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第36話 王妃の秘密任務・後日談
王妃エレオノールのアフタヌーンティー。
優雅な午後、王妃は報告を受ける。
王宮のサロン。午後の日差しがレースのカーテンを透かし、室内を淡金色に染めていた。テーブルの上には香り高い紅茶と焼き菓子が並べられ、どれも王宮の料理人による傑作ばかりである。
王妃エレオノールは、深紅のドレスに身を包み、扇子を軽く揺らしながら侍女長からの報告に耳を傾けていた。その姿は絵画のような優雅さで、権力と気品が完璧に調和している。
「以上が、リリアナ様の秘密任務の結果でございます」
侍女長が静かに頭を下げた。控えめながらも驚きが含まれている声。王妃は紅茶を一口飲み、静かに目を細めた。動作はすべて計算されたもので、何一つ無駄がない。
「書庫の紛失文書を発見し、外交使節の信頼を得て、魔道具の不具合まで見抜いた、というわけね」
「はい、陛下。すべて偶然との噂もございますが、結果としては王宮に多大な利益をもたらしました」
王妃は微笑んだ。笑顔は、権力者特有の知性に満ちている。
「あの娘やはり只者ではないわね。若きにして、これほどの才覚を秘めているとは」
微笑みは、政治家としての冷徹な興味と、一人の母としての直感が完璧に混ざったものだった。王妃は自らの息子たちのことをよく知っていたが、この公爵家の娘は異なる。何か、特別なものを感じさせるのだ。
「リリアナ嬢あなたはどこまで伸びるのかしら」
王妃は紅茶のカップを置き、侍女長に命じた。声は柔らかくも、絶対的な権力を秘めている。
「侍女長よ。次の任務の準備をしておきなさい。あの子には、まだまだ働いてもらう必要がある」
侍女長は頭を下げた。王妃の決断は絶対である。
リリアナ嬢あなたは王宮に必要な人材よ。そしてあの娘ならば、王国の未来をも左右するかもしれないと思う。
王妃は窓の外を見つめた。王宮の庭園には、四季折々の花が咲き誇っている。景色の先には、王国の未来がある。そこにリリアナという駒を置くことで、何が生まれるのか。王妃はそれに興味を持っていた。
◆
家に帰った瞬間、私は倒れそうになった。公爵家の玄関に足を踏み入れた瞬間、私はその場に座り込みそうになった。
(疲れた王妃様の任務、全部偶然だったのに)
任務中は、緊張と使命感で支えられていた。しかし家に帰った瞬間、緊張の糸が一気に解けた。私の足は震えており、視界もやや揺らいでいる。
書庫での文書探索、外交使節との会話、そして魔道具の監査、すべてが、ただの偶然の連鎖だったのに。なぜか王妃陛下は満足そうだった。視線の先には、何か期待があったのかもしれない。
(それとも王妃は私が特殊なスキルでも持っていると思ったか)
私は無意識のうちに壁に手をついた。
「リリアナ、戻ったか」
父アルベルトの声が響いた。公爵は玄関ホールの奥から姿を現した。父の隣には執事のセバスティアン、さらには家庭教師マグヌス侯爵までが揃っている。
(なんで全員そろってるのよ)
私の疲労感は一瞬にして緊張へと変わった。三人の男たちが揃って待機しているということは、それは何か重大なことを意味しているのだ。
父とセバストとマグヌスの尋問が始まる予感があった。父は腕を組み、目は鋭く私を見つめている。執事セバスティアンは完璧な姿勢で立ち、マグヌスは興奮気味だ。
「リリアナ。王妃陛下からの任務とは、どのようなものだったのか、詳しく聞かせてくれまいか」
父の声は穏やかだが、見る目は鋭い。これは父と言うより公爵としての尋問だ。
「お嬢様、王宮での行動につきまして、余すところなく詳細をお聞かせください。王妃陛下がお嬢様に何をさせたのか、我々は知る権利があります」
セバスティアンは完璧な敬礼で、しかし圧倒的な存在感で迫ってくる。言葉は丁寧だが、逃げ場はない。
「リリアナ様!! 王妃陛下のお側で、礼儀作法は完璧に守れましたか? 王宮での言葉遣いは不適切ではありませんでしたか?」
家庭教師マグヌスは身を乗り出し、熱く質問する。
(質問が多い!!)
私は震えながら、辛うじて言葉を紡ぎ出した。
「え、えっとなぜかわかりませんが、王妃様は書庫の整理をしました。私でいいのか」
「書庫?」
父の眉が動いた。父の反応は、すでに何かを察しているようだ。
「そしてもっと不明なのは、外交使節の接待を任されました」
「外交接待? それなら王妃の時に教えた作法は通じたでしょう」
マグヌスが大きな声で叫ぶ。玄関ホール全体に響き渡った。
「さらに魔道具の監査を」
「魔道具までも?」
セバスティアンの目が細くなった。執事の鋭い視線が私に集中する。
(あああああ言っちゃった)
私は後悔の念に襲われた。三人の注視の中、逃げ場はない。
父の反応は静かに怒っている感じだった。父は静かに深く息を吸い、そしてゆっくりと吐いた。
「王妃陛下は、我が娘にそのような重責を負わせたのか。書庫の管理、外交使節の接待、そして魔道具の監査どれもが、相応の知識と経験が必要とされる任務ではないか」
(ああああ、やっぱりお父様、怒ってる!)
父の静かな怒りが、玄関ホール全体を支配した。怒りは爆発的な怒りではなく、理性的で冷静な、より危険な怒気である。
「リリアナ。無理はしていないか。王妃陛下に無理やり従わされたのではないか?」
「む、無理しかしてないわ」
思わず本音が口をついて出た。
「そうか」
父は深く息を吐いた。肩が僅かに落ちる。
「リリアナよ。これからは、私が王妃陛下に直接話を通すことにしよう。娘の安全と名誉は、父である私が守らねばならん」
(やめてってば、余計にややこしくなる!!)
父が王妃に直接物申すことになれば、それはもっと大事になってしまう。事態はさらに複雑化する。
執事セバスティアンは静かに頷き、目は遠い何かを見つめている。表情は、何かを決意したようだ。
「お嬢様。王妃陛下のご意図は、私も理解いたしました」
「い、意図?」
「王妃陛下はお嬢様を王宮の人材として育てるおつもりです。優秀な人材を早期から発見し、王宮側に取り込み、王国の政治的影響力を強化する、これは王妃陛下得意の手法でございます」
セバスティアンの分析は正確で、その通りなのだろう。しかし私はそれを聞きたくなかった。
(育てないでよね。処刑シナリオさえ回避できれば、平穏に生きたいのだから)
「したがいまして、今後は王宮側の動きを事前に把握し、お嬢様が不本意な巻き込まれ方をされぬよう、私が調整させていただきたく存じます」
セバスティアンは深く頭を下げた。言葉は忠誠に満ちているが、その奥には、王宮との対抗戦が始まるという意味が含まれている。
(セバスは頼もしいけどもう巻き込まれてるのよ)
家庭教師マグヌスは目を輝かせ、両手を握りしめた。
「リリアナ様。外交使節の接待、魔道具の監査、そのようなご高度な任務を、リリアナ様はお一人でされた?」
「い、いや全部偶然で」
「偶然でも、リリアナ様はやはり天才です!!」
マグヌスの興奮は止まらない。瞳には、何か異常な輝きが宿っている。
(マグヌス、普通の私は一般人です。全部偶然だよ)
「リリアナ様、次の王宮での任務に備えるべく、本日より礼儀作法の特訓を強化いたします。毎日朝六時から夜八時まで、王宮の最新の礼儀をお教えします!!」
「特訓は勘弁してえ!!」
私は真剣に神に頼むように叫んだ。
(でも王妃からの依頼はまだ続きそうなんだよな)
こうして、夜の食卓は、家族会議と化した。
父は腕を組み、目は遠い王宮の方を見つめている。
「リリアナ。お前はよくやった。王妃陛下から任務を受け、それをこなしたというのは、相応の実力と覚悟があったからだろう。誇るべき成果である」
セバスティアンは静かに頷き、その目には何か戦略的である。
「お嬢様は、王宮においてすでに誇るべき成果を上げられました。今後のご活躍にも期待いたしております」
マグヌスは、興奮を抑えきれず、ぐいぐいと身を乗り出す。
「リリアナ様は天才です。本当に天才です。さあ、もっと礼儀を学びましょう」
(違うのよ全部偶然なのよ)
私はテーブルに突っ伏した。疲労と、家族の期待と、王妃の戦略に挟まれた私は、もうどうすることもできないのだ。
(どうしてこうなるのよ)
窓の外では、夜の王宮が静かに輝いていた。
(明日は何が起きるのかしら、本当に不安だわ)




