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第37話 学園でリリアナ派とミレイユ派ができる
学園に着いた瞬間、空気が変だった。学園の門をくぐった瞬間。私は背筋に寒気を覚えた。
(なんか、視線が多くない?)
ざわざわ、聞こえるのは、生徒たちのささやき声。私を見つめる瞳がいくつも、いくつも集中している。視線の熱さに、思わず足を止めそうになる。
「リリアナ様だ」
「きれい」
「今日もお美しい」
「聖女様!」
(やめて! 聖女じゃない!)
私は逃げるように歩いていた。できるだけ視線を集めないように、できるだけ目立たないように。なのに、なぜか歩く先々で生徒たちが集まってくる。それはまるで、磁石に引き寄せられる砂鉄のように。
朝礼の準備もあるのに、このざわめきは何なんだろう。いや、むしろ朝礼以前の問題のような気がする。昨日と何が違うのか、私にはさっぱり分からない。そんなことを考えていると、
「リリアナ様ぁぁぁ!!」
ミレイユが全力で駆け寄ってきた。彼女の髪がひるがえり、笑顔が最高潮に達している。これは、何か大変なことが起きている兆候だ。
「リリアナ様!! 大変なんです!!」
ミレイユが私の両肩を掴む。彼女の目は輝いていた。喜びで、満足で、そして若干の狂気で。
(何かあったか)
「な、なにが?」
「学園にリリアナ様を尊敬する会ができました!!」
私の頭の中に、警告音が鳴った。
(尊敬? 尊敬されることしてないぞ)
「わたし、嬉しくて! 皆さんがリリアナ様の素晴らしさをちゃんと理解してくれて!」
ミレイユは目に涙を浮かべている。彼女の純粋さは本物だ。だからこそ、これは余計に危険なのだ。
(理解してない。これは誤解よ!!)
しかし、ミレイユは続ける。声は嬉しさで震えていた。
「でも、それだけじゃないんです」
「他にもあるの」
彼女が続けた一言が、私の人生を変えてしまう。
「ミレイユ様を支える会もできました!!」
(なんで? なんでそんなことに。誰ですか作ったのは。学園に二つの派閥が誕生したってことか)
放課後、私は確認に行った。校庭の一角では、白い花を装飾にした集会が開かれていた。
(調査しないとね)
◆
リリアナ派は白百合の会だった。
「リリアナ様の清らかさを学ぶ会です」
「聖女様の行いを記録しましょう」
「今日のリリアナ様は、朝から優雅でした」
(優雅じゃない、ただ歩いただけ)
私は顔を隠した。数十人の生徒たちが、ノートにペンを走らせている。何を記録しているのか。私が階段を登った。私が水を飲んだ。私が髪をかき上げた。そんなことばかりが、彼らの記録になっているよう。
(記録してどうするのか)
隣では、別の派閥が活動していた。こちらは金色をテーマにしている。
ミレイユ派で、自称、光の乙女を讃える会だった。
「ミレイユ様は努力の象徴!」
「リリアナ様と並ぶ二大天使!」
「ミレイユ様の純粋さを守るのだ!」
(なんで私と並べるの? 私はただの一般人!!)
ミレイユは、中心で照れくさそうに笑っていた。本当に悪気がないのだ。それが、最も厄介なのである。
◆
私は派閥の主張をより詳しく聞くことにした。危機管理だ。敵を知ることは重要である。
「あ、あの〜」
私がリリアナ派の白百合の会に近づくと、彼らは敬礼した。本当に敬礼だった。
「リリアナ様がお越しに!」
「お疲れ様です!」
「何かお手伝いすることはございませんか!?」
(あ、あのただ聞きたいだけなんですけど)
一人の真面目そうな生徒が、私に資料を渡してきた。
「これが、わたしたちの活動方針です」
資料には、私の行動の記録が細かく記録されていた。資料を見てみる。
『リリアナ様の素晴らしさ50選』
・朝、門をくぐる歩き方が綺麗
・水を飲む時の指の角度が上品
・授業中、ノートを取る手つきが美しい
・廊下を歩く時の呼吸が整っている
(呼吸まで?)
驚くべきことに、ミレイユ派も同じような資料を持っていた。
「実は、わたしたちはリリアナ様を尊敬しているんです」
ミレイユ派の主張者が、私に説明してくれた。
「リリアナ様がミレイユ様を救った」
「つまり、ミレイユ様を讃えることは」
「リリアナ様を讃えることと同じ」
複数の声が重なる。それはハーモニーとは言えず、むしろ呪いに聞こえた。
(結局、2つとも私を尊敬しているってことか!)
「リリアナ様の慈悲があってこそのミレイユ様」
「だから、わたしたちはリリアナ様も、ミレイユ様も、両方尊敬しているんです」
(なんでそうなるの。どこでそんな結論に至ったのよ)
ミレイユ派の中心にいたミレイユが、恥ずかしそうに笑った。
「えへへ皆さん、リリアナ様のこともすごく尊敬してるんです」
(やめてぇぇぇ!! 尊敬されること一切してないからね)
昼休み。なぜか私は、学園の会議室に連れて行かれていた。
「リリアナ様、こちらにどうぞ」
「ミレイユ様もご一緒に」
「本日は二大天使会議をお開きいたします」
(そんな会議いらない!! しかも天使ってなに)
机の上には、手作りのお菓子や紅茶が丁寧に並べられていた。花の飾りもある。これは、本当に真剣な準備だ。彼らは本当に、私たちを天使だと思っているのだ。
「リリアナ様の今日のご予定は?」
「ミレイユ様とどんなお話を?」
「お二人の友情は学園の宝です」
(宝じゃない!! 普通の友達!!)
勘違いはエスカレートしている。ついに派閥まで結成される事態は異常だった。会派の学生はこれを疑問にさえ思っていない。私は深呼吸した。そして、ミレイユを見た。彼女も同じくらい困っているようだった。ミレイユが小声で囁く。
「リリアナ様なんだかすごいことになってますね」
「あなたが原因よ!!」
「えっ、わ、わたし?」
(そうよあなたの善意が暴走してるのよ!!)
会議が始まって、わずか五分後だった。早くも帰りたくなる。ドアが開かれた。
「リリアナ、何をしている?」
アレクシス王太子。彼はいつもの無表情で私を見ている。
(派閥のことを説明したら、なんて言うかな)
「リリアナ様、囲まれていませんか?」
ガルド騎士団長。彼は懸念の表情で会議室を見回している。
「ふむ人気者だね」
セレス宮廷魔導士。彼は少し興味深そうに、二つの派閥を観察している。
(なんで来るのよ。誤解が誤解が倍速で加速しそう!!)
案の定、派閥の生徒たちは大騒ぎになった。椅子を蹴ろうとする音さえ聞こえた。
「王太子殿下が」
「騎士団長まで」
「宮廷魔導士も」
「やっぱりリリアナ様は聖女だ!」
(全力で、違うぅぅぅ!!)
アレクシスが私の近くに立った。ガルドは派閥の生徒たちに、圧倒的なオーラで距離を取らせている。セレスは、無言で杖を魔力で光らせ、空間を制御し始めた。
(三人とも帰ってください。来る必要は全くないよ)
「リリアナは、信頼できる人物だ」
アレクシスが、静かに言った。
(また言ったぁぁぁ!!)
発言した瞬間、派閥の生徒たちは一斉に立ち上がった。
「「リリアナ様こそ学園の光!!」」
まるで合唱だ。完全なハーモニーで。彼らの声が会議室に響き渡る。
(やめてぇぇぇ!!)
我慢の限界になった。これ以上はここにいると狂いそうになる。
「あの、わたくし今日は帰りますわ!」
私はミレイユの手を掴み、その場から全力で逃げた。
「リリアナ様どこへ?」
「リリアナ、待て」
「リリアナ様、危険です」
「逃げた?」
後ろから聞こえる声たちは、だんだんと小さくなっていった。
(逃げるわよ!! こんな地獄から!!)
◆
その日の学園の噂はこうだった。
「リリアナ様は謙虚すぎて逃げた」
「聖女は人前に出るのを嫌うのだ」
「王太子様に守られた」
「やはり本物」
(違う!! ただ恥ずかしかっただけ!!)
私は自分の部屋で、枕に顔を埋めて叫んだ。
(どうしてこうなるのよ!!)
窓の外では、白百合の会とミレイユ派が、協力して学園新聞を作っているのが見えた。
(新聞まで作るのか)
『学園の二大天使、ついに共闘をする』
(もう、ダメ。この学園は変だわ)
完全に、私の人生は終わった。




