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第38話 クラウディアの再挑戦
王妃陛下との謁見後、リリアナの評価が爆上がりしたという噂は、瞬く間に魔法学園中に広まっていた。
もちろん、クラウディア・ベルンシュタインの耳にも届いていた。いや、むしろ彼女の耳に最初に飛び込んできたと言っても過言ではない。なぜなら、リリアナの情報をもたらしたのは、彼女の周囲の取り巻きたちだったからだ。
「王妃陛下が、リリアナ様を特別に褒めてくださったんですって」
「しかも、秘密任務まで与えられたとか」
「さすがリリアナ様ですわ」
そうしたリリアナの任務の会話が、クラウディアの周囲で次々と飛び交っていた。
「またリリアナなの?」
クラウディアは、自分の部屋に戻ると、装飾されたソファに身を沈めた。そして、唇を噛んだ。力強く何度も。
プライドの高い令嬢として、リリアナに負けっぱなしでいるわけにはいかなかった。いや、そもそも負けるという概念を、クラウディアは心の底から受け入れることができなかったのだ。
彼女の家系は、数百年にわたって王国を支えてきた名門中の名門だ。自分の地位、自分の血筋、自分の才能のすべてが最高で、最良で、最優秀であるはずなのに、なぜか毎回、リリアナに後れを取ってしまう。
「次こそ! 次こそは、私が勝つのよ!!」
クラウディアは立ち上がり、窓から見える学園の景色を睨み付けた。瞳には、燃えるような炎が宿っていた。
ところがリリアナは、いや、そもそも勝負してないよと想っていた。ただの迷惑な令嬢だなと。
◆
翌日の朝礼後、学園の廊下は生徒たちで賑わっていた。その中を、クラウディアは勢いよく歩き、やがてリリアナの姿を発見した。
金色の髪が陽光に反射する、あの嫌な女だ。
クラウディアは深呼吸し、自分の最高の笑顔を作り、リリアナの前に立ちはだかった。
「リリアナ・フォン・エルヴェルム!!」
学園の廊下全体に響き渡った。
「あなた、王妃陛下に気に入られたそうね」
周囲の生徒たちが、ざわつき始める。何か面白いことが起きるのか、という期待感が空気に満ちた。
リリアナは、困ったように眉を下げた。いつもの可憐さはそのままだが、目には明らかに面倒だという感情が映っていた。
「え、えっとそんなことは」
「謙遜しないでいい。耳に入っているのだ。王妃の件は」
クラウディアは全て知っているぞと追及。
「あなたのそういうところが、私は嫌いなのよ!! 謙虚を装って、実は皆に自分の優秀さを知ってほしいのでしょう!!」
周囲の生徒たちが、首を傾げた。クラウディアの怒りポイントが謎であると思うも、リリアナは冷静だった。クラウディアの言葉にただ微かに息をついた。
「ごめんなさい。授業が始まるので失礼しますわ」
そう言うと、リリアナはすっと横を通り抜けた。まるで、クラウディアなど最初から存在していなかったかのように。クラウディアの声も聞こえなかったのか、歩みは一切揺らがなかった。
クラウディアは固まった。動きが止まり思考も止まった。
無視されたと、思った。
すると今の態度に周囲の生徒たちがざわつく。
「リリアナ様、成熟した対応」
「挑発に乗らないなんてさすが」
「クラウディア様、また空回ってる」
周囲の言葉が、クラウディアの耳に、針のように刺さった。
「ち、違うのよ!!」
クラウディアは叫んだ。
「私はただ君の傲慢さを指摘しただけで!!」
しかし、生徒たちはすでに、その場を立ち去り始めていた。授業の時間が迫っていたのだ。やがて、クラウディアは一人、廊下に取り残された。
彼女の顔は真っ赤になっていた。怒りなのか、恥ずかしさなのか、もはや本人にも判然としなかった。
リリアナをおとしめるつもりが、逆に自分の評判が下がる結果に。
◆
夜になって、クラウディアは一つの決断に到った。私が一番の令嬢なのだとしたい。そのためには王妃に会うしかなかった。
「こうなったら私も王妃陛下に秘密任務をいただくわ!!」
そう思いつくと、もうクラウディアは動いていた。夜間の外出許可を、学園の教務主任に何とか取り付け、王宮へと向かったのだ。
王宮の廊下は、薄暗かった。懐中魔道具だけが頼りの中、クラウディアは何度も道を間違えながら、ようやく王妃の居間にたどり着いた。
「あ、あの王妃陛下」
ノックをしてから、クラウディアは扉を開いた。そこには、読書をしている王妃エレオノールの姿があった。王妃は、突然の訪問にも、まるで予期していたかのように顔を上げた。
「まあ、クラウディア嬢。どうしたのかしら? こんな夜中に」
王妃の声は、柔らかく、しかしどこか含蓄のあるものだった。クラウディアは、王妃の視線に射抜かれたような気がした。
「わ、私にも」
クラウディアは、勢いのまま言葉を続けた。
「リリアナと同じように、王宮のお役目をくださいませ」
一瞬の沈黙があった。王妃は、本をゆっくりと膝の上に置いた。
面白い子ね、王妃は心の中でそう呟いた。この侯爵令嬢の、妙に直線的な思考が、王妃には好ましく映ったのだ。
「いいわ。では、書庫の整理をお願いしましょう」
王妃は紅茶を飲み、微笑んだ。
「お任せください!!」
クラウディアは、その瞬間、勝った気になっていた。
しかしこれ、死亡フラグだろう。
◆
翌日、王宮の書庫の前で、クラウディアは胸を張って宣言した。
「リリアナにできて、私にできないはずがないわ!!」
揺るがぬ自信があった。自分が一番だと自信があった、誰にも負けないと。しかし、現実はそう甘くなかった。
「えっとこの本はあれ? こっちは?」
クラウディアは、整然と並んだ本たちの前で、早速立ち往生した。棚には、無数の古い本が積まれている。一体、どのような基準で整理されているのか、彼女には皆目見当がつかなかった。
とりあえず、クラウディアは本を引っ張り出した。そして、別の場所に積み上げた。また引っ張り出し、また積み上げた。
その過程で、クラウディアは何度か、これ、面白そうと思える本を見つけ、つい少し目を通してしまった。その結果、作業は進まず、逆に書庫の中は散らかってきた。
「あ、あれ?」
クラウディアは、自分が何をしているのか、もはや理解できなくなっていた。どうしたらいいかと想っていた時。積み上げられた本の山が、彼女の目前で、音を立てて倒れたのだ。
「きゃあああああ!!」
クラウディア自身も、崩れた衝撃に叫びを上げた。本が彼女の足元に降り注ぎ、ほこりが舞い上がる。
書庫の司書が、悲鳴を上げながら飛んできた。
「クラウディア様!! その棚は年代順に並んでいたのです!!」
司書の顔は、蒼白になっていた。
「え、えっ年代?」
クラウディアは、司書に対して責任はないと言う。
「そ、そんなの知らないわ!!」
「事前に説明しましたよ!!」
「聞いてないわ!!」
その後、延々と続く、
「全部やり直しです!!」
という司書の悲鳴と、クラウディアの、
「ひどい、なぜなんだああああ」
という呟きが、書庫に響き渡った。
二時間後、クラウディアは膝から崩れ落ちていた。本を並べ直すという、思ったより遥かに根気のいる作業に、彼女の気力は完全に奪われていたのだ。
リリアナを相手にすると、なぜかクラウディアの株が下がるのだった。
◆
「次こそ!!」
負けず嫌いなクラウディアは、翌日、再び王宮に出現した。書庫での失敗は、単なる偶然のはずだと、彼女は自分に言い聞かせていた。リリアナが魔道具の監査もしたというので、魔道具もやるとなった。今度は失敗はないと確信した。
「魔道具の監査なんて簡単よ!!」
王宮の魔道具庫に案内されたクラウディアは、そう宣言した。今度こそ、リリアナに差をつけてやる。そう思ったのだ。
しかし、その自信は、あまりにも根拠のないものだった。
クラウディアは、並んでいる魔道具の一つに、何気なく手を伸ばした。
「この程度、私なら簡単、簡単」
ピッ。
一瞬、音がした。
「あれ?」
魔道具の表面が、淡い光を放ち始めた。そして次の瞬間、突然、煙が吹き出したのだ。
「きゃあああああ!!」
クラウディアは煙から逃げ惑った。程なく、この魔道具庫の職人が、飛ぶようにして現れた。現場を見た顔は、冷たい怒りで満たされていた。
「クラウディア様!!」
職人の声は、低かった。むしろ、そのような低い声で怒られることは、クラウディアにとっては珍しかった。
「この魔道具は触ってはいけないと何度も申し上げたはずです!」
「聞いてないわ!!」
クラウディアは、反射的に言い張った。もちろん聞いてはいたのだが。
「言いました!! 朝の説明の時に、何度も!!」
「朝?」
クラウディアは、思い出そうとした。しかし、その時、彼女の頭の中には、授業の準備や、リリアナへの対抗心で埋まっていて、職人の説明は完全にスルーしてしまっていたのだ。またもや失態となった。
「ああああああ」
クラウディアは、涙目になった。その後、職人による修理の説明を、クラウディアは意気消沈しながら聞くことになったのだが、内容はほとんど彼女の頭に入らなかった。リリアナよりも自分の方が上だとするために王宮に行った。結果は無残な結果だった。とても自慢できる内容ではないのは明らかであろう。
◆
この結果は、学園に噂が広まることになった。
翌日、学園。
「クラウディア様、書庫を崩したらしい」
「魔道具も壊したって」
「リリアナ様は全部成功したのに」
「クラウディア様、また空回り」
そうした囁きが、学園の至るところで聞こえるようになった。クラウディアは、自分の机に突っ伏した。
「うぅなんでなんで私だけ」
周囲の生徒たちは、もはや彼女に同情さえしていなかった。というより、この繰り返しのパターンに、彼らは慣れ始めていたのだ。
一方、リリアナは相変わらず落ち着いていた。クラウディアの失敗について何も言わず、ただ静かに本を読んでいた。
リリアナの沈黙が、クラウディアには、さらに刺さるのであった。
◆
クラウディアは決意した。
夜、クラウディアは自分の部屋で、窓から見える月を見つめていた。涙は、もう出ていなかった。代わりに、瞳には、またしても炎が灯っていた。
「でも」
クラウディアは呟いた。
「負けないわよ、リリアナ!」
彼女は立ち上がり、涙を拭った。
「次こそ次こそは絶対に勝つんだから!!」
決意は本当だった。クラウディア・ベルンシュタインという少女は、敗北を知らない。いや、正確には、敗北を受け入れることができない。
だから何度も、何度も、立ち上がるのだ。立ち上がる姿は、滑稽でもあり、美しくもあり、本当に、かわいいのだった。




