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第56話 お弁当の余りが飢饉を救う
貴族社会というのは、本当に面倒くさい。その事実を、私は今日も改めて噛みしめていた。
「はぁ」
誰にも聞こえないよう小さく息を吐きながら、私は学園の廊下を歩く。窓の外はよく晴れていた。春らしい柔らかな陽射しが石畳を照らし、庭園では色とりどりの花が咲いている。普通なら心和む光景なのだろうけれど、残念ながら私にそんな余裕はない。
なぜなら今、私の手の中には爆弾があるからだ。
正確には、お弁当。
エルヴェルム公爵家特製、超豪華仕様。
蓋を開ければ料理人が本気を出した芸術作品が並び立ち、見た目だけで平民一年分の食費くらいありそうなやつ。
こんなのを学園で広げたらどうなるか。答えは簡単。
『悪役令嬢、贅沢三昧」
はい、破滅フラグ。未来が見える。
前世の記憶がある私にはわかるのだ。こういう、わかりやすいヘイト要素は積み重なると危険だと。しかも私は元々、冷酷で傲慢な悪役令嬢として有名だった。
今でこそ多少マシになってきたものの、油断はできない。だから私は考えた。豪華弁当をやめればいい、と。
幸い、前世知識がある。庶民的で、簡単で、目立たない食べ物。
その答えがというと。
「おにぎり!」
私はこっそり拳を握った。
白米を握る。塩を振る。以上。なんて素晴らしい。
地味、安い、目立たない、完璧である。もちろん公爵家の料理人たちは最初かなり困惑していた。
「お嬢様、それは携帯食でしょうか?」
「具材は不要なのですか?」
「本当にこれを昼食に?」
みたいな反応をされた。でも押し切った。結果、今日の私の昼食は、竹皮に包まれた小さなおにぎり二つ。
(最高である)
「これなら悪目立ちしないわ」
私は満足げに頷いた。しかし問題は、どこで食べるかだった。食堂は危険だ。貴族たちの視線が多すぎる。
もし公爵令嬢が粗末な食事をしていると騒がれたら、それはそれで面倒。私は静かに学園の裏庭へ向かった。
人気の少ない場所。木陰が涼しく、昼休みでも滅多に人が来ない。ここなら平和に食べられる。そう思っていた。
「あ」
木陰に入った瞬間、私は立ち止まった。先客がいた。髪を揺らしながら、ベンチにもたれかかる少女。
ミレイユ・フローレンス。本来ならこの世界の主人公。平民出身の奨学生で、努力家で、少し天然。
そして今にも倒れそうだった。
「えっ、大丈夫?」
思わず駆け寄る。ミレイユははっと顔を上げた。
「り、リリアナ様!」
声に力がない。顔色も悪い。私は慌てて彼女の前にしゃがみ込んだ。
「具合悪いの?」
「だ、大丈夫です」
全然大丈夫じゃない。ふらふらしてる。というかお腹鳴った。
今、可愛くきゅうって鳴った。私は察した。
「もしかして、お昼食べてないの?」
ミレイユがぎくりと肩を震わせる。図星だ。
「え、えっと、その今日はちょっと」
視線が泳いでいる。私は小さく息を吐いた。奨学生は大変なのだ。学費だけでなく、生活費も切り詰めている子が多い。ミレイユもきっと無理をしたのだろう。
放っておけるわけがない。私は竹皮を差し出した。
「これ、食べる?」
「えっ」
「余り物ですから」
本当は余ってない。私の昼食だ。でも相手に気を遣わせない言い方くらい、前世で学んでいる。するとミレイユが目を丸くした。
「で、でも、これは」
「いいから」
「でもリリアナ様のお昼が」
「私は平気よ」
むしろ前世では昼抜きとか普通にあった。ブラック企業って怖い。ミレイユはおそるおそるおにぎりを受け取った。
「い、いただきます」
小さく口を開ける。そしてぱあっと顔が輝いた。
「お、美味しい!」
そんな大袈裟な。ただの塩むすびだ。でもミレイユは感動したようにおにぎりを見つめていた。
「お米がふわふわで、塩加減もちょうどよくて!」
「そう?」
「はい! こんなに美味しいの初めてです!」
なんかすごい褒められてる。ちょっと照れる。前世でもコンビニおにぎり好きだったんだよなあ。そんなことを考えていた、その時だった。
「なるほど」
背後から声がした。私は硬直した。この声、知ってる。嫌な意味で。
恐る恐る振り返ると、そこには宮廷魔導士セレス・アルカディアが立っていた。なぜいる。




