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第45話 パーティ準備と恋愛フラグの嵐
王宮での大規模パーティが近づくにつれ、エルヴェルム公爵家は地獄と化していた。
朝六時。私はまだベッドの中にいるのに、家庭教師マグヌスの怒鳴り声が廊下に響き渡る。
「リリアナ様ーーッ。ドレスの裾の持ち方をもう一度ーーッ!」
家庭教師の声は、壊れたベルのように何度も何度も繰り返される。
(朝からうるさい!)
今度は執事セバスティアンはドアをノックしながら、淡々と告げた。
「お嬢様。お目覚めですか。本日の予定をお伝えします。六時半より朝食、七時より礼儀作法の特訓、八時半より舞踏の稽古、十時よりドレスの採寸、十二時より昼食――」
「待ってセバスティアン、もう予定がいっぱいじゃないの」
「そうですね。ただし王宮側からは、席順の変更要請が参りました。現在調整中です」
(政治的な何かが動いてるにしても、忙し過ぎます)
父は書斎から声をかけた。
「リリアナ、踊りの練習はしたか? パーティは政治的な場でもあるんだ。万が一、重要人物と踊ることになってもいいようにな」
「お父様、そんなことあるわけ」
「ないと言い切れるか?」
妹ソフィアはドレスを三枚も持ってきた。
「お姉さま、髪飾りはどれがいい? これはダイアモンドで、こっちはサファイア、そしてこっちは」
(みんな落ち着いて。私は心が崩壊しそう!)
私はテーブルに突っ伏した。重い頭を抱えて呟く。
(令嬢って大変。私は元は会社員の女よ)
「ああああ〜パーティ、行きたくない」
しかし家庭教師マグヌスは容赦なく私の肩をつかんだ。
「甘えたことを言いませんーーッ。王宮のパーティは戦場です さあ、立ってください 時間は待ってくれません」
(戦場って言わないで。ただのパーティでしょ)
午前七時。リビングはマグヌスによる修行の場と化していた。
「リリアナ様ーーッ。フォークの角度が二度ずれていますーーッ!」
「え、また? さっきは三度ずれてたって怒られたのに、角度変わったじゃない」
「それは貴族のたしなみです 状況によってフォークの角度は変わるのです」
(そこまで細かいと狂う)
マグヌスの特訓地獄の開始だった。
彼はテーブルの上にナイフとフォークを置きなおす。背筋を伸ばし、両眼を見開いている。本気だ。本当に本気だ。
「次は紅茶です。注ぎ方が遅い もっと優雅に、素早く、かつ上品にです!!」
ティーポットを持つ手が震える。いや、マグヌスの怒鳴り声で震えているんだ。
家庭教師に苦労していると、セバスティアンは書類を手に、静かに私に近づいた。
「お嬢様。恐れ入りますが、重要なお話があります」
「何ですか、セバスティアン」
「王宮の貴族派が動いております。パーティでは例年以上の政治的接触が増えるでしょう。特に、ハイネ侯爵家とザイン伯爵家の対立が激化しており、中立的な立場にあるエルヴェルム公爵家への接触が予想されます」
(政治的接触。いや、そんなの怖い。知らない大人たちの政治的な何かに巻き込まれるとか)
父は書斎から出てきて、腕を組んだ。
「リリアナ。何があっても、我々が守る。お前は堂々としていればいい」
(お父様は頼もしいけど、それでますます目立つじゃない)
私は心の中で叫んだ。もう何もかも嫌だ。王宮にてパーティーはどうなることやら。
◆
王宮の大広間は、正に王都の威信を示すかのような煌びやかさに満ちていた。高い天井からはシャンデリアが数十個も吊るされ、柱には銀色の装飾が施され、音楽の調べが絶えず流れている。貴族たちは自分たちの最高の衣装をまとい、含み笑いと野心の目で周囲を見回っていた。
私もドレスを身にまとっていた。白地に紫のラインが入った、とても素敵なドレス。髪にはサファイアの髪飾りを付けている。執事セバスティアンがこれが最適ですと、選んだものだ。
(うぅ帰りたい)
そんな私の前に唐突に現れた人物がいた。
銀髪、碧眼、王都で最も権力を持つ青年。王太子アレクシスである。
「リリアナ。来てくれて嬉しい。踊ろうか」
(いきなり? 王太子殿下が? 私と?)
周囲の視線が一斉に刺さる。ここは王宮の舞踏場だ。一挙手一投足が、明日の貴族社交界の話題になる。
母は口をあんぐりと開けている。妹ソフィアは羨望の眼差しでこちらを見つめている。
(ああああ、誤解が誤解が増える)
アレクシスは自然な所作で、私に右手を差し出した。
舞踏場に出た瞬間、音楽が流れ、私たちは踊り始める。アレクシスは紳士的で、危険なほど自然に私をリードする。
(彼は王太子。こんなのは単なる政治的な配慮かもしれない。けれど周囲からはきっと)
アレクシスといる時だった。
「リリアナ様。その者と踊ることはできません」
騎士団長ガルドが現れた。漆黒の髪に燃えるような赤い瞳。王都随一の剣の使い手である。
「何か問題があるのか、ガルド?」
「いえ。私が代わりに護衛しながら踊ります」
(護衛しながら踊るって何? 踊りながら戦う気なの?)
アレクシスが睨む。
「彼女は私と踊る」
「いえ、俺が」
二人の間に火花が散った。いや、これは比喩ではなく、本当に魔力が迸っているのだ。
(やめてぇぇぇ、パーティで戦わないで!!)
その時、さらに一人の人物が現れた。
「ふむ、それでは僕が相手をしよう」
宮廷魔導士セレス。長身で綺麗な顔立ち。いつもコーヒーを片手に持っている謎の人物だ。
「セレスまで? なぜ?」
彼は微笑んだ笑顔は、一見すると穏やかだが、どこか不気味でもあった。
「リリアナ嬢の動きは興味深い。踊りながら観察したい」
(観察って言わないで。そういう理由でもって参戦しないで。さらに誤解が増える)
アレクシス、ガルド、セレスの三人が、私を中心にして火花を散らす。舞踏場は戦場と化していた。
(なんで争ってるの? 私のダンス相手をめぐって本気で争ってるの?)
この異様な光景を見て、原作ヒロインであるミレイユが近づいてきた。彼女は王宮の花と呼ばれる美貌の貴族令嬢。いつもニッコリと微笑んでいる。
「三人ともリリアナ様のこと、どう思っていますの?」
(ミレイユ嬢ぉぉぉ。なんでそんな爆弾を投下するのよ!)
ミレイユの質問に、アレクシスが最初に答えた。
「大切な存在だ」
(やめて、誤解が誤解が加速する!)
ガルドは顔を真っ赤にして、言葉を絞り出す。
「守りたいと思っている」
(それ恋よ。ミレイユ嬢があなたの心に何を植え付けたのよ)
そしてセレスは珍しく言葉に詰まった。
「ぼ、僕はその興味深い対象としていや違う、その観察の優先度が高いいや、それではなく」
(セレスが返事に困ってる? あなたまで誤解をフラグみたいに立ててるの?)
ミレイユはにっこり微笑んだ。笑顔は天使のようにも見えるが、同時に悪魔のようにも見える。
「つまり、三人ともリリアナ様が好きなのですね?」
「「「すっ!」」」
三人が同時に固まった。
(好きーーーー! なんでこんなことに)
その瞬間、私の心は限界を超えた。告白の連鎖、心崩壊のカウントダウンになった。私はドレスの裾をつかみ、王宮の大広間から逃げ出した。
「リリアナ、待て」
アレクシスの声が聞こえる。
「リリアナ様、危険です」
ガルドも追ってくる。
「観察を継続しなければ」
セレスまでもが。
(追ってこないでええ!)
王宮の回廊を走り抜ける。後ろからは三人の足音。パーティの音楽はいつまでも響いていた。
もう何もかもが嫌だ。パーティも、恋愛フラグも、政治的な何かも、全部やめてほしい。でも、世界はそんなに優しくない。
明日は、確実にこの話題で持ち切りになるのだ。
(私は悪役令嬢に転生したのに、どこからこつなったのだ)
心の中で、そう呟いた。




