させた魔道具と関係あって、その影響で悲鳴を上げたと。
また私がやらかしたのか。
◆
しかも夜になり、王都では奇妙な噂が広まった。
『エルヴェルム公爵家へ呪いを放った術者が、自分の術で倒れた』
『神域に触れた罰だ』
『リリアナ様は神に愛されている』
とか騒がれているらしいと話で聞いた。やめて。どんどん変な方向へ行ってる。神に愛されるって大げさ過ぎる。私は本当に掘っただけどよ!
翌日には、私の公爵家の前へ花を供える人まで現れ始めた。
「神に守られし一族!」
「聖なる公爵家だ!」
違う。本当に違う。私は頭を抱えた。花を置かないで!
その横で、父だけが妙に機嫌が良かった。
「便利だな」
「便利じゃありません!」
「今後、防衛費を削減できる」
そこ? さらに兄ルシアンまで笑っている。
「いやあ、雑草抜き一つで古代結界を復活させるなんて」
「偶然よ!」
「その偶然で黒幕の呪いを弾き返してるんだから面白いよねぇ」
私は泣きたくなった。本当に。心の底から。ただ。雑草を抜きたかっただけなのに。毎日のように平穏が乱れていく。
こうして、私の地味になる作戦は完全に失敗した。いや、失敗どころか正反対の結果になってしまった。
数百年も稼働していなかった古代魔法陣を一瞬で起動させてしまうとは。そして何より、その結界が公爵家へ向けられていた呪いまで防いでしまうとは。
王城からの使者が訪れていた。国王陛下からの感謝状だという。文を読むと、公爵家が王国の守護者だの、魔力の加護を受けし一族だのと書かれている。
もう。本当に。もう私は何もしてないのに。
「お嬢様、その表情は見苦しいかと」
セバスティアンがそっと指摘する。確かに私は自分の部屋でぶつぶ言っていた。
「セバスティアン。私、次は何もしない」
「さすがです」
「違うの。本当に何もしないの!」
「存じております」
「でも何かが起きるんでしょう。きっと」
セバスティアンは何も答えず、静かに微笑んでいた。表情が、全てを物語っていた。ああ。もう終わりだ。私の平穏な人生は完全に終わった。目立たないようにと考えた雑草抜きが、まさかこんなことになるなんて。人生って、本当に難しい。




