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第35話 王妃の秘密任務
王妃陛下との謁見から数日が経過していた。あの日の王妃との謁見以来、私の学園生活は少しばかり変わった。周囲の目が優しくなったのだ。王妃に気に入られた者として扱われるようになったのである。そんな注目を受けることは、本来なら避けたい状況だ。
(今日は目立たず、壁の花として過ごそう)
そう心に決めて、図書室の奥深くに身を隠し、いつもの通り静かに本を読もうとしていた矢先のことだ。
「リリアナ様! リリアナ様!」
慌ただしい足音が図書室に響き渡った。学園の侍女が、息を切らせながら私を探していた。
「王宮から急ぎの使いが来ています。お急ぎください」
(はああ? 何ですか、これは)
侍女が差し出した手紙には、豪奢な蜜蝋で封がされていた。そして上には、見覚えのある紋章が押されている。
(王妃陛下の紋章だ)
手紙を開くと、力強い筆跡で以下のように記されていた。
『リリアナ・フォン・エルヴェルム。至急、王宮へ。あなたに頼みたい任務があります。――王妃エレオノール』
(任務? いやいやいやいや、私に任務なんて無理に決まっている!!)
心臓が高鳴る。任務という言葉だけで、すでに頭は混乱状態に陥っていた。王妃に任務を託されるなんて、そんなことあり得ない。きっと何かの誤りに違いない。
しかし、王妃陛下からの呼び出しを断るなんてことは、どう考えても無理だ。貴族の娘である私が、王妃の命を無視することなど、身分制度が許さない。
結局、私は再び王宮へ向かうことになった。
◆
王宮へ到着すると、私は直接、王妃のプライベートサロンへと案内された。白と金色を基調とした優雅な部屋。窓からは王宮の庭園が見える。噴水の水音が静かに聞こえる部屋で、王妃陛下は紅茶を飲みながら、こちらを見つめていた。
「来てくれてありがとう、リリアナ嬢」
王妃は紅茶のカップを降ろし、柔らかく微笑んだ。王妃の微笑みは、一見穏やかに見えながらも、どこか奥深い計算を秘めているように感じられた。
(怖い。この笑顔、本当に怖い)
内心、私は震えていた。
「実は、あなたに頼みたいことがあるの」
王妃は続けた。
「あなたに、王宮の重要な仕事をいくつか任せたいと思っているのです」
(重要? 重要な仕事? 無理です、王妃陛下! 絶対に無理です!!)
私は内心で叫はびたかったが、表面上は必死に冷静を保った。
「あ、あの私でよろしいのでしょうか?」
と、遠回しに辞退の意思を示そうとした。王妃は、そんな私の心情など聞く耳持たぬとばかりに、続けた。
「あなたならできるわ。何かしら、あなたには他の者にはない何かがあるのよ」
(いや、私には何もありません。本当に何もないんです。日本では普通の会社員でしたから!! パソコンは少し使えるくらいですよ)
「では、早速ですが」
王妃は優雅に身を乗り出した。
「まずは、王宮書庫の整理をお願いしたいの。あそこは何十年も整理されていなくてね。最近では、重要な文書がどこにあるのかさえ分からなくなってしまったのよ」
(書庫? なんで私が書庫の整理なんて?)
内心は混乱していたが、拒否することはできない。普通に考えると王宮には侍女がいるし、彼女らに頼めばいいだろう。それをなぜわざわざ私に頼むのか意図がわからない。断れないから受ける返事をする。
「かしこまりました。努力させていただきます」
私はかろうじて、返事を口にした。
◆
数日後、私は王宮書庫の扉の前に立っていた。案内された書庫の部屋は、文字通り、カオスの一言だった。
古い書物が床から天井まで積み重ねられ、廊下にまで溢れ出ている。蜘蛛の巣があちこちに張られており、埃の量は圧倒的である。誰が見ても、
「ここに一体誰が手をつけるんだ」
と思うような状態だった。
(うわぁ。これはひどい。本当にひどい。どこから手をつけたらいいのか)
途方に暮れながら、私は適当に本を一冊手に取った。
「えっと、これはいつの版だろう」
本をめくると、厚みから何か違和感を覚えた。本の中に、別のもの、別の厚さが隠れているのだ。慎重に本をめくると。
「あれ?」
本の間から、何枚もの羊皮紙が滑り落ちた。古い羊皮紙には、正式な王宮の印鑑が押されている。文書に記された日付は、十年以上前のものだ。
私は震える手で、それを拾い上げた。
「こ、これ重要な書類じゃ」
内容を読むと、それは王国と隣国の外交に関する、かなり重要な協定書だった。
「侍女さん!」
私は急いで、書庫の外で待機していた侍女を呼んだ。侍女が書類を見ると、顔色が急変した。
「リリアナ様!! それは王宮が五年前から探していた、紛失扱いになっていた《ザルベン協定書》です!!」
(え、本当に? 偶然、それだけ。ただ落ちてただけです)
発見したという事実は瞬く間に王妃へ報告されてしまった。
夕方、王妃からの呼び出しがあった。
「さすがね、リリアナ嬢」
王妃は上機嫌だった。
「たった一日で、王宮が五年も探していた文書を見つけ出すなんて。あなたは本当に、王宮の闇を見抜く力を持っているのね」
(見抜いてません!! ただ本を落としたら、中に入ってただけです!!)
心の中で悲鳴を上げながら、私は礼をした。
◆
王宮書庫の件から一週間後。
「次は、お隣の王国から来た外交使節団の接待をお願いするわ」
(いやいやいや!! 外交? 外交ですか? 外交なんて、複雑で、難しくて、絶対に私には無理です!!)
パニック状態のまま、私は外交使節団の前に立たされることになった。
使節団は五名。そのうち、首席使節官はかなり年配の厳しい顔つきをした男性だった。
(外交って、バードル高い!)
「よ、ようこそ。王国へ。いらっしゃいました」
緊張で、言葉が完全におかしくなっていた。持っていた紅茶のティーカップも、手の震えでカタンカタンと音を立てていた。もう、こぼしてしまうのは時間の問題だった。
何とか時間が過ぎればいいなという時だ。使節団の一人の年配の男性が、視察用に持っていた重要な外交文書をうっかり落とした。
「あ!」
咄嗟に私は、身体が勝手に反応した。手を伸ばし、落ちた文書をキャッチする。見事なまでに、文書は私の手の中に収まった。
使節団は一瞬、静まり返った。
その次の瞬間。
「おお!! 反射神経が素晴らしい!」
年配の男性が大きな声で叫んだ。
「こういった反応速度は、訓練されたものだ。貴国の外交官は実に優秀だな」
他の使節団も同意した。
「本当だ。これは尊敬に値する」
「我が国の友好国として、貴国との関係をより深めたいと申し上げたい」
(違う!! ただの反射神経です!! 訓練されたものではなく、ただの条件反射です!!)
心の中で叫んでいたが、外交の場の雰囲気は完全に盛り上がっていた。使節団は機嫌よく、サロンでの接待を続けた。
(外交って、反射神経が珍しいのか!)
そしてこの一件は、またも王妃の耳に届いた。
「外交の才能まであるとは。あなたは本当に恐ろしい子ね」
王妃は、私の前で微笑んだ。
(恐ろしいのは、この誤解の広がり方よ!! 何で私がこんなに高く評価されるの!! 誤解です)
外交の件は無事に終わり、さらに依頼が。
「最後に、魔道具の監査をお願いしたいの」
王妃の言葉に、私の心は完全に止まった。
(いやいやいやいやいや!! 魔道具ですか。魔道具なんて、下手に触ったら爆発するじゃないですか!!)
しかし、すでに私に拒否する権利はない。王宮の魔道具管理室へ案内された。そこには、最新の魔道具から、歴史的価値のある古い魔道具まで、数百個が並べられていた。
「リリアナ様は、この中から不具合を持つ魔道具を見つけていただきたいのです」
責任者の魔道具職人が説明した。
「当室でも、見た目では判別できない不具合が多く発生しており」
(何で私に? 見た目でも判別できないなら、私なんかにできるわけないじゃん!!)
当たり前に言いたいこともあるが、震えながら、私は適当に魔道具の一つに触れた。するとどうだろう。
「ピピッ! ピピッ!」
魔道具が突然光り、内部に隠れていた不具合を自動で表示し始めたのだ。
「ええっ?」
魔道具職人が、驚きの声を上げた。
「リリアナ様。その魔道具は、特殊な魔力の相性判定機能を持っているのです!!」
職人が続けて説明する。
「その機能は、扱い手の魔力と相性が合わない場合にのみ、内部の不具合を自動で表示する仕組みなのです!!」
「つまり、リリアナ様は、魔道具と完璧な相性を持っているということ!」
「同時に、不具合検出のための適正な魔力を持っているということです!!」
(違う!! ただの偶然です!! 何で魔力の相性とか言ってるんですか!!)
しかし、すでに遅かった。この情報も、王妃へ報告されてしまった。
(王妃の評価が爆上がりするのかな)
晩になった、王妃は王宮の重要な会議室へ、私を呼び出した。そこには、王妃の側近たちも集まっていた。
「リリアナ嬢」
王妃は、王座に近い席から、私を見つめた。
「あなたは、王宮に必要な人材よ。本当に」
(必要じゃない!! 帰りたい!! それか、誰かこの状況を説明してください!! なぜ私にこんはことができるのかを)
「今後も、特別な任務をお願いするわ。王国のために、あなたの力を存分に発揮してちょうだい」
(特別とか、やめてぇぇぇ!!)
王妃は優雅に立ち上がり、私に近づいた。
「あなたの才能は、本当に特別。誰にも真似できない」
(才能じゃない!! 全部偶然!!)
「王妃陛下、ありがとうございます」
私は、心の中で泣きながら、深く頭を下げた。
(どうしてこうなるのよ。全部誤解じゃない。偶然じゃない。これでまたも誤解されて私の評価が上がる)
王妃の手が、優しく私の頭に置かれた。
「これからも、王国のために働いて。約束よ」
(約束なんてできません。本当に)
しかし、もう逃げ場はない。頼まれてしまった。




