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第59話
翌朝。王都は大騒ぎだった。
「え?」
私は朝食の席で固まった。兄ルシアンが新聞を片手に楽しそうに笑っている。何があったのか知りたい。兄は知っているっぽい。
「すごいねぇ、リリアナ」
「何がですか」
「一晩で汚職貴族が五人も失脚した」
「失脚? それが私と何が?」
私は新聞をひったくった。見出しには大きく書いてあった。
『財務局不正発覚』
『伯爵家、裏帳簿押収』
『王宮監査強行』
など恐ろしい文字が並んでいる。
え、何これ。怖い。まるで悪夢を見ているかのような感覚だ。
昨日の朝、父が何か決定したその直後に、こんなことが起きた。
偶然か、それとも必然か。しかもよく見ると、全員が転生前のリリアナが嫌っていた派閥の貴族だった。
つまり父はそれを知っていたのだ。私が何を言ったのかではなく、むしろ私を通じて、掃除をしろという指示を自分に与えたのだ。
自分自身へのメッセージとして。
「な、なんで?」
「昨夜、お父様が動いたらしいよ」
ルシアンは楽しそうに紅茶を飲む。
「急に掃除を始めるって」
掃除。私は昨日の会話を思い出した。あの不気味な沈黙。あの捕食者の笑み。あの不可解な解釈。嫌な汗が流れる。まさか。
「リリアナ」
その時、父が食堂へ入ってきた。相変わらず完璧な姿。しかもなんか機嫌がいい。笑顔は氷のようで、同時に獰猛さに満ちていた。
「おはようございます、お父様」
「昨夜は助かった」
「えっ」
「お前の助言のおかげで、随分整理できた」
「違います!」
即答した。だが父は気にしていない。むしろ喜悦に満ちた表情で、私を見つめている。
(私は何もしてない!)
「確かに、弱っている部分から切るべきだったな」
怖い。完全に政争の話してる。政敵の排除。権力者同士の闘争。それを父は掃除と呼んでいる。
「お前は昔から目が良かったが、最近はさらに冴えている」
「だから違うんですって!」
すると兄ルシアンが吹き出した。
「いやあ、妹の指先一つで政界が動くなんて」
やめて。
(政界とたくない!)
「ゾクゾクするね」
楽しそうに言わないで。兄さえも、私をそういう存在だと認識している。さらに悪いことに、使用人たちの視線まで変わっていた。
『やはりリリアナ様は』
『旦那様へ直接進言を』
『次期宰相すら操るとは』
違う違う。私はただ肩を揉んだだけ。ただ疲れてそうだったから。同じ疲弊した者として気づかった。
それだけだ。すると執事セバスティアンが静かに近づいてきた。
「お嬢様」
「何」
「本日より、影の支配者という噂が広まっております」
「嫌ぁぁぁぁ!!」
私は思わず叫んだ。なんで、どうしてこうなるの。私の行動は、必ず望まぬ結果へと発展していくのか。
意図しない、望まない。それなのに誰一人、私の言葉を信じてくれない。
父は静かに紅茶を飲みながら、わずかに口元を緩めた。
「騒ぐな、リリアナ」
「お父様のせいでしょう」
「結果が出たのだから問題あるまい」
いやいや、問題しかない。私は頭を抱えた。頭が痛い。胃に悪い。ただ父を気遣おうと思っただけなのに。疲れている姿を見て、同情して、気づけばまた国家レベルの話になっていた。
静かに暮らしたいという願いは、今日もまた、遠く遠く彼方へ消え去っていく。




