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第39話 ガルドの過保護が限界突破する日
騎士団長ガルドは、最近になって奇妙な習慣をつけていた。毎朝、夜明け前に目を覚ます。
辺りがまだ暗い時間帯に、ひっそりと騎士団の営舎を抜け出す。
そして学園へ向かう。目的は学園の周囲を隅から隅まで巡回することだ。
「異常なし」
朝日が昇る直前、ガルドは学園の北門から東門、南門、西門へと歩く。茂みの影を確認し、裏門の鍵をチェックし、物陰に何か隠れていないか調べ、さらには学園の屋根の上まで目を光らせる。
それはまるで、戦場での陣地確保のような真剣さだった。部下の若い騎士が、呆れたような声で話しかけた。
「団長、本当に申し上げますが、学園の警備は私たち騎士団の本来の仕事ではなく」
「リリアナ様が通う場所だ」
ガルドは即答で言った。表情は揺るがない。
「念のためだ」
「念のための範囲が広すぎるんです」
部下は頭を抱えた。毎日毎日、この調子では身体がもたない。しかし、ガルドはもう聞いていないようだった。
ある日、学園の廊下である事件が起きた。ガルドが学園を巡回している最中、廊下の床の上にハンカチが落ちていたのだ。それ自体は些細なことだ。
しかしそのハンカチには、微かにリリアナの香りがしたのだ。
ガルドは立ち止まった。そっと、そのハンカチを拾い上げる。白い布地に、小さな刺繍がある。
「これは」
ガルドの瞳が輝いた。無言で、ハンカチを見つめる視線の先には、愛おしさすら感じられた。
「だ、だ、団長、何を」
部下の騎士が、震える声で話しかけた。
「だ、団長、それ、リリアナ様に返さなくてもいいんですか?」
ガルドは動かなかった。数秒の沈黙。
「洗って返す」
「え」
「少しくらい汗がついているかもしれん。洗って返すのが礼儀だ」
洗う必要はないだろうと、部下は心の中で呟いたが、それを口に出す勇気はなかった。
ガルドはハンカチを慎重に両手で持ち、そっと胸ポケットにしまった。ガルドの動作には、宝物を大切に扱う人の儀式が感じられた。
学園の門前でのこと。ガルドが毎朝の巡回を終え、帰ろうとした時だった。馬に乗った高貴な青年が、門へ向かって進んできた。
王太子アレクシスである。
「ガルド。なぜ毎朝ここにいるのか」
アレクシスは馬から降りながら聞いた。アレクシスの表情には、明らかに疑問と警戒が混在していた。
「リリアナ様の安全確認だ」
ガルドは、当たり前のように答えた。
「それは私の役目だ」
「いや、俺の役目だ」
二人の視線が、鋭くぶつかった。周囲の生徒たちは身を縮ませた。
「こ、怖い」
「リリアナ様を巡る争いですか?」
「なんか、運命の三角関係みたいな雰囲気が」
騎士たちが囁く中、アレクシスはしばらくガルドを睨んだ後、
「過保護は良くない」
と、一言だけ言い残して去っていった。ガルドは、後ろ姿を見送りながら呟いた。
「あいつに言われたくない」
◆
休日のこと。私が学園から町へ買い物に出かけると聞いた時、
ガルドは当然のような顔で言った。
「護衛としてついていく」
「えっそんな、大げさな」
私は戸惑った。町は安全だ。魔物も出ない。
(強盗も少ないのにな)
「大げさではない」
ガルドは一歩も引かなかった。そうして、私とミレイユ、そしてガルドの三人で町へ向かった。
町は平和そのものだったにも関わらず、ガルドの警戒レベルだけが異常だった。
通りの人々をチェック。周囲の建物の配置を確認。非常時の逃げ道を把握。武器の所持確認。
(まるで敵陣深く侵攻する時のような緊張感である)
「あ、ガルド様。お菓子の店に寄ってもいいですか?」
ミレイユが指差した先には、かわいらしい店舗があった。
(まさか店内も確認しないよね?)
「確認してから」
ガルドは先に入った。店内を一周し、従業員を観察し、非常口の位置を確認してから、初めて私を招き入れた。
(するんかい!)
「どうぞ」
私は、もう何も言う気力がなかった。
◆
町を歩いていると、一軒の喫茶店が目に入った。
「あ、ここ有名らしいですよ」
ミレイユが言い、三人は中へ入ることにした。その時だった。窓際の席で、長身の青年がゆったりとコーヒーを飲んでいたのだ。
(セレスが?)
「やあ、リリアナ嬢。偶然だね」
セレスは優雅に立ち上がり、挨拶した。
(この人、いつもここにいる気がする)
ガルドの警戒心が一気に高まった。
「なぜここにいる」
「コーヒーを飲みに来ただけだよ。それに」
セレスはガルドをじっと見た。何かを見透かすような光がある。
「君、最近、過保護が過ぎないかい?」
「関係ない」
「学園巡回、ハンカチ収集、王太子殿下との縄張り争い」
ガルドの耳が、赤くなった。セレスの分析タイムの始まりだった。
セレスはコーヒーを一口飲み、淡々と続けた。
「ガルド。君の行動は忠誠では説明できない。もっと個人的な感情があるはずだ」
「個人的?」
「そう。例えば恋とかね」
「こっ!!」
ガルドは固まった。顔中が真っ赤になった。周囲にいた他の客たちが、騎士団長の反応に驚いて振り返った。ミレイユが横から元気よく叫ぶ。
「ガルド様、恋ですよ!! 恋!!」
「ミレイユ、声が大きい」
ガルドは頭を抱えた。
「ああそうなのか?」
ガルド本人が、自分の気持ちについて真剣に悩み始めた。セレスは知識あるような笑みを浮かべていた。
「ガルド。君はリリアナ嬢を守りたいと思っている。それは立派だ」
「ああ」
ガルドは、ようやく顔を上げた。
「だが、過保護すぎると逆効果だよ。リリアナ嬢が困る」
「なっ」
ガルドの心に突き刺さった。
「困っているのか?」
ガルドはセレスを睨む。
「事実だよ。それに」
セレスは微笑む。
「君がリリアナ嬢を守るなら、僕は観察するだけだ」
「観察?」
「リリアナ嬢の行動は興味深いからね」
「やめろ」
「君が守るなら、僕が出る幕はないだろう。安心して」
二人の間に再び火花が散ったテーブルの上のコーヒーカップが揺れた。私は震えながら紅茶を飲んだ。せっかくの楽しい喫茶店での時間はバトルに口論になった。なんとなくセレスが現れた時に感じていた。
(なんで喫茶店で戦いが始まるのよ)
ミレイユは、にこにこしながら言った。
「ガルド様。リリアナ様のこと、本当に大切なんですね」
「大切」
ガルドは胸に手を当てた。初めて自分の気持ちと向き合う者の輝きがある。
「確かにリリアナ様が傷つくのは耐えられん」
セレスは頷いた。
「それが恋だよ、ガルド」
「恋なのか」
ガルド本人が、初めて恋という言葉を受け入れた瞬間だった。
「セレス、変なこと言わないでね」
「でもガルドは恋しているかも」
「そうなのガルド?」
「わ、わかりません」
(まさか護衛だけでなく、ガルドとの恋愛シナリオなのか)
買い物、喫茶店に行った帰り道。私は、ガルドの次の言葉で唖然とした。
「リリアナ様。次からは街に出る際、事前に俺に知らせてほしい」
「えっ?」
「護衛の準備をする」
「そ、そんな毎回ですか?」
セレスは笑っていた。
「ガルド、恋を自覚したら、ますます重くなるタイプだね」
「黙れ」
ミレイユは嬉しそうに言った。
「ガルド様、がんばってください!!」
私は心の中で大声で叫んだ。
(がんばらなくていい。過保護が加速するだけ!!)
こうして、ガルドの過保護は、新たな段階へ突入したのだった。




