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第41話 公爵家の令嬢は、今日も疲労困憊である
王宮での不可解な騒動、学園での複雑な派閥争い、そしてアレクシス王太子との得体の知れない距離感バグ。
(本当に、疲れた)
そんな心身ともに消耗しきった状態で帰宅した私は、家族と一緒に夕食を囲んでいた。今日一日の疲労を引きずったまま、食卓に着いた身体は鉛のように重い。
父アルベルト公爵は静かにスープを飲んでおり、顔には深い思慮が浮かんでいた。母エレノアは相変わらず優しく微笑みながら、淑女らしく食事を楽しんでいる。兄ルシアンはパンをかじりながら何やら面白そうな表情をしており、妹ソフィアははしゃぎながらナイフとフォークを操っている。執事のセバスティアンは控えめに食卓の脇に立ち、何か必要があればすぐに対応できるよう目を配らせている。
なぜか騎士のマグヌスが異様に緊張していた。
(なんでマグヌスが緊張してるの?そんなに私の疲弊した表情が目に入ったのかしら)
私はマグヌスの緊張した様子をそっと観察した。彼の手は微かに震えており、まるで何か重大な報告を控えているかのような雰囲気を醸し出していた。それは明らかに尋常ではない。
公爵家の夕食は、今日も騒がしくなりそうだった。
私は学園の貴族派"のことを家族に相談したかった。自分でも理解の範囲を超えていた。
「あの、父様、母様。実は、学園で少し困ったことがありまして」
私か話した瞬間、食卓の全員の視線が私に集中した。
(ひぃ全員が一斉に注視してきた)
私は気が引ける思いで続けた。父から、
「何でも話してご覧」
「学園の貴族派という派閥の生徒たちがわたくしを彼らの派閥に引き入れようとしてきたのです。正直申し上げますと、対応に困っております」
私の話しを聞いた父アルベルト公爵の手がスプーンを置いてピタリと止まった。
「派閥勧誘、だと?」
父の声は低く、ただし確かな威厳を持っていた。
(お父様、その声本気の怒りだ)
母エレノアは扇子を閉じ、表情は一変した。
「まあなんという失礼な。娘を政治的な派閥争いに巻き込もうとするなんて、許せませんわ。娘の意思を尊重できない貴族など、真の貴族ではありませんな」
兄ルシアンは楽しそうに笑った。
「へぇリリアナ、人気者だね。派閥から声がかかるなんて。でも、こういう話は面倒なんだよ。良い選択をしたね」
(兄様、楽しんでる本当に悠然としてるわ)
妹ソフィアは私の手を心配そうに握った。
「お姉さま、派閥の人たちが怖かった?」
「こ、怖かったわね。ソフィアの心配ありがとう」
執事セバスティアンが静かに、しかし確かな声で言った。
「お嬢様。今後、学園内における政治的な動きや派閥に関する情報につきましては、事前に私が把握いたします。どのような勧誘であろうとも、お嬢様をお守りいたします」
(セバス頼りになりすぎる。こんなに完璧な執事を持つなんて)
そして家庭教師マグヌスは突然立ち上がった。
「リリアナ様派閥に入る前に、貴族としての礼儀作法の特訓をいや、派閥に入った後でも」
「マグヌス」
父の低く、抑えた声。
「はい。申し訳ございません」
(お父様、助けてくれたわ。本当にありがとう)
最近良くある家庭の風景であった。
食卓が一度静寂けさに包まれた後、父アルベルト公爵は静かに力強く言った。
「リリアナ。お前は派閥に属する必要はない。学園内における派閥争いなど、所詮は一時的な勢力争いに過ぎん。お前は中立でいればよい。どの派閥にも属さず、誰の権力争いにも巻き込まれず、自分自身として学園生活を過ごすのだ」
(中立?でも私は、ただ派閥の誘いから逃げただけなのにそんな高潔な理由があるわけではなくて)
母エレノアも父の意見に頷いた。
「そうですわね。あなたはあなたのままでいいのよ。派閥争いなど、所詮は権力欲に塗れた低俗な行為。あなたのような上品な娘が関わる必要は毛頭ありませんわ」
(母様本当に優しいお言葉ですわでも、これって実は私の不器用さを正当化してくださってるだけじゃ)
執事セバスティアンはさらに続けた。
「お嬢様は、学園において中立の象徴として位置付けられておられます。いずれの派閥にも属さず、公正な立場を貫かれることで、学園全体の調和に寄与しておられるのです。これは誠に崇高なお役目と申し上げられます」
(寄与してない本当に、ただ逃げただけなのに、それを高潔な立場に昇華させないでください)
私は心の中で叫んだ。しかし、家族の温かみあふれる会話に、私は何も言い返すことができなかった。
家族の結論、リリアナは中立という立場でいろとなった。
◆
翌朝、学園に足を踏み入れた瞬間、私はその異変に気付いた。生徒たちがざわざわとしており、何か大きな話題について議論しているようなのだ。
「リリアナ様のために」
「学園の歴史に残すべき」
「後世に伝えねば」
(嫌な予感しかしない。何か、とんでもないことが起こる予感がする!)
そこへミレイユが全力で走ってきた。
「リリアナ様ぁぁぁ大変なんです本当に大変なんです」
「な、なにが?落ち着いて、ミレイユ」
「学園にリリアナ様の銅像を建てようという話が、今、学園会議で提議されようとしてるんです!」
(は?銅像?わたくし、銅像?)
私の脳裏は一瞬、真っ白になった。銅像。リリアナ・フォン・エルフォード公爵令嬢の銅像。学園内に、永遠に、私の姿が刻まれるということだ。
学園で地獄のような計画が浮上していた。
「リリアナ様の勇姿を後世に残すべきだって皆さんが言ってて」
(勇姿?私、何もしていないわ)
ミレイユは神聖な表情で続けた。
「わたしも賛成しました。リリアナ様の優しさ、その勇気、学園のために派閥に属さず中立を貫かれるお姿を、銅像という形で永遠に後世に残すべきだって思って」
(ミレイユ嬢ぉぉぉ! あなたが、この騒動の主犯人じゃないですか! なぜ、あなたは毎回、毎回、こんなことを)
ミレイユの善意が暴走する。周囲の生徒たちの声が、まるで波のように押し寄せてきた。
「リリアナ様の中立の精神を象徴する銅像まさに学園の守護天使」
「聖女の像を建てるべき」
「永遠に、その輝きが保たれるように」
(やめてぇぇぇ!!! そんなの建てられたら、本当に死ぬわ恥ずかしさで死ぬわ)
私は全力で否定するが、聞いてくれている感じはない。
「ちょ、ちょっと待ってください」
私は必死で声を上げた。
「わたくしは銅像などそんなもの、本当に不要です勘違いしないでくださいわたくしは何も特別なことをしていません」
しかし私の精一杯の言葉は逆効果だった。
「謙虚」
「やはり聖女的なお心遣い」
「銅像に相応しい謙虚さ」
(違う謙虚じゃない!! ただ、ただ恥ずかしいだけ、誘いを断っただけ。それを勝手に美化するな!)
私は心の中で絶叫したものの、突き進みそうだった。
(この学園は終わった)
私が困り果てていると、廊下の向こうからアレクシス王太子が歩いてきた。
「リリアナ、何の騒ぎだ?」
王太子の声は、相変わらず謎めいた距離感を保っていた。ほぼ同時に、騎士団長のガルドも現れた。
「リリアナ様、危険ですか?」
(ああああ、これ嫌な予感するやつだ)
そして、宮廷魔導士のセレスもやってきた。
「ふむ銅像計画か。面白いね。実に興味深い」
(面白くない。本当に面白くない誰のせいだと思ってるのですか)
私の気持ちとは逆に、生徒たちの盛り上がりは最高潮に達した。
「王太子殿下も来た」
「騎士団長までもが」
「宮廷魔導士も」
「やっぱりリリアナ様は学園の象徴に相応しい」
「これは学園の栄光だ」
(象徴じゃない。ただの一般人。いや、公爵令嬢だけど、別に特別な存在じゃない! 使えるのはワード、エクセルくらいだ)
アレクシスとガルドとセレスが参戦して地獄絵図と化すのだった。
(頼む、普通の学園にしてくれ)
「あの、わたくし」
私は最後の砦として言った。
「今日は、もう帰りますわ」
そして、私はミレイユの手をつかみ、全力で逃げた。
「リリアナ様?どこへ行くのですか?」
ミレイユの驚きの声が後ろから聞こえた。
「リリアナ、待て」
アレクシスの呼び止める声。
「リリアナ様、危険です」
ガルドの心配の声。
「逃げた。面白い」
セレスの呟き。
(逃げるわよ。銅像なんて建てられたら、本当に無理。恥ずかしすぎて耐えられない!)
私はミレイユを引きずりながら、学園を後にした。
午後になった。少しは静かになった。
(良かった。銅像の件は消えたっぽいな)
噂はさらに広まっていた。会話が聞こえてきた。
「リリアナ様は銅像を拒否されたのだと」
「謙虚すぎる」
「やはり聖女だ」
「中立の象徴として、銅像という物質的なものを拒否された」
「精神的な崇高さの現れだ」
(違う、ただ、ただ恥ずかしかっただけ。なぜそんなに高潔に解釈するのですか!)
夜、私は自分の寝室で枕に顔を埋めて叫んだ。
(どうしてこうなるのよ。なぜ、わたくしの人生は、こんなにも理不尽で、複雑で、予測不可能なのですか)
窓の外には満月が浮かんでいた。月は、何も知らぬげに、静かに私を照らしていた。明日も、またこの騒動は続くのだろう。私は深く、深く息をついた。
(原作の学園はこんな変だったとは知らなかった)




